書信 出稼ぎ冒険者のネームドモンスター討伐 前編
元伍長の出稼ぎ冒険者さんの視点です。
俺の名前はフランツ。
以前は兵士をしていて伍長なんて役職についていたが、いまは塔の街で出稼ぎの冒険者をやっている。
突然だが、俺は不思議な光景を目にしてしまって困惑していた。
森の妖精が、なぜ街の広場で蜜を売っているのだ。
あそこにいるのは数日前、俺がドリュアデスの森で出会ったフードを被った女の子で間違いない。
少女の姿をしているが、その正体は俺に対して助言を与えてくれた妖精だ。
だが、妖精が蜜を売るというという行為が理解できなくて、戸惑ってしまっている。
いったいなぜ街にいるのかが気になった俺は、妖精に声をかけてみることにした。
「妖精さま、お久しぶりです。こないだは助かりました」
「……妖精? わたし、妖精じゃないよ」
なるほど、ここは人目がある街の中だ。
妖精であるということは知られたくないというわけか。
「わかった、ここでは妖精じゃなくてただのお嬢さんと呼ばせてもらおう。それで、なんで蜜なんかを売っているんだ?」
「シショクハンバイ、っていうのをやりたいんだけど、なんて声をかけたらいいのかわからなくて……」
「なんだかよくわからないが、声をかけて客寄せをしたいってことか? それくらいなら」
広場を見渡すと、見知った顔が目に入る。
「おいそこの二人っ!」と手招きして、二人の冒険者をこちらに呼び寄せた。
「お前たち、これからどこ行くんだ?」
「どこって、昨日若手の冒険者が森の植物モンスターに襲われたんだよ。それで武器が奪われたらしいから、取り返しに行ってやるわけさ」
「それなら丁度良い。仕事前の飯だと思って、この蜜を一口食べてみないか?」
「蜜を食べたくらいで腹が膨れるわけないだろうって、なんじゃこれぇえええええ!!」
蜜を一舐めした瞬間、冒険者二人の目の色が変わった。
なんだ、この反応は?
「脳が溶けるくらい美味いぃいいいい!」「蜜、もっとないのかぁああああ!」
「お、おう。なら、こちらのお嬢さんから買えばいいさ」
「よろこんで買わせていただきます!」
蜜を食べてから豹変したかのように蜜が好きだと連呼していたのが気になるが、とにかく森の妖精のために蜜を売ることができた。
これで少しは森での借りが返せただろうか。
「こんな感じで声をかければ、簡単だぞ」
「わかった」
森の妖精が、意を決したように唾を飲み込む。
「そ、そこの人ぉ……み、みつを…………」
俯むいて、すぐに黙ってしまう森の妖精。
どうやら口下手な妖精らしい。
仕方ないな、もう少し手伝ってやるか。
一緒に声かけを始めてからしばらくすると、見覚えのある少女が現れた。
黄色の刺繍がされている高そうな白い服を着ている。
間違いない、こないだ蜜を手づかみでやけ食いしていた、あの聖女見習いだ。
聖女見習いは蜜売りの妖精と慣れた様子で会話をし始め、蜜を購入する。
それから、気がついたように俺へと声をかけきた。
「もしかして、ルーフェちゃんのお父さまですか……?」
「いいや、俺はただの通りすがりの冒険者だ。このお嬢さんにはちょっと借りがあってな、それで手伝いをしているというわけさ」
「あたしったらてっきり……失礼いたしました」
どうやらこの聖女見習いは、蜜売り妖精の常連客らしい。
まあ蜜を狂ったように食べていたあの様子から察するに、予想通りではあったな。
俺は故郷の村を、聖女さまに救ってもらったことがある。
その聖女さまの同輩である聖女見習いなのだし、ここはひとつ教えておいてやるか。
「聖女のお嬢さん、どうやらあの男に後を付けられているみたいだが、心当たりは有るかい?」
広場の向こうから、怪しげな男が聖女見習いのことを凝視しているのだ。
この距離で俺に気づかれるくらいだから、おそらく素人だろう。
「あぁ、きっと料理人見習いの方でしょう。あたしのファンらしいのですが、街で偶然会うことが多いのです」
それは偶然ではなく、ただ付け狙われているだけじゃないかと思うのだが……。
「なにか困ったことがあればいつでも言ってくれ。個人的にだが、聖女さまには恩があるからな」
「おそれいります。では、あたしはこれで」
聖女見習いと交代するように、今度は聖女見習いのファンだという男が蜜を買いにやって来た。
念のため、情報を得ておくか。
「お前さん、料理人だろう。どこで働いているんだ?」
「……よくわかったな。これでもオレは、領主様の館で働かせてもらっているんだが」
「それは凄い。いや、足を止めさせて悪かったな」
どうやら素性が悪い男ではなさそうだ。
料理の食材を仕入れに来たのか、それとも聖女見習いが好きだから同じ物を買おうとしているだけかもしれない。
追加情報を得るため、蜜売りの妖精にもあの男のことを尋ねてみよう。
「いまの男、よく来るのか?」
「うん、白い服のお姉さんが買いにきた後に必ず買いに来るよ。それに、男の人で蜜を買った初めての人だから、よく覚えてる」
それ、やっぱりストーカーな気がするのだが……。
それから夕方になるまで呼び込みを伝授したおかげか、蜜売り妖精は広場の人間に少しは声をかけられるようになった。
これだけできれば、後は一人でも大丈夫だろう。
「それじゃ、俺はもう行くぞ」
「ま、まって。お礼に、蜜を……」
「別にいいさ。なにかあったら、こないだの森でみたいにまた助言をくれれば嬉しい」
「……わかった」
蜜売りの妖精を背にしながら、これからどうするかを考える。
そうだな、ちょっと冒険者組合に顔を出すとするか。
今日はずっと広場で蜜を売る手伝いをしていたからな。なにか新しい仕事を見つけて稼がないと。
冒険者組合に到着すると、なんだか騒がしい様子だった。
どうやら昼間の冒険者の二人が、森の植物モンスターに返り討ちにあったそうだ。
でも、それだけじゃない。
合計4組の冒険者が、その植物モンスターに敗れて武器と荷物を奪われてしまったらしい。
会話から察するに、その植物モンスターがいた場所というのは、森の妖精が「この先には行くな」と言ってきた辺りのようだな。
もしかして、妖精が忠告するくらいだからかなり危険なモンスターなんじゃないか?
大事にならなければ良いが……。
そんな俺の心配は、予想通りのことになってしまう。
あれから3日が経過した。
その間に、良い話題と悪い話題ができている。
良い話題だが、俺が声掛けを手伝ってあげた蜜売り妖精の商売が、上手くいっているらしいということだ。
最近では、蜜が入った木筒を手にしている人をよく見かける。かなりの人数に蜜が売れ渡っているようだな。なんだか他人事とは思えなくて、俺まで嬉しくなってしまう。
それで悪い話題なのだが、例の植物モンスターによって既に30組以上の冒険者が敗れているらしい。
最初は、駆け出しの新米冒険者が破れていたが、近ごろでは中堅どころかベテランの冒険者ですら敗北している。
しかも噂によると、既に何人もの冒険者が行方不明になっているとのことだ。
その植物モンスターがたくさんの鳥モンスターを捕食しているところが目撃されており、大食いの肉食モンスターであることは周知の事実。
つまり、既に何組かの冒険者は、植物モンスターの餌食になっているというわけだ。
数々の冒険者を打ち破った危険なネームドモンスターとして、その植物モンスターに手配書が作られることになった。
討伐すれば、冒険者組合から少なくない額の報奨金が支払われる。
俺も手配書を一目でも見ておこうと冒険者組合に足を運ぶと、一人の変わった男が目に入った。
シルクハットを被った片眼鏡の老紳士が、壁に貼り付けてある手配書をじーっと凝視していたのだ。
俺が隣に立つと、「失礼」と言って外へ出て行ってしまう。
見かけない顔だから、旅の冒険者なのかもしれないな。
俺はシルクハットの男が見ていた手配書へと視線を移す。
どうやら、噂の植物モンスターの手配書を見分していたようだ。
手配書には、『ドリュアデスの森の人食いアルラウネ』という文字の横に、『紅花姫』と名前が書かれていた。
もしかしてアルラウネの個体名だろうか。
手配書には、説明書き以外にもイラストが描かれている。
禍々しい球根の大きな口、そこから咲いている紅く鮮やかな花、そして花からは美しい少女の姿が生えていた。
恐ろしくも美しいアルラウネの姿絵が描かれている。
あれ、この植物モンスターの絵。
あの魔女狩りの森にいたアルラウネに、かなり似ているような気がするのだが……。
いや、似ているという話ではない。
間違いなく、あの森にいたアルラウネだ。
あの規格外のアルラウネと、手配書を通じてまさかの再会を果たしてしまった。
だがこの時の俺は、このアルラウネの本当の意味での規格外さの片鱗ですら、まだ知らなかったのである。
こうして俺の人生は、アルラウネによって再び狂わされることになるのだった。
今回は冒険者の視点でした。
主人公が知ることのない、ここ数日の塔の街での様子を目にすることができます。
実は魔女っこが強そうな冒険者と一日中一緒にいたことにより、街の人は彼が魔女っこの保護者だと勘違いしてしまいます。そのおかげで、魔女っこは面倒事に巻き込まれにくくなったなんて裏事情もありました。
そんなことになっているとは露知らず、彼は魔女っこの真の保護者(であり観葉植物)であるアルラウネと再びあいまみえてしまうことになります。
次回、出稼ぎ冒険者のネームドモンスター討伐 後編です。