101 街で大盛況の蜜売り魔女っこと、冒険者さんに大人気の植物モンスターである私
私、蜜作りがお仕事の植物モンスター娘のアルラウネ。
こっちは蜜売り少女の魔女っこさん。
魔女っこは朝になると、仕事にでかける旦那さんのように私の元から離れていきます。
「お気を、つけて」
「行ってきますの蜜、まだもらってない」
「しょうが、ないね」
なんだか最近、行ってきますの蜜をあげないと魔女っこが出かけなくなってしまったの。
姉に構って欲しいとじゃれつく妹を持った気分で、なんだか嬉しいよー!
魔女っこのためならね、何回でも蜜をあげちゃうよ、私!
でも、私のお仕事はそれだけじゃないのです。
家を預かるものとして、生活する場所を綺麗にすることが大切だよね。
間男である冒険者さんという汚れを、森の外へとお掃除しなければならないの。
さあ、お掃除強化週間の始まりです!
1日目の成果は、昨日と比べると格段に数字が増えていました。
この日だけで冒険者が8組もやって来たの。
魔女っこの蜜の売り上げも、20人を超えていました。
普段、魔女っこは朝出かけたら夕方までは戻らないのに、この日は昼過ぎに蜜の補充をしにきた。
だから二杯分の売り上げがある。
凄いよ、魔女っこ!
蜜売り頑張っているね。
2日目です。
この日だけで15組の冒険者がやって来たの。なんだか日に日にお客さんが増えているね。
でも、増えているのは冒険者だけじゃない。
魔女っこの蜜の売り上げが40人を超えてしまったのだ。樽4杯分の売り上げです。いったい、街で何が起きているの?
3日目になりました。
ついに上位と思われる冒険者が、私の元へ訪れるようになったの。
「こいつが武器を奪うアルラウネか」「油断するな、既に街の冒険者の大半がこのアルラウネに敗れている」「美人とはいえ、肉食の花の腹の中に入るのはごめんだ」
アルラウネになってから戦った人間の中では、かなり強い部類の冒険者さんたちだね。でもね、ラオブベーアや四天王の黄金鳥人さんと比べると、まだまだ弱い方なの。
結局、冒険者さんたちは「ネームドモンスターは格が違ったか……」「この街だとあとは『龍水の結晶』くらいしか勝てそうな冒険者はいないぞ……」と言いながら、倒れていきました。
──ん、ちょっと待って。
私、ネームドモンスターになっているの!?
ということは、危険なモンスターとして冒険者組合の手配書一覧に載っちゃったということだよね。
わかった、だからこんなたくさんの冒険者が挑戦しに来ているんだ!
もしかして賞金とかかけられているのかな。
えぇ、どうしましょう。
元聖女なのに賞金首のモンスターになっちゃったの、私?
なんだか恥ずかしいよう。
私、そんなに怖いモンスターではないのです。
だから静かに暮らすために引っ越したいのだけど、そうはいかない。
だって私、植物だから。
ねえ、思ったんだけどさ、植物モンスターって移動できないから、人間に見つかったら二度と安住の時が訪れないんじゃないかな?
うぅ、そんなぁ……。
植物モンスターって、不憫だね…………。
人間さんたちに近づいてもらわないためにはどうしよう。
いままで襲って来た冒険者さんたちは、全て眠らせて森の外まで運んであげた。
だから命の保証はあるからと、軽い気持ちの挑戦者が増え続けているのかもしれない。
それなら私が人間を食べちゃうような怖い存在だと思ってくれれば、二度と近づいてはこないかも。
でも、人間を食べるつもりもなければ、殺すつもりもないんだよね。
ホント、どうしよっかぁ。
結局、この日は5組の冒険者さんがやって来ました。
新人さんみたいな冒険者はもう現れなくなったせいか、人数が減りました。
けれども、私の元には冒険者さんたちの武器と荷物が山のように溜まっているの。
この落とし物、どうしよう。
本当は生活の足しにしたいから貰いたいところだけど、泥棒になっちゃうよね。
植物モンスターになった身とはいえ、元聖女的に他人のものを貰っていいのかと、まだ決心がつきません。
それにこの先、人間さんたちと仲良くするチャンスがあるかもしれない。
その時のことを考えると、落とし物の荷物はこのままにしておいた方が良いかもしれないよね。
私がうーんと悩んでいると、満面の笑みを浮かべる魔女っこが帰ってきました。
「ねぇ聞いて! 今日だけで蜜が80人に売れたの! 凄いでしょ!」
魔女っこがたくさんの食材と、大きなお鍋を持って帰ってきたの。
ついに、念願だったお鍋を買うことができたみたい。
今日は樽8杯分の蜜が売れたから、かなり儲かったんだね。
おかげで魔女っこは一日中、森と街を行ったり来たりしていたから、大変そうだった。
「今夜はごちそうだよ!」
魔女っこがすごく嬉しそう。
そうだね、この笑顔と比べれば、人間のことなんてどうでも良いよね。
私にはこの魔女っこがいるんだもん。
また冒険者が襲い掛かって来ても、適当にあしらってお帰り願えば問題ないよ。
私は魔女っことこうやって楽しく暮らせればそれ以上の望みはいらない。
魔女っこを蔓でよしよしと褒めてあげて、一緒に晩御飯が食べられる。
それだけで幸福な気分になるの。
慣れない手つきで、ナイフで野菜を切っていく魔女っこ。
切り刻んだ野菜をお鍋に入れて、ぐつぐつと煮込みます。
なんだか楽しそう。
料理ができることを喜んでいるみたい。
そんな妹の頑張る姿を、私は静かに微笑みながら見守るのです。
あぁ、こんな時間がずっと続けばいいね。
私、いますごく幸せです。
それから三日間、私に平穏な時が訪れました。
これまで大量発生していた冒険者たちが、嘘だったと思えるくらい一人も来なくなったの。
ついに私のことを放っておいてくれる気になったんだね。
わざわざ森にいるアルラウネを冒険者さんたちが花摘みに来る必要なんてないからね。
もう私のことは忘れてください。
魔女っこが街に蜜売りをしている最中、私はお友達のハチさんとお蝶夫人らてふてふ達とお茶会をします。
蜜で森サーのみんなをおもてなしです。
お礼に、ハチさんたちからはシカさんをご馳走になりました。お土産おいしかったよ!
魔女っこの蜜の売り上げも、一日で100人を超すようになりました。
樽10杯分の売り上げです。
お弁当入れ代わりに使っていたバケツを、蜜の入れ物に使うはめになるほどの大盛況。
おかげで新しいお弁当入れを買うことになって、中古のカバンを購入したみたい。
やっと自分の道具入れができたと魔女っこは嬉しそうです。
いままで持ち物はバケツ以外は皆無だったからね、私たち。
魔女っこはやっと人間らしい装備が整って来ました。
思えば、アルラウネになってからこの3日間が一番幸せな時間だったかもしれません。
お友達とお茶会の日々。
妹分のトレントからは植物の献上品を貰えて、妖精キーリは暇な時間のお喋り相手になってくれる。
そして夕方になったら、魔女っこと一緒に野菜料理を作るの。
火を起こすのだって、もう手慣れているんだから。
ナイフで野菜を切って鍋に突っ込むだけの簡単な料理だけど、魔女っこと二人でわいわいとしながら作る野菜鍋の調理は楽しかった。
季節はもう夏。
白い鳥さんの姿だった魔女っこと初めて出会ってから、もう一年が経っていました。
去年からは考えられないような、幸せな時間を過ごすことができていたの。
でもそんな私の平穏は、四日目にして唐突に崩れ落ちたのです。
その日も、行ってきますの蜜を舐めた魔女っこが、元気に塔の街へと蜜を売りに行きました。
それから私が、妹分のトレントからのお土産である植物を漁っていた時のことです。
これはアサガオだね、パクリ。
これはオキザリスかな、パクリ。
さて、次の植物はなんだろうと思ったときに、人間たちがまたやって来たのです。
でも、いままでとは様子が全く違ったの。
これまでは冒険者のパーティーといっても、一度に5人くらいしかいなかった。
それなのに、人数が把握できないほどの足音、無数の鎧や武器がこすれる金属音、そして何人もの人間の声が聞こえてくる。
そう、私の下に20人を超す人間の集団が現れたのだ。
武器を掲げていて、みなさん臨戦態勢みたい。
モンスターを討伐しに来たようにしか見えない。
どう考えても、穏やかな雰囲気ではないね。
視線を移しながら、お客さんたちの様子をうかがいます。
冒険者風の人間が10人程、そして鋼の鎧を着た騎士の集団が10人程。
そして他の者とは全く違う服装の女性が一人。
光の女神を現わす金の刺繍が装飾されている、純白の衣装。
──懐かしい。
かつて私も、聖女見習いとして同じ格好をしていた時期があった。
元聖女として、その人にはどうしても親近感が湧いてしまうの。
だって人間の集団の中に、聖女見習いの少女が一人混ざっているのだから。
蜜入りの樽は重いですが、魔女っこは浮遊魔法を使って樽を浮かせながら背負っています。なので小さな体の魔女っこでも、重い樽を運びながら森と街を何往復もできます。
次回、出稼ぎ冒険者のネームドモンスター討伐です。