104 水竜の鎧ドリンクバーと森のサラダバー
私、お水大好き植物モンスター娘のアルラウネ。
あそこにいるのは水竜の鎧ドリンクバーである冒険者さん。
私においしいお水をプレゼントするために、立派な魔法の鎧を着て準備してくれたの。
大量の水の塊を身にまとう『龍水の結晶』のリーダーさんは、みずみずしくて、とてもおいしそうです。
ごきげんよう、水魔法使いの人間さん。
いいえ、ドリンクバーさんとお呼びしましょうか。
わたくしをお水の飲み放題の会にご招待いただき、ありがとう存じます。
さっそくわたくしを歓迎をしてくださるようで、ドリンクバーさんが流れるように私に近づいてきました。
足元に水流を発生させて、移動速度を上げているみたい。
ドリンクバーさんがわたくしにお水を放ってこないということは、お水の飲み放題というのはセルフサービスということなのですね。
飲みたければ好きな分だけ飲んでくださいという、ドリンクバーさんの優しいお心遣いみたい。
では、喉も乾いたことですし、いただきましょうか。
ドリンクバーさんに茨を十本ほど差し向けます。
ちゃぽんと、茨が着水する音が聞こえてきました。
分厚い水の鎧によって、茨は防がれてしまったみたい。
水中でうようよしている茨を、ドリンクバーさんが槍で次々と斬り落としていきます。
タマネギの催涙物質は水に溶けるの。
だから全身を包み込む水の鎧に阻まれて、タマネギ攻撃も効果はないみたいだね。
やっぱり水の鎧が厄介です。
水によって守られている限り、私の茨もタマネギの催涙物質も眠り粉もドリンクバーさんには届かない。
「今度はボクの番だッ!」
ランスを構えたまま、冒険者さんが突撃してきます。
足元に水流を起こしているせいで、流れるように私に近づいてくる。
近づいてくれるなら好都合だね。
今度こそきちんとお水を飲ませていただきますよ。
私は地面から、太くて長い根っこを出現させます。
そう、私の主根です!
普段は地面の中に隠しているものだから、なんだか人目につかせるのはとても恥ずかしいね。
まるでスカートの中身をさらけ出している気分。
うぅ、やっぱり、すごく恥ずかしいよぅ…………。
私の下半身の見られてはいけない部分が、殿方に見られてしまいました。
しかも裸の状態で。
もうお嫁にはいけないかも。
ほら、恥ずかしすぎて私の花も真っ赤になっちゃった。
最初から赤かった気もするけど、それは気にしないでくださいね。
これ以上の羞恥心は耐えられそうにないから、一気に終わらせちゃいましょう。
主根をドリンクバーさんの水の鎧に突っ込みます。
「アルラウネの人間の部分は綺麗なのに、そんな土まみれの根っこを突き出してくる攻撃なんて美しくないねえ。ボクには無駄だよ」
ドリンクバーさん、勘違いしないでくださいませ。
私は攻撃しているのではなく、あなたのドリンクバーのジュースを飲みに来ただけなのです。
私の主根が、水の鎧の水分を急激に吸収していきます。
まるで栓の空いてしまった風呂桶のように、水が消えて行きます。
私の体の中にある道管が次々と水分を引き上げていくのがわかるよ。
お水おいしい!
「な、なんだとぉおおお!?」
去年の日照りの際に鍛えた私の根っこの吸水力は伊達ではないのです。
わずかな地中の水分ですら吸い尽くそうと頑張ったあの地獄の猛暑で、私の根っこは水吸い名人になっていたのだ!
おかげで、ドリンクバーさんの水の鎧はすっかり消え去ってしまいました。
ごちそうさまです。
「……水の鎧が吸いつくされたのは想定外だが、植物の根ごとき、斬ってしまえば問題ない!」
槍で主根を突き刺そうとするドリンクバーさん。
でも、そうはいきませんよ!
ズポポポポポポンッ!
水の鎧がないいまは、絶好の射的チャンスです。
テッポウウリマシンガンを身に受けたドリンクバーさんは、後方へと吹き飛んでいきました。
でも、土魔法による防御力向上の支援魔法によって、種は刺さらなかったみたいだね。
それでもドリンクバーさんがひるんでいる今が好機なんだろうけど、私もそれどころではありません。
──うっぷ。
ちょっと水、飲みすぎちゃったかもしれないよ。
私、根腐れしちゃいそう…………。
それなりの大きさである植物モンスターの私をもってしても、一度に大量の水を吸収するのは限度があったみたい。
お腹いっぱいすぎて気持ち悪いよ。
それに水の吸いすぎで根っこが腐ったら、私は枯れてしまう。
このままじゃマズイ!
緊急事態です!
いますぐにでも体内の水分調節をしなければ。
というわけで、蒸散を行いましょう。
私は普段、体内の水を葉っぱから外に放出しているの。
植物が葉の気孔から水蒸気として水分を発散するこのことを、蒸散というのです。
人間でいうところの、汗をかくという生理現象と同じだね。
この蒸散をすることによって、体内の余分な水分を排出することができる。そうして根から再び水分を吸い上げることができるという仕組みなんだよね。
私は葉っぱ裏にある気孔から、水分を放出させていきます。
すると、水蒸気のようなものが葉っぱから出ていきました。
どうやら尋常じゃない水を飲み込んだせいで、蒸散によって出ていく水分も凄い量になっているみたい。
私から霧のようなものが立ち込めるほど、蒸散によって外に水分が放り出されていきます。
「アルラウネから霧が……いったいなんなんだこれは?」
困惑するドリンクバーさん。
でも、次の瞬間に目を抑えて倒れました。
「め、目がぁあああああああ!!」
まるでタマネギにやられた騎士団員みたいに、ドリンクバーさんも地面に転がります。
実はね、蒸散をするときに、出ていく水分と一緒にタマネギの催涙物質を放出してみたの。
そのせいで、私の水蒸気は催涙ガスみたいなものになっちゃったみたい。
硬い鎧で身を守っていても、空気中の水蒸気は防ぎようがないよね。
水の鎧を憑依していたら話は別だったけど、それは私が全部飲んじゃったからどうしようもないみたい。
「リーダー大丈夫か!」「いま助けるぞ……うわっ、目がッ!?」「な、なんだこれぇえええ!!」
ドリンクバーさんを助けようとしたお仲間三人も、同じように催涙ガスの餌食になりました。
仲良く4人で地面に転がってくれたね。
「しょ、植物モンスターごときに、このボクが…………ッ!」
のたうち回っている『龍水の結晶』メンバーには、催眠種をプレゼント。
お水の飲み放題のお礼です。
ゆっくりとお休みになってくださいね。
催眠種がグサリ刺さった四人は、すやすやと夢の国へと旅立ってしまいました。
いま思ったんだけど、このドリンクバーさんちょっと欲しいかも。
さっきの生け花よりも、ドリンクバーさんは実用性があって便利だよね。
森に設置しちゃおうかな。
大丈夫、ドリンクバーさん安心なさってくださいませ。
あなたがお水飲み放題のドリンクバーなら、私は森のサラダバーなの。
野菜作り放題だからね。
ドリンクバーとサラダバー、似たもの同士これからは仲良く仕事に励みましょうね。
──ふぅ。
これでひと仕事終わったかな。
人間さんを殺さないようを無力化するのは苦労するね。
私を亡き者にしようとしているんだから、本当はこちらも同じことをしても良いんだろうけどさ。
人食いアルラウネなんて嘘の暴言を吐かれたからといって、ここで私が人間を食べたらその言葉が本当になってしまうんだよね。
だから私はいままで通り、人間さんは丁重に街へとお返ししますよ。
ドリンクバーさんは例外にするかもしれないけど。
さてと、これで討伐部隊は全滅かな。
そう思ったところで、視線を感じました。
よく見ると、まだ人間さんが二人残っているね。
一人は冒険者風の男の人、そしてもう一人は聖女見習いの女の子。
引きつった顔をして私に怯えるような表情をしている男性と違って、聖女見習いのほうはなにかに戸惑っているような困った顔をしていました。
催涙ガスの霧が晴れると、聖女見習いが一歩ずつ私に近づいてくる。
お互いの顔がようやくわかるようになったという距離で、聖女見習いはピタリと止まりました。
そうして、私と彼女の目と目が吸いつくように合う。
この子、やっぱり見覚えがある。
一番特徴的なのが、力強い光のオーラを持った瞳。
光の女神さまの祝福を受けたかのような、特別な目をしている気がする。
たしかあの子の名前は────。
「……イリスさま」
聖女見習いが、聖女の名前を小さく呼んだ。
その名前はたしか、私の名前だったはず。
人の口からは久しく呼ばれていなかった、私の懐かしい名前。
でも私をそう呼ぶということは、この子は私を知っているということ。
それに、声を聞いて思い出したよ。
特別な目を持った、年下の聖女見習いの女の子のことを。
この聖女見習いは、ニーナだ。
懐かしい。
いつの間にかこんなに大きくなったんだね。
でもいまはそれよりも気になることがある。
私をイリスと呼んだということは、ニーナが聖女である私の姿に気がついたのだ。
「イリスさま…………いいえ、あなたがイリスさまだなんて、ありえない」
ニーナがなにかを決心したような表情を浮かべます。
そうして力強い口調で、声を上げました。
「イリスさまの顔を持っているアルラウネ。あなたはいったい、イリスさまになにをしたの?」
植物をビニール袋に入れると、蒸散によってビニール袋の内側が水蒸気で曇ります。そうすることで植物が蒸散しているということを目で認識することができたりします。
次回、聖女食いのアルラウネと仇討の聖女見習いです。