102 アルラウネと森の精霊討伐部隊
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
武器を持った20人以上の人間さんに囲まれそうになっているの。
どうやら騎士と冒険者が主体の集団みたいだけど、一人だけ杖を持った非戦闘員の少女が混ざっている。
純白の聖女見習いの衣装がとても懐かしい。
それでね、あの聖女見習いの女の子、どこかで見たことある気がするの。
聖女だったときの私と同じくらいか、少し下くらいの年かな。
私が聖女として死んでからもう4年が経過している。
ということは、あの子を4才若返らせば、知っている顔になりそうな気が──
「お前が手配書のアルラウネかッ!」
聖女見習いの子への思考が、野太い男の声によって妨げられてしまいました。
人間さんの一団の中から、鎧を着た大柄な騎士が前に出てきます。
周囲の騎士から「騎士団長」と声をかけられているところを見ると、どうやら街の騎士団長さんみたいだね。
「我らは悪しき森の精霊を討伐にきた。ドライアドの居場所を知っているなら、大人しく教えてもらおうか!」
ドライアド様を討伐に来た?
この人たちの目当ては、私ではなかったんだ。
ちょっとだけど、安心したかも。
「居場所を教えたら、私を、襲わないで、くれるの?」
「モンスターを討伐しない人間がどこにいる。無論、お前を殺してからドライアドの元に向かうに決まっているであろうが!」
うぅ、安心して損したよ。
まあドライアド様を襲うのなら、森の用心棒である私が仕事をしないといけないんだけどさ。
「東の森のドライアドが魔王軍に与していることも、行方不明になった冒険者をお前が食ったことも全てお見通しだ! お前たちモンスターは人間の敵である!」
なにそれ、初耳なのですが!
魔王軍のドライアドは東じゃなくて西の森の精霊のほう。
それに私、冒険者さんは全員森の外へとお返ししたのです。
誰一人として食べてなんかいないよ!
たしかに私の見た目は人間さんからすると怖いところもあるけれど、それでも私はやっていないの。
これは冤罪ですよ!
「私は、人間を、食べては、いません」
「しらを切るつもりだな、小賢しい植物め。これだからモンスターは嫌いなんだ」
騎士団長さん、そんなこと言わないで。
ねえ、怖い顔しないで、少し私とお話しましょう。
そうすれば誤解はすぐ解けますよ。
「ちょうど良い、人に危害を加えたモンスターは討伐対象だ。精霊狩りの前の準備運動と行くか」
騎士団長さんが、槍の柄を地面に叩きつけました。
「人食いアルラウネに裁きを!」
その声に呼応するように、後ろの騎士たちが同じように槍で音を出しながら叫びます。
「「「人食いアルラウネに裁きを!」」」
ご、誤解です!
私、人食いアルラウネじゃないよ!
鳥と熊とか、そういった森の動物さんしか食べてないんだから。
だから私に槍を向けないで!
「植物モンスターには火攻めが基本だ。やれ!」
騎士団長さんの号令によって、数名の騎士と冒険者が炎魔法を唱え出しました。
その前列には、盾を持った騎士たちが横に並んで壁になります。
どうやら本気で私を討伐しようとしているみたい。
人間さんたちから数発の炎の弾が放たれました。
とっさに、地中に潜ましていた20本のハエトリソウを地上に出現させます。
ハエトリソウを盾にして、炎魔法をなんとか防ぐことができました。
「次だ!」
再び炎魔法が放たれる。
このままだと防戦一方だね。さすがに分が悪いよ。
リトープスの脱皮によって火から逃れる術を覚えたとはいえ、未だに私の弱点は炎なの。植物だから、仕方ないんだけどね。
とにかく、私が悪いモンスターでないことを信じてもらうためにも、戦いを止めてもらわないと。
「話を、聞いて、ください!」
「モンスターの戯言に耳を貸すなッ! 惑わされた者から食われてしまうぞッ!!」
騎士団長がそう叫ぶと、騎士たちからも「人間を食べたモンスターに裁きを!」「仲間の仇!」「魔物には死を!」と声が上がる。
うぅ、なんなのこれ。
わ、私がなにをしたっていうの…………。
ただ冒険者さんたちを眠らせて、丁重にお帰り願っただけなのに。
それなのに人食いモンスターだと罵倒されるなんて、こんなのってないよ。
私が植物モンスターだから、いけないのかな……?
そんなことを思っていると、グサリと球根に槍が刺さります。
どうやら投擲されたみたい。
蔓で槍を引っこ抜きながら、私は心にもなにかが刺さっていることに気がつきました。
もしかしたら、モンスターと人は相容れないものなのかもしれない。
魔女っこは魔女だから例外だったんだろうね。
私は、もう人ではない。
だから、人間と上手くやっていくなんて、不可能なのかもしれないね。
目元に蜜がじわじわと溜まってきました。
そういえば、数日前にここに来た冒険者たちも、私を討伐しに来ていたんだった。
そんな相手に慈悲を送ったとしても、私がモンスターである限り、優しくしてくれるなんてことはなかったんだね…………。
気がつくと、ハエトリソウが燃え尽きていました。
次は私に炎魔法が向けられるのだ。
人間に燃やされて殺されるのなんて、ごめんだよ。
ただ燃やされるくらいなら、私は戦います!
私ね、自分を襲ってくる人間がいるとわかってから、なにも準備をしなかったわけではないの。
強い冒険者が来た時のために、この場所に罠を張っていたんだから。
人間さん、あなたたちの足元にある蔓がなんだかわかりますか?
それね、全部私の体の一部なの。
私は植物モンスター。
植物は私の体であり、手足なんだから。
炎魔法を使っている人間さんたちの足元の蔓を動かします。
魔法の使い手を全て蔓で捕獲です。
とりあえず眠り粉でお休みいただきましょうか。
「この蔓もやつの体だったのか!? 皆の者、蔓を斬り落とせ!」
騎士団長さんの号令がかかります。
命令に忠実な残りの騎士さんたちが、私の蔓を切り刻みだしました。
だめぇ、私を斬らないで!
──とは、今回は言いません。
むしろ、そんなに蔓を切って大丈夫なのかと心配なの。
だってね、その蔓はただの蔓ではないのです。
それには、タマネギの成分が込められているのだから。
「め、目がぁああああああ!!」「涙が止まらないぞ……」「目も鼻もしみてなにも見えない!」「助けてくれぇええええ!」
蔓を切り落とした騎士たちが、倒れるように暴れ始めました。
みんな顔を必死に抑えていて、阿鼻叫喚の涙地獄に落とされてしまいました。
「どうしたお前たち!? いったいなにが起きたというんだ!」
コホン。
騎士団長さん、教えてあげましょうか。
先日、私は魔女っこが新しい食材として買ってきてくれたタマネギを捕食したの。
だからタマネギを生成するだけでなく、タマネギの性質を私は手に入れることができたのです。
タマネギを切るとき、目がしみて涙が出てくるよね。
料理をしたことがある人なら、誰しも一度は経験したことがあるはずだよ。
タマネギは切られたりして細胞が傷つけられると、催涙効果がある物質を放出するの。それが目や鼻の粘液を刺激して、涙が止まらなくなるわけ。
騎士さんたちは私の蔓を切りまくったせいで、巨大タマネギをたくさんに切り刻んだような状態。
催涙物質も大量に吸収してしまって、地面に倒れて暴れるほど苦しんでいるみたいだね。もう使いものにならなそう。
ただの野菜だと思って、タマネギを侮ってはいけませんよ。
この特性は、タマネギが動物による攻撃から身を守るため、体が切られたり齧られたりしたら催涙物質が出るよう進化した結果なの。
タマネギの催涙物質に涙を流した動物は、二度とタマネギを食べないようになるというわけ。
か弱いお花の女の子である私に泣かされるのは、騎士として嫌でしょう。
私、殿方を泣かせる趣味はないのですよ。
これに懲りたら、私を切るのはやめてくださいね。
タマネギはヒガンバナ科に分類されている多年草です。
以前はユリ科やネギ科に属していたようですが、最近ヒガンバナ科に変わったみたいです。主人公のアルラウネはナス科なので、お仲間ではありませんでしたね。
次回、タマネギ大好き騎士団長さんと華道の心得です。