12 わたしアルラウネ0才、今日から蜜を餌にショタを飼うことにしたの
少年を飼いだしてから三日が過ぎた。
どうやら蜜を与えれば食事は満足してくれるらしい。けれども驚くことなかれ、私の食堂のメニューは蜜一品だけではなくなったんだよね。
もちろん、動物モンスターを生で食べさせたわけじゃない。きちんと人間の食料を与えたのだ。
少年から知識を得ることもできたけど、他にも収穫があった。
彼のカバンの中に、リンガルの実が入っていたのだ。
見た目も味も日本で食べたリンゴそのものなので、この世界でもかなり美味しい部類の果物である。
そのリンガルの実を少年から奪い取り、下の口で捕食したのだ。
そうすれば私はリンガルの実の特性を吸収できるわけで、一人でリンガルの実を生成することに成功したのだ。
まず、左の蔓にリンガルの雌花を咲かせ、右の蔓にリンガルの雄花を咲かせます。
植物生成で作り上げた細い蔓を使って、右の花の雄しべから花粉を取って、左の花の雌しべへ受粉させます。
そうして超回復魔法で急成長させればあら不思議。
リンガルの実のできあがり!
出来上がったリンガルを少年に食べさせる。
果物まで作れる私って、けっこう優秀な植物な気がしてきたよ。
そんなことをしていたからだろうか。少年は私に懐いてくれた。
事あるごとに「蜜が欲しい」「蜜が足りない」「蜜が恋しくて苦しくなる」と三蜜を唱えて泣き出すこともあるけど、蜜を天秤にかければ従順に私の言うことを聞いてくれる賢い子に変わってくれた。
少年の名前はアルミンという。
両親は魔王軍に殺されて、今はお祖父ちゃんと二人で旅をしている。
そのお祖父ちゃんがかなりの魔法の使い手らしくて、厳しい修行についていけないらしい。
そんなお祖父ちゃんが付近の村人に頼まれて魔物退治に行った隙に、アルミンくんは一人で逃亡を決めたらしい。そんなに修行が嫌だったのか。
残念な決断だね。元聖女としては魔法の修行は辛いのが当たり前なのだから逃げ出すなと叱ってやりたい。
でも残念なことはその後も続く。
森を抜けようとしたら迷子になったあげく、ハチ型モンスターのツォルンビーネに捕まって毒針を刺され、こうやって私の元へとやって来たらしい。
私が娯楽に飢えている元人間のアルラウネだから良かったものを、普通なら森のモンスターの餌になって死んでいたね。
ある意味、私は彼の命の恩人というわけだ。
せっかく助けたのだし、この先も生き延びて欲しい。
なので、私は少年を鍛えることにした。
これでも私は元聖女。
魔法に関しては先輩なのである。
基本となる四つの属性魔法だって、そのうち二つ使用できた。
女性にしか使えないうえ、数万人に一人しか行使できないとされる女神から祝福されし光魔法だって使えた。そうして当代一の聖女に上り詰めたのである。
だからだろうか。
私が魔法に関するアドバイスを始めると、少年が口をあんぐりと開けたまま愕然としていた。きっと私の深い知識に舌を巻いているのだろう。
これでお姉さんに尊敬の念を感じずにいられないはずだ。
「お姉さんは魔法が使えるの?」
「無理、知識、あるだけ」
元聖女だと言ってもきっと信じてくれないだろう。
王国の人間に知られても立場が悪くなるだけだし、本当のことは黙秘するに限る。
「修行、しないと、後悔する」
「なんでだよ?」
「ピンチの時、自分の魔法が、唯一自分を守る、道具になる」
これは私の経験則ね。
光回復魔法を極めた私だからこそ、超回復に超回復を重ねて相手の細胞を自分のものに取り込んだ結果、花のモンスターに食われてもこうやって生き延びることができたのだ。融合してそのモンスター自身になっちゃったけどね。
きっと何かしらの奇跡か、神の御業があったかもしれないけど、それでも私の回復魔法がなければ花のモンスターの胃袋で溶けて死んでいただろう。
最後の最後は、自分で自分の身を守るしかない。
だからそのためにも力が必要なの。
敵に殺されてから後悔しても遅い。殺されないように生き延びるために、魔法を磨いて鍛錬を続けて、強くなることが大事なんだよ。
「そういうものなの?」
「そういう、もの、なの」
「……わかった」
「わかれば、良い」
そうやって少年に魔法のコツをレクチャーしていると、地面に小さい影が映った。
見上げると、空に変な鳥が飛んでいたのだ。
鷲のように見えるけど、かなり速い。
なんだあれ?
「あ、お祖父ちゃんの風魔法の鳥だ」
ふーん、あれが風魔法ね。
あんなの見たことないなー。
なになに、少年よ説明してくれ。
あの魔法は風を鳥に擬態させて、遠隔で操ったうえに、周囲の情報を視覚として共有できるのね。
ちょっと待って、それってかなり高位な魔法じゃない?
私には真似できないうえ、王国の宮廷魔術師だってほとんど行使できない。かろうじて宮廷魔術師長ならできるかもしれないけど、そういったレベルだ。
そんなのを簡単に扱えるのがアルミンのお祖父ちゃんだとすると、マズイねこれ。
私、見つかったら退治されるんじゃないか?
今の状況をお祖父ちゃん目線にして考えてみると、アルラウネが孫を蜜狂いにさせ誘拐監禁して三日間も森の中に閉じ込めているというところだろうか。
これは非常によくないね。
私がお祖父ちゃんだったらそんなやつ八つ裂きにするね。
魔法使いのお祖父ちゃんに退治される前に、この子を人の里に返そう。
最後まで友好的に接していれば、きっと悪い魔物ではないと私を許してくれるに違いない。三日間もここに拘束していたけど、そこは目をつぶってもらおう。
「私は、モンスター。君は、人間」
「だからなんだっていうのさ?」
「君と私は、共に歩むことは、できない」
「だから?」
「少年は村で、私は森で、暮らそう」
「どうして!? オレはこんなにもお姉さんのことが好きなのに!」
ほうほう。そんなに私のことを気に入ってくれたか。
具体的にどこが好きなのかな?
「私の、どこが、好き?」
「甘くて美味しい蜜をくれるところに決まってるじゃん!」
あーれー?
思っていたのと違う回答がきたぞ。
よくよく見てみると、少年の目はハチミツ大好きクマさんと同じように私の蜜でイっちゃっていたよ。もうどうしようもないね。
「アルミン、村に、帰る」
「やだ! お姉さんの蜜がなくちゃオレは生きてはいけない!」
「私のこと、忘れる、祖父には、秘密」
「あの蜜の味を忘れることなんて一生できないよ!」
そんなに蜜が好きなのか。
家族の元に帰りたくないくらい中毒になってしまったのか。可哀そうに。
君もクマさんと同じで変態の部類だったんだね。
それでも、少年に残られると私の命が危ない。
そうだ、蜜の味を忘れないようにすれば帰ってくれるだろうか。
私は特別製の蜜を作ることにした。
蜜が簡単に溶けないようにと、体内で凝縮させる。蜜が出る場所をコントロールできたように、蜜自体もある程度操れる気がしていたのだ。
ただの蜜だと舐めれば溶けてしまうだろう。だから超回復魔法を込めた特性の蜜を濃縮させて、ボール状に固めていく。
すると、これでもかというように光回復魔法を込めた甘い蜜玉が完成した。
人間、やってみればできるものである。私は花だけど。
この蜜玉が上手く成功していたとすれば、蜜が溶けるのを光回復魔法が阻害する効果を持っているはずだ。溶けたところから再生する。蜜は私の植物の体の一部。だからこそできると推測できた。
これを少年に食べさせれば、蜜中毒で暴れ出す時間が稼げるだろう。
「蜜玉、食べて、飲み込む」
「飲み込めばいいんだね、お姉さん」
「特別製の蜜、体内なら、簡単に、溶けない」
「美味しいよ。ありがとうお姉さん」
「村に、帰る、いい?」
「もう一つこの飴玉を渡してくれたら帰るよ」
このガキンチョめ。図々しいな!
しょうがないのでもう一つ蜜玉を生成してあげる。
ハァー。お姉さん、疲れました。
もうエネルギー不足です。栄養くれ。お水欲しい。
そんな私の苦労も知らないというように、二つ目の蜜玉を喜んで飲み込んだ少年は、私に手を振りながら去っていった。
まだ蜜が恋しそうだったけど、数日の間は体内で私の蜜を味わうことができるだろう。彼がお祖父ちゃんと再会してこの地から離れるまではきっと蜜玉は溶けてなくならないはずだ。それまでは蜜狂い発症しないはず。
蜜玉が溶けたあと?
その先は知らん。
もう二度と会わないだろうし、私には関係ないことだしね。
お読みいただきありがとうございます。
明日も二話更新予定です。
次回、蜜狂い少年はアルラウネの夢を見るかです。







