書信 出稼ぎ冒険者のネームドモンスター討伐 後編
引き続き、元伍長の出稼ぎ冒険者さんの視点です。
俺の名はフランツ。
塔の街で出稼ぎの冒険者をしている。
冒険者組合の手配書を見ていた俺は、そこに魔女狩りの森で出会った規格外のアルラウネと同じ特徴が描かれているモンスターが載っていることに気付いてしまった。
俺がその場で放心状態になっていると、二人の冒険者が手配書の前までやって来て陽気に話し始める。
「おい、このアルラウネ、あの聖女様に似ていないか?」
「勇者と結婚したっていう聖女様か?」
「違う違う」
「他に聖女様なんて誰もいないだろう?」
「ほら、4年前に亡くなられた聖女様だよ」
「イリス様か、たしかに似ているな」
「聞いた話なんだがな、ここの冒険者組合の専属絵師は、聖女イリス様の大ファンだったらしいぞ」
「そりゃアルラウネの絵が似るのも仕方ないか」
二人の冒険者が笑いながら離れていく。
いまの話、なにかが引っ掛かる。
聖女イリス様に似ているというアルラウネの絵。
だが、この絵とそっくりのアルラウネと、俺は遭遇したことがある。
絵と同じ顔ということは、あのアルラウネは聖女イリスさまと同じ顔だということだ。
以前遭遇したアルラウネと友好的に接することができたのではないかという後悔が、未だに俺の中にはある。
同一個体ではないだろうが、あの時と同じアルラウネか。
今度、様子を見に行ってみても良いかもしれないな。
「どうじゃこの二つ名、わしが考えたんじゃ」
突然、背後から肩を叩かれる。
振り返ると、いつものドワーフのじいさんが立っていた。
どうやら手配書に描かれた『紅花姫』という名前は、ドワーフのじいさんが呟いた言葉を冒険者組合がそのまま使っているらしい。
「ネームドモンスターなら名前をつけてやらねばな。というわけでそこに飾ってある『堕落の精霊姫』から姫の文字をいただいたわけじゃ」
額縁で目立つように飾られている、西の森のドライアドの手配書が目に入る。
ドライアドと同じドリュアデスの森出身で女の植物モンスターとくれば、『堕落の精霊姫』にあやかった名前をつけたい気持ちになるのもわからないでもないな。
「どうじゃお前さん、一杯やらんか?」
「では、お言葉に甘えて」
冒険者組合のテーブルについて、酒を注文する。
ここは酒場ではないが、冒険者用に飲食物が提供されているのだ。
「ドリュアデスの森のアルラウネがいま一番熱い話題じゃが、最近は植物に関しての噂が多いのう」
「植物の噂……?」
「ああ。各地で珍しい花の盗難が多いらしいのう。ここだけの話じゃが、塔の街の領主さまの館でも、領主一族の家宝である魔花が盗まれたらしい」
魔花を盗んで、いったい犯人はなにをするつもりなのだろうか。
高値で売れたりするのかもしれないが。
「それだけじゃない、わしの情報によると、帝国にある金羊毛のバロメッツが一夜にして消えてしまったらしい」
「……バロメッツ?」
「金の綿毛を生み出すという伝説の木のことじゃよう。大陸に一本しか存在しない、極めて貴重な物なのじゃが、それも何者かによって盗まれてしまったらしいのう」
帝国の収入源でもあった金羊毛の木が消えて、どうやら帝国の宮殿では大騒ぎらしい。
このドワーフのじいさんは本当に情報通だな。
よくも隣の国のことをここまで詳しく知っているもんだと感心してしまう。
「極めつきはこれだ。お前さんは腕の立つ冒険者だから、直に話が来るかもしれんし、教えておいてやってもいいのだが……」
「じいさん、もったいぶらせないで教えてくれよ」
テーブルの上に音を立てないようにしながら、日ごろの礼も兼ねて小銭を置いてやる。
俺の情報料の支払いに満足したじいさんは、話を続け出した。
「どうやら森の精霊を討伐することが正式に決まったらしい」
「森の精霊というと、やっぱり手配書の西のドライアドが標的なのか?」
「いや、どうやら今回の目的は、東のドライアドらしいのう。領主様直々のご命令らしいぞ」
領主が東の森のドライアド討伐を決定した。
塔の街の領主の命令により、街の騎士団が参加する。
他にも街の教会の司祭、そして冒険者組合のギルド長も賛同していることらしい。
騎士団、教会、そして冒険者組合の精鋭による連合の討伐部隊が結成されるらしい。
「でも、なんで西のドライアドじゃなくて東のドライアドが?」
「詳しいことは知らん。ただ一つわかることは、人間様によって森の主にはご退場してもらうことになったということだけじゃ」
ドワーフのじいさんが周囲へと視線を変える。
つられて辺りを見回すと、いつの間にか冒険者組合には手練れの冒険者が集まっていた。
この街最強といわれる冒険者チーム、『龍水の結晶』の姿もある。
どうやらドワーフのじいさんの話は本当らしい。
畏れ多いが、決まってしまったことは仕方ないだろう。
人間の手によって、精霊狩りが始まるのだ。
数日後。
森の精霊の討伐の日がやって来た。
街の門の外には、20名を越す人間が集まっている。
先日の、蜜売りの妖精から蜜を買っていた見習い聖女の姿もある。
彼女に挨拶すると、隊のリーダーである騎士団長から、「お前たち知り合いか。それならお前に聖女見習いの護衛を命じる」と言われてしまった。
「いいか皆の者! 森の精霊、そしてモンスターは人間の敵だ! 見つけ次第、全て抹殺しろというのが領主様のご命令である。心してかかれ!」
街の騎士団長の激励が終わると、精霊討伐部隊は森へと進んでいく。
聖女見習いと自己紹介をしながら、部隊に続いて木々を分け入っていった。
すると、聖女見習いのニーナさまが、おそるおそるといった風に俺に尋ねてきた。
「フランツさま、一番後ろにいるシルクハットの男性なのですが、なんだか変ではないですか?」
シルクハットの男性というのは、こないだ冒険者組合でアルラウネの手配書を見ていた冒険者のことだ。
精霊討伐部隊に選ばれるくらいなのだし、実力があるのは間違いないだろう。
「歩き方から察するに、かなり腕は立ちそうですね」
「そうではなく、見た目がちょっと……おかしくはないですか?」
「片メガネにシルクハットですからね。おかしいくらい目立つのはわかります」
「そうでもなく…………いいえ、あたしの気のせいだったようです」
ニーナさまが疲れたように呟く。
いったいあの男がどうかしたんだろうか。
いや、もしかしたらニーナさまは不安を感じていて、周囲の人間に対して敏感になっているのかもしれないな。
慣れないモンスター討伐をするのだから当然だろう。
「ニーナさま、よろしければこれを持ちください」
「これは?」
「俺の炎魔法で作った火炎瓶です。森のモンスターに対して役に立つはずですよ」
「フランツさま、ありがとうございます」
そう言いながら、ニーナさまは火炎瓶を懐にしまった。
その瞬間、前方から「モンスターが出たぞ!」と声が響く。
討伐部隊は森の中に穴が空いているかと思えるような、木が一本も生えていない不思議な場所にたどり着いた。
一見すると緑の草原のように思えるが、地面には緑色の蔓が張り巡らされている。
そしてその蔓の地面の中心には、一匹のモンスターが待ち受けていた。
大きな凶悪な口が開いている球根、そして深紅の花から生えている緑髪の美しい少女。
整った貴族のような顔も、蔓で胸元を隠しているところも、以前遭遇したアルラウネと全く同じだった。
同一種族のモンスターというより、まったく同じ個体だとしか思えない。
「ここまでそっくりとはな」
「えぇ、そっくりすぎます……」
ニーナさまも、俺と同じような感想だったらしい。
手配書の絵師はかなり良い仕事をしていたというわけだ。
そんな美しさと禍々しさを兼ね揃えた蠱惑的なそのアルラウネは、討伐部隊へと視線を移す。
アルラウネは人間の大人の倍以上の大きさがあるため、俺達は見下ろされるような形となっていた。
少女の部分は人間と同じ大きさだが、球根部分が巨大なため、すごく威圧感がある。
少女の姿をしたモンスターの視線が、俺の隣にいる人物へと向けられる。
アルラウネはどこか寂しそうな表情をしながら、聖女見習いであるニーナさまを凝視していた。
「どうして……」
ニーナさまが、がくりと地面に膝をついた。
口元を両手で抑えて、わなわなと身を震えはじめる。
「どうしてモンスターが、その顔と光のオーラを持っているの…………?」
いきなりどうしたっていうんだ、この聖女さまは。
ニーナさまに声をかけようとすると、騎士団長の大声が耳に響いて来た。
「東の森のドライアドが魔王軍に与していることも、行方不明になった冒険者をお前が食ったことも全てお見通しだ! お前たちモンスターは人間の敵である!」
「魔王軍のモンスター…………まさか!?」
ニーナさまがなにかに気がついたように、アルラウネへと顔を向ける。
「あのアルラウネ、もしかして……」
その声を聞いた俺は、先日の魔女狩りの森でのことを思い出した。
敵対的な行動をアルラウネに取らなければ、こちらに襲いかかってこない友好的なアルラウネだったのではと、あの時の俺は考えたんだった。
騎士団長にアルラウネを攻撃しないよう提案しようとしたところで、周りの騎士に阻まれてしまった。
そうだ、いまここにいるのは森の精霊討伐の部隊。
モンスターと平和的に交渉することなど、頭にない連中しかいないのだ。
こうして俺は、望まない形で再びアルラウネと巡り会ってしまうのだった。
というわけで、今回も冒険者視点でした。
主人公の植物モンスター娘さんが遭遇した人間の集団というとのは、どうやら彼らのことだったようです。
次回、アルラウネと森の精霊討伐部隊です。