105 聖女食いのアルラウネと仇討の聖女見習い
私はイリス。
公爵令嬢として生まれた、人間の聖女です。
そう言いたいのだけれど、いまの私はもうそう名乗ることはできない。
私は、植物のモンスター娘のアルラウネ。
人間を辞めてしまって、ただのモンスターとなっているのだから。
イリスになにをしたのかと、目の前の聖女見習いは尋ねてきました。
私はこの聖女見習いを知っている。
彼女の名前はニーナ。
平民出身だけど、光魔法が籠った特別な瞳を持っているの。
そして、私にとてもよく懐いていた聖女見習い。
いつも私のことを尊敬の眼差しで見ていたのを、よく覚えているよ。
そこで私は、数年前のとある光景を思い出します。
たしかあれは、公務が立て込んで疲れた私が、人目を忍んで聖女大聖堂の裏に隠れようとしたときのこと。
そこで10才くらいの聖女見習いになり立て女の子と出会ったのだ。
その女の子は聖女の生活と修行が辛かったみたいで、一人で泣いていた。
涙に濡れたその瞳を見て、この子の目には光魔法の力が宿っているんだと気がついたんだっけ。
なにもかも、懐かしい。
4年前のその時にはいまの魔女っこくらいの大きさしかなかったニーナが、こんなにも立派になっているなんてびっくりだね。
ニーナはイリスになにをしたかと質問してきた。
そのイリスは、私なんだよね。
さて、どうしましょうか。
できればだけど、国の象徴であった聖女がモンスターになっているなんて、誰にも知られたくはない。
ましてやそれが知り合いにバレてしまうのは恥ずかしすぎるよ。
それにもし万が一、私がイリスだとニーナに知られたとしましょう。
聖女見習いであるニーナが、そのことを王都で報告しないわけがない。
そうしたら、勇者さまと聖女見習いのクソ後輩が、今度こそ私を殺しにやって来るかもしれないよ。
わざわざ宿敵が私のところに来てくれるのはありがたい。復讐のチャンスだと思うこともできるけど、それ以上にこのモンスターである姿を勇者さまとクソ後輩に見られたくないというほうが大きいの。
人間でなくなって植物のモンスターとなった聖女を見た二人は、いったいどう思うのだろうか。
惨めで哀れだと言いながら嘲笑するかもしれない、蔑んだ目つきで見下してくるかもしれない、化け物と指さすかもしれない。
誰に同じことをされようが、私は婚約者であった勇者さまにそう思われるのが、一番許せないのだ。
同時に、憎たらしいクソ後輩に私の姿が知られて、貶されるのも絶対にイヤ。
それに、勇者さまやクソ後輩によって、私は魔王軍に通じていた裏切り者という話になっているかもしれない。
ニーナがそれを知っていたら、「やっぱり聖女はモンスターに身を堕として人間を裏切ったんだ!」と勘違いされてしまう。
そうなれば、余計に私のいまの立場を悪化させるかもしれないね。
こうなる可能性を考えると、ニーナに私がイリスであると悟られるのはあまり得策ではないかもしれないよ。
よし、決めた。
ここは隠し通す方向でいきましょう。
「い、イリス、さまぁ…………」
突然、ニーナが泣き始めました。
えぇ、いきなりどうしたの?
タマネギの催涙物質が目に入ったわけじゃないよね?
袖で涙を拭きながら懸命にニーナは私を見つめる。
ニーナと目を合わせていると、彼女はゆっくりと口を開きます。
「……あたし、なにをバカなことを言っていたんだろう。アルラウネに訊かなくとも、イリスさまになにがあったかなんて分かりきっていることですよね」
小さく震えながら、ニーナは手に持っている杖を私に向けてきます。
「モンスターであるアルラウネがイリスさまの顔と光のオーラを持っているなんて、理由は一つしか思いつかないですよ」
小さく深呼吸をして、ニーナが私を睨みつけてきました。
「あなたがイリスさまを食べたに決まっている!」
ニーナの頬を、涙が滴り落ちていく。
ポトリ、ポトリと地面に小さな染みが増えていきました。
私のことを親の仇のような目で見つめてくる。
それは嬉しくもあり、同時に悲しくもあった。
たしかニーナはよく私に懐いていた子だった。
他の子にはない才能を持ったニーナを、私も応援しようと色々と気にかけてあげたりもした。
どちらかといえば、親交が深いほうの聖女見習いだったと言ってもいい。
そんな子が、私が死んだことに怒っていてくれているのだ。
悲しんでくれているのだ。
それが、嬉しくないはずがない。
「答えなさい! あなたがイリスさまを……たべ……うぐぅっ」
大粒の涙を流しながら、私を糾弾するニーナ。
でもね、ニーナ。
私はイリスだから、イリスを私が食べたなんてことはありえな………………って、あれ?
ちょっと待ってよ。
──私、イリス食べてるかも!
この体は、聖女イリスである私を丸呑みした花のモンスターと、聖女イリスの体が融合して誕生したもの。
つまり花のモンスターも、ある意味では私といえるわけ。
だから、私のこのアルラウネの体は聖女を食べている。
私はイリスだけど、イリスは私が食べたのだ。
「たしかに、私が食べた、かも……」
「イリスさまを……食べた…………やっぱり、そうなんだ……」
────あ。
ニーナが言っていることとは正しかったという衝撃の事実に、つい口を滑らせてしまいました。
そのせいか、ニーナの全身から光魔法のオーラがあふれ出していきます。
同時に、強い殺気が私へと放たれてきているよ!
あぁあああどうしましょう!?
本当のことを言ったら、ニーナを余計に怒らせちゃったよ!
でもね、本当のことではあるけど、それが全てではないの。
真実はもっと簡単なことなの。
私がイリスなんだよー!
「お前はイリスさまを食べて顔を奪っただけじゃなく、光魔法の力まで得たというのかっ!」
光魔法の力?
──そうか、ニーナは光魔法のオーラを目で視認することができる。
だからアルラウネになった私が、聖女イリスと同じ光のオーラを放っていると気づけてしまうんだ。
「いいえ、人間から、力も顔も、奪った、わけでは、なくてですね」
「モンスターの言う嘘はこうもわかりやすいのですね。あたしが人食いアルラウネのそんな世迷言を信じるとでも思ったんですか?」
ひぃいいい!
完全に私のことを悪のモンスターかなにかだと勘違いしているよぉおおおお!!
「国の宝である聖女を、そしてあたしが敬愛し尊敬する先輩であるイリスさまを、お前が食い殺した! 魔王軍のモンスターであるアルラウネは、聖女見習いであるあたしがこの場で討伐します!」
「そこまで、褒められると、照れる、かも……」
「聖女を食い殺したのがそんなに誇らしいなんて、モンスターはやっぱり言うことが違いますね。ここまで憎たらしい植物とは生まれて初めて会いました」
えぇえええ!?
ち、違うの!
そっちじゃないよー!
だってニーナがいきなり私のことを国の宝だとか尊敬する先輩だとか褒め出すから、つい照れてしまっただけなのよ。
だから聖女を食い殺したという戦果に照れてしまったというわけじゃないんだからね!!
「イリスさま、こんな悪しき植物に食べられてしまって、さぞかしお辛かったことでしょう。あたしがこの人食い植物を討ち取って、イリスさまを供養してみせますからね」
いやいやいや、それをすると二重の意味で供養になっちゃうから!
私、また死んじゃうよー!!
ニーナが魔法の杖を構えます。
そうして杖に光魔法のエネルギーを貯めていきました。
「イリスさまの仇は、あたしが取る!」
ニーナの瞳が、強い閃光を放って光り輝いている。
ここまで光魔法を目に集中させることができる聖女見習いは初めて見た。
聖女時代である私にだってできないかもしれない。
怒髪天を衝く勢いのニーナは、私の息の根を止めようと殺気を込めながら光魔法を唱え出しました。
まさかここまで怒ってくれるとは思わなかった。
嬉しい誤算です。
でもそのせいで、私はニーナに完全に敵対されてしまったみたい。
どうやら私は、私の仇を取ろうとしているニーナに仇討ちされそうになっているようです。
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次回、復讐の聖女見習いと聖女の忘れ物