旅記 一匹狼の魔法剣士は二度目の旅に出る
元勇者パーティーの魔法剣士視点です。
オレの名前はヴォルフガング。
元勇者パーティーの一人である魔法剣士だ。
勇者パーティー解散後は、宮廷魔導士の一匹狼と呼ばれ流浪の旅に出ていたのだが、わけあって数年ぶりに生まれ故郷であるガルデーニア王国の王都へと帰って来た。
旅の目的はまだ達せられていないのだが、仕方ない。
実はオレには他人には知られたくない秘密がある。
今日までオレの秘密を知っていたのは、魔王を倒すために一緒に旅をした勇者や聖女たち数人の仲間だけしか存在しなかった。
だが、いきなりオレの上に降って来た謎の少女に、オレの帽子の中身の秘密を目撃されてしまったのだ。
「あっ! 犬耳生えてる!」
謎の少女が、オレの頭の上に生えている獣の耳を指さしながらニヤニヤと微笑みだした。
「可愛いねお兄さん。亜人なの?」
「違う、オレは人間だ。それにこれは犬耳じゃない。ある人物に呪いをかけられて、狼の耳を生やされてしまったんだ」
オレは5年前、勇者パーティーの一人として魔王討伐の旅に出た。
その道中、ある人物に呪いを受けてしまって、耳だけ狼男となってしまったのだ。
勇者パーティーが解散されて以来、オレは呪いを解くため各地を一人で旅をしていた。だが今回、どうしても帰ってきて欲しいと国王に呼び出されて、こうして王都へと戻って来たのだ。
そんなオレに突如として降ってきたのが、この謎の少女である。
「お兄さん年は?」
「23だ」
「じゃああたしより8つ上か。ねえ、お兄さんってかなり強いでしょ?」
「そう見えるか?」
「わかるよ。だってアタシ、天才美少女剣士だから」
自信満々に答える少女。
たしかに整った顔をしているが、それを自分で言うのはどうかと思う。
屋根から落ちてくることといい、どうやらかなり変わった娘のようだ。
だが、変わっているのはこの少女以上に、その腰に刺している二本の剣。
尋常ならざる力を感じる。おそらく魔剣だろう。
「その腰の物、二本とも魔剣だな。いったいどうやってそんな化け物を手に入れたんだ?」
「これはね、アタシの誕生日プレゼントにっておじいちゃんから貰ったの」
「なんだそりゃ。いったいどんなじいさんだよ?」
「アタシのおじいちゃんは大賢者オトフリート。それでも文句ある?」
驚いた。
まさかこの少女が、オレの尊敬する大賢者様の孫娘だったとはな。
世の中、広いようで狭いもんだ。
「それで、なんで空から落ちてきたんだ?」
「こっちのほうが近道だと思ったんだけど、足を滑らせて屋根から落ちちゃったみたい」
「それでオレにぶつかったわけか。そんなに急いで、どこに行くつもりだったんだ?」
「王宮。なんか王様に呼ばれているみたいなの」
やれやれ、まさか他にも声がかかっている者がいたとはな。
大賢者の孫娘の行先は、どうやらオレと同じところだったようだ。
大賢者の孫娘に狼耳のことは他言無用だと念を押してから、オレたちは王宮の貴賓室へと辿り着いた。
部屋に入ると、既に3人の人間が待ち構えている。
どうやらオレたちが最後だったらしく、部屋の外の衛兵によって扉が閉められる。
「これで全員揃いましたね」
テーブルの端に座っていた聖女の格好をしている少女が、立ち上がった。
かつての仲間でありオレの従妹でもあったとある聖女の姿を思い出し、少し懐かしくなる。
「早速ですが、国王陛下からのご命令です。ここの5名でパーティーを組んで、魔王軍を討伐するようとのことです」
やっぱりそういう話かと、オレは肩を落とす。
5年前、あんなことがあったから、もう二度と仲間と旅はしたくなかったんだがな。
とりあえず進行役をしている聖女様に、気になったことを訊いてみるか。
「お嬢さん、その黄色い羽根の髪飾りから推測するに、最近噂になっている黄翼の聖女様だろう。聖女様も同行するのか?」
「その通りです。あたしたちが目指すのは西の辺境の地、そこで暴虐の限りを尽くしている魔王軍のとある四天王の討伐が目的です」
黄翼の聖女は、数か月前にとある功績から聖女となった有名な人物だ。
5年前のオレの仲間であり従妹である聖女イリス、いまは勇者の妻となっているイリスの弟子の後輩聖女、彼女ら二人に続いて新しい聖女に認定されたのがこの黄翼の聖女だ。まだ新人なのにかなりの実力の持ち主だと聞いている。
オレは、隣に立っている大賢者の孫娘へと目を向け、他のメンバーへと順に視線を移す。
招集されたのは全て、国でトップレベルの実力者たちのようだ。
これほどまでの英傑を集めるということは、それほどその四天王は驚異的な存在となっているのだろうか。
「ヴォルフガング様。5年前、勇者様と双璧をなすともいわれたあなたのお力が必要です。どうかこの四天王討伐パーティーのリーダーとなって欲しいのです」
「ならその勇者はどうした? あいつとその妻になった聖女を呼んで来い。あの二人なら即戦力だ」
「勇者様とその妃である聖女様は、お二人とも体調がすぐれないため、同行はできないそうです」
「信じられないな。どうせ仮病だろう」
勇者はオレの従弟であり、元仲間だ。よく知っている。
5年前、あんなことがあったのはショックだろうが、それでもまた立ち上がって国のために力を尽くして欲しい、というのが正直なオレの想いだ。
まあ放浪貴族であるオレが言えたことではないか。
今の王国を取り巻く情報だけでも知りたいので、とりあえず話だけでも聴くことを告げて席に着くことにした。
黄翼の聖女は少し安堵したようにそっと息を吐くと、話を続け出す。
「我々が討伐する四天王ですが、なんでも植物の力によって他人を操る能力を持っているという情報です」
「随分と厄介な敵だな」
「おっしゃる通りです。その四天王により、既に10以上の辺境の街が壊滅させられています。早急に討伐しなければ、その手は王都へも迫ることでしょう」
それで、こうやって精鋭が集められてパーティーが組まれたのか。
どうやら一般兵士がいくら束になっても敵わない相手らしい。既にかなりの被害が出ているとか。
オレはもう仲間が死ぬのは見たくない。
だからこそ、一匹狼と自称して一人で行動するようになったのだ。
「少し考えさせてくれ」と言い、席を立つ。
王宮のバルコニーで一人もの想いにふけることにした。
敵は植物を操る魔王軍と言っていたな。
一人旅の時に立ち寄った塔の街のことを思い出してしまう。
あそこの冒険者組合の壁には、額縁で目立つように飾ってある一枚の手配書があった。
たしか『堕落の精霊姫』と書かれていたな。
あの街では、50年ほど前にドライアドが昔の勇者を殺して、魔王軍に入ったという有名な話があったはず。パーティーが向かう場所も西の辺境の地らしいし、きっとそのドライアドが四天王になっているのだろう。
オレたちは一度、四天王を倒したことがある。
5年前、みんなで旅をしていたころが懐かしい。
仲の良かった勇者パーティー。
四天王も撃退し、全てが順調だった。
そう、聖女イリスが死ぬまでは。
今でもオレは信じられない。
聖女──であったはずのイリスが、オレたちを裏切って魔王軍についていたなんて。
婚約者である勇者の口から説明されなければ、今でも信じてはいないだろう。
小さい時はヴォル兄とオレのことを呼びながら後ろをちょこちょことついて来た可愛い従妹の姿が目に浮かんでしまう。
聖女となったあとも国のために尽くして、婚約者であった勇者のことがあんなにも好きだったイリスが、国を裏切るとは到底思えなかった。
なにか深い理由があるはず。
だが、勇者と聖女見習いは、イリスが裏切った詳しい経緯は訊けなかったと報告してきた。
追い詰められたイリスは光魔法で自爆して、死体も残らなかったという。
その後、聖女の裏切りは国の上層部だけで隠匿された。
もし国民にイリスの真実が明るみになれば、国を揺るがしかねないほどの大きな衝撃が起こるはずだからだ。
なにも知らない国民は聖女の死を憐れんだが、国の上層部の者は聖女の裏切りを憎んで大罪人だと激怒している。
けれどもオレは、イリスが魔王軍に魂を売って寝返ったとは今でも思えない。
イリスの裏切りを聞いたあの時、勇者の様子は少しおかしかった。
なにかオレたちに知られたくない事情があったに違いない。
世の中、想像もできないようなことが起きるということは、ひょんなことから狼の呪いをかけられてしまったオレが身を持ってよく知っている。
どうしようもない引きこもりの従弟と、国を売った大逆の聖女である従妹。
二人の兄として、オレが働かないといけないかもしれないな。
「犬耳お兄さん?」
気がつくと、自称天才美少女剣士がオレの横に立っていた。
「犬じゃない、狼だ」
「狼耳のお兄さん?」
「だからそのことは秘密だと話しただろう。二度と言うなよ」
「二人だけの秘密ってことね。じゃあ、なんて言えばいいの?」
「そうだな──」
大賢者の孫娘の顔をじっと見つめる。
国の英雄である大賢者様のような男に、オレはまだなれていない。
憧れを実現するためにも、不名誉を被っている二人の弟妹のためにも、オレは今できることをやらなければならないな。
そうと決まれば腹はくくった。
「今日からオレのことは、リーダーと呼べ」
こうなったら四天王討伐パーティーのリーダーでも、なんでもやってやる。
それに魔王軍に接触すれば、オレに呪いをかけたやつとも再会できる確率が上がる可能性がある。
イリスがなぜ国を裏切ったのか、その真相も知ることもできるかもしれない。
そのためなら、四天王だろうが魔王だろうが、オレとその仲間で討伐してみせる。
こうしてオレは、新しい仲間と旅に出ることになった。
だがこの時のオレは、四天王との闘いが想像を絶するものになり、同時に聖女イリスについて驚くべきことを知ることになるとは、露とも思ってはいなかった。
今回は元勇者パーティーの魔法剣士の視点でした。
主人公が見ることのできない、王都の様子を知ることができます。
ちなみに閑話の自伝で大賢者様が「宮廷魔導士の若手の星」と話していたのが、この狼耳の魔法剣士さんのことになります。
次回、予期せぬ来訪者です。