99 冒険者に見つかりました
私、食虫植物モンスター娘のアルラウネ。
あそこで叫びながら逃げているのは冒険者の殿方さん。
お二人とも、私のお食事シーンを見た途端に一目散に走り出したの。
化け物だと言われたのはショック。
でも、逃げながら「聖女さまが言っていたとおり」みたいなことを話していたから、気になってお二人を呼び止めることにしました。
お茶会にご招待です。
人間をお招きするのは初めてですので、私ちょっとだけ緊張してしまいますの。
「蔓が伸びてきている!?」「逃げろ! 捕まったら命がないぞ!」
ちょっとお二人とも、さきほどから騒いでばかりでうるさいですよ。
子どもをたしなめるように、冒険者さん足を蔓で捕まえます。
「だずげでぇええええええ!!」
「相棒ぅうううううううう!!」
宙ぶらりになりながら泣きながらわめく大人の男性が一人。
もう一人は、相棒が蔓に捕まったことで逃げるのを止めたみたい。
「お、俺の相棒を食うのは許さねえぇえええ!」
剣を構えた腕と両足を震えさせながら、もう一人の冒険者さんが私に特攻してきました。
恐怖に顔が引きつっている。
というか目も閉じているね。
「うぎゃぁ!?」
あ、どうしましょう。
鳥モンスターの死骸につまずいて、一人で勝手に転んじゃったのですが。
「相棒ぅうううう!!」
「も、もうダメだぁあああああ!!」
喚く二人の冒険者さん。
とても情けない感じからするに、もしかして新人の冒険者だったのかな。
これじゃ私が悪いことをしているみたいじゃない。
別に食べるつもりはないんだよと教えてあげないと。
「安心して、食べる、つもりは、ありません」
私の言葉に反応したのか、冒険者さんたちが黙りました。
よし、この調子で私が無害なモンスターであることを印象づけましょう。
「ねえ、仲良く、しましょう?」
にっこりと微笑みかけます。
聖女のようなスマイルを見せつけるのだ。
私の人間の姿を見れば、少しは気を許してくれるかもしないからね。
でも、タイミングが悪かった。
私は鳥モンスターを食事中で、下の口に獲物を詰め込んでいたの。
上の口をにっこりとするのについ連動させて、下の球根までにっこりと口を開けてしまったのだ。
「ひぃいいい!!」「植物の口のなかに鳥モンスターがぐちゃぐちゃに詰まっている……仲良くするって俺たちもそうしてやるってことなのか…………」
あ、あれぇ?
逆に怖がられちゃったのですが。
ねえ。
これ、どうすればいいのこれー!
私が困惑の大波に飲まれていると、森から助け舟が流れてきました。
流れてきたというか、走って来たのです。
視線を移すと、一本の枯れ木が鋭いフォームで駆けてつけてくるところでした。
妹分のアマゾネストレントと妖精キーリが戻ったみたい。
私が「おかえりー」と言いながらトレントに蔓を振っていると、転んでいた冒険者さんが悲鳴を上げながら再び逃走を始めました。
「なんか変な枯れ木が走ってきたー!」「化け物だぁああああああ!!」
足を掴んでいた蔓を剣で切り落として、二人の冒険者さんはそのまま逃げ去ってしまいました。
去り際に、武器であったはずの剣を投げ捨てていく始末。
そこまで怖がることないのにね。
でも、ちょっと油断してしまったかな。
トレントと妖精キーリの方に意識が移ってしまったせいで、冒険者さんに逃げられてしまったね。
お茶会のお誘い、断られちゃった。
トレントに後を追わせることもできるけど、森の外に冒険者の仲間がいたら大変だから、やめておきましょうか。
私が森のほうを眺めていると、人間の痕跡を感じ取った妖精キーリが心配そうに私の元へと飛んできます。
「人間が来たの?」
「二人、来たよ」
「そっか……ついに見つかっちゃったか」
不安そうに呟く妖精さん。
私のことを気遣ってくれるなんて、優しいところもあるんだね。
ただの蜜狂いの妖精さんではなかったみたい。
「もう、来ることは、ないだろうし、大丈夫、じゃない?」
「アルラウネは人間を知らないからそう言えるんだよ。人間がそう簡単に諦めてくれるとは思えないのさ」
実は私、元人間なんです。
そのことを教えたら、妖精さんはどう思うんだろうね。
なんだかアルラウネの世迷言だと信じてもらえないような気がするよ。
「念のために、アレをかけておこうかな……」
妖精さんが何かを口ずさむと、私の中に小さな光の玉が入り込んできました。
「キーリ、いまのは?」
「精霊魔法でおまじないをかけたの。アルラウネに万が一のことがないようにってね」
お守りみたいな魔法かな。
だとしたら、たとえなにも効果がなかったとしても、気持ちだけでも嬉しいね。
妖精さんにお礼を言いながら、地面に落ちたままになっている冒険者さんの剣に目を向けます。
あの武器どうしよう。
冒険者にとって剣はとても大事でしょう。
落とし物を取りに来るなら、取っておくんだけど。
あ、良いこと思いついた!
この剣、包丁代わりに使えるね。
いままで魔女っこは野菜にかぶりつくことしかできなかったけど、この剣を使えば調理をすることができる。
あの冒険者さんたちが取りに戻るまで、包丁としてお借りしちゃいましょう。
良い拾いものをしました!
それにしても、さっきの冒険者さん、「聖女さま」って言っていたよね。
きっと塔の街にいるという聖女見習いのことのはず。
私がドリュアデスの森に来た時に見かけた、聖女の馬車に乗っていた人かもしれないよ。
あの冒険者さんの去り際のセリフから考えるに、その聖女見習いの言葉を受けてこの場所を調べに来た感じだった。
もしかして、先日の四天王との戦いを見られたのかな。
鳥モンスターの群れは目立つし、街から目撃されたのかね。
冒険者さんが鳥モンスターを調査に来たのなら、鳥軍団はみんな私のご飯になってしまったのでもう脅威はもうないと街に報告してくれば良いんだけど。
街が襲われる危険がなければ、もう安心だよね。
むしろ私が魔王軍を退治したのだから褒めて欲しいくらいだね!
とりあえずこれで森に平穏が戻りました。良かったよー!
夕方になると、魔女っこが街から戻りました。
どうやらあまり蜜の売れ行きがよろしくないみたい。
そのせいで、なんだか落ち込んでいるの。
「わたし、商売向いていないのかもしれない……」
蜜をたくさん売るために、なにをすれば良いのかわからないようだね。
よーし、それならお姉さんが秘伝の技を伝授しちゃうよ!
聖女時代には物を売った経験はないけど、前世の女子高生時代ならなんとなく知識があるの。
魔女っこにアドバイスをします。
蜜を一口だけ無料配布をすれば、味を知ってくれて購入客が増えるかもよ!
スーパーにお買い物をしに行ったときに、よくその罠にかかったね。
試食コーナーの焼き立てのウィンナーに、つい手が伸びてしまったのだ。
私が「おいしい」と言いながら試食品を食べ終わると、仕方なさそうな顔をしながらお母さんがそのウィンナーを購入していた。
味がわかれば、きっと買ってくれるお客さんも増えるはず!
この戦法を、今度は店側として使えばいい!
翌日。
魔女っこに試食作戦は伝授済みです。
あとはどれだけ魔女っこ街の人に声をかけられるかが問題だね。
でも、そんなことより、魔女っこが無事に森に戻ってくれるのが一番の望みなの。
「ちゃんと、お弁当、持った?」
「……うん」
仕事に向かう魔女っこのために、私は朝からお弁当を作ったのだ。
葉っぱでくるんだ焼きカブと焼きそら豆。
あとリンゴのデザートです。
魔女っこは小さな樽を背負いながら、バケツにはいったお弁当を持って、蜜を売りにでかけます。
空いているほうの魔女っこの手を、私は蔓でぎゅっと握ります。
「気を、つけてね」
「大丈夫、わたしに任せて。でも、行ってきますの蜜が、欲しいかも……」
「しょうが、ないね」
私は蔓にかぶりついて、じゅるりと蜜をふんだんに付着させました。
ベットリと液体まみれになっているその蔓蜜を、魔女っこがはむりと大きく咥えます。
ペロペロという魔女っこの舌の感触が、蔓を通じで伝わってきました。
私の蜜が吸われていて、それを魔女っこが喜んでくれる。
その事実に対して、私は至福な感情を抱いてしまいます。
なんだか私、魔女っこのご飯になってきた自覚がでてきてしまったかもしれないよ。
「ごちそうさま。じゃあ、行ってくる」
「頑張って、ね」
小さくて柔らかい人間の手が、植物の蔓から離れていく。
私の蔓から、魔女っこの手の感覚が消えました。
魔女っこの背中が見えなくなるまで、私は蔓を振り続けました。
なんだか仕事に行く旦那さんを見送る新妻の気分です。
でも、新妻は楽じゃなかったの。
私と魔女っこの愛の巣に、間男のような侵入者たちが現れるようになったのだから。
間男さんたちの目的は私。
森で一人お留守番をする私に対して、殺気を立てながら土足で荒々しく突撃してきたのだ。
そうです、モンスターである私を、冒険者が討伐しに来るようになったのです。
実は魔女っこ、今まで声かけをほとんどしないで蜜を売っていました。
最初に買ってくれた聖女見習いさんとそのお友達がリピーターとして買い続けていたおかげで、蜜が売れていたようです。
次回、私は悪いアルラウネじゃないよです。