97 百合の花が、咲きました
私、植物モンスター娘のアルラウネ。
ストーカー四天王を撃退して、森に平和が戻ったの。
色々と大変だったけど、とにかくみんなが無事でなによりだよ。
おかげで魔女っことの静かな生活が戻ってきました。
そんな魔女っこさんは、次の日になってもドライアド様が話していたことをずっと考えていたみたいなの。
「なんで勇者は、恋人である姉ドライアドに花を贈ったのかな?」
ドライアド様から聞いた、50年前の勇者と闇落ちドライアドの話だね。
私が元人間だったということがバレないよう気をつけながら、魔女っこに教えてあげましょう。
「好きな、相手に、花を贈る、習慣が、あるん、じゃない?」
「そうなんだ」
そういえば私も、婚約者であった勇者さまから花束をプレゼントされたことがあった。
あのときは嬉しかったなー。
私の金色の髪に似合うからと、勇者さまは黄色いバラをプレゼントしてくれたの。
前世の女子高生時代の知識によると、黄色いバラの花言葉は『嫉妬』『薄らぐ恋』『別れ』など。
恋人に贈るような花ではないのだけど、勇者さまはそんなこと知らないよね。
それでも、あのときは好きな人から花を贈られたということだけで嬉しかったの。
懐かしいな…………。
──ん?
ちょっと待って。
あの時の私と勇者さまの仲は、悪い雰囲気はなかった。
それなのに、その後は黄色いバラの花言葉のとおりになってしまっている。
うそでしょう。
えぇー。
勇者さまが花言葉を知っていたとは思えないけど、実際に私は勇者さまに捨てられている。
黄色いバラの花言葉のとおりのことが現実に起きてしまったのだ。
『嫉妬』『薄らぐ恋』『別れ』
すべて私の身に死という名の裏切りとともに降りかかっているの。
なんてこと…………。
もしかしてあの日、黄色いバラを私が受け取ってしまったから、そのあと花言葉のような悲惨なことが起きてしまったのかもしれないよ。
うぅ。
戻れることならあの日に戻って、黄色いバラ以外の花をプレゼントするよう勇者さまに耳打ちしに行きたいよう。
悲しみの世界に沈んでいった私をすくい上げてくれたのは、魔女っこの純粋そうな言葉でした。
「もしもわたしが花を贈ったら、アルラウネはどう思う?」
そ、それって、魔女っこが私に花をプレゼントしてくれようとしているってこと?
そんなの、答えは一つに決まっているじゃない!
「すごく、嬉しい」
「そっか……」
そっけなく答える魔女っこ。
でも、なんだかワクワクしているような表情をしている。
ここはお姉さんとして、なにも気がつかなかったことにしましょう。
でもね、黄色いバラは贈ってはいけませんよ。
災いの種です。
また私に不幸なことが襲い掛かってくるかもしれないの。
前回は死んだから、たぶん今回も死ぬんじゃないかなあ…………。
「じゃあアルラウネ、行ってくるね」
「お気を、つけて」
蜜売り少女である魔女っこを見送りながら、私は近くに放置したままになっている元黄金色の鳥さんに目を向けます。
そうです、四天王である光冠のガルダフレースヴェルグさんです。
妖精キーリに羽根を全て毟られ、みっともない姿になっているの。
このまま放置していたら、可哀そうだよね。
いま隠してあげるよ。
パクリ。
もぐもぐ。
ごちそうさまです。
さて、採取した黄金の羽根はどうしようか。
売ればお金になりそうだけど、このタイミングで売り出すと四天王を倒したのが私たちだということが魔王軍に知られてしまう可能性がある。
だから、市場に出すのはもう少し時間が経ってからにしましょう。
それに光魔法が籠っているから、売る以外にも用途があるかもしれないね。
光合成代わりの私の栄養とかに使えるかも。
「どこかに、全部、保管して」
「了解しましたアルラウネさま!」
指示を出すと、妖精キーリはどこかへ飛んでいきました。
この場に残るのは、私だけ。
妹分の枯れ木トレントは、いつものように森を走り回っている。
一人で暇なので、私は周辺に種をまくことにしました。
光冠のガルダフレースヴェルグさんの大規模光魔法によって、私の周囲は草木も生えない寂しい土地になってしまった。
だから緑を取り戻すため、植林をしようと決めたのだ。
蔓に様々な植物の花を生成して、次々と受粉させていく。
そうしてそれをテッポウウリマシンガンのよって種まきをしていきます。
ふぅ。
とりあえずは一通り種まきが終わったね。
早く芽がでるといいな。
植物が私一人しか生えていないのは、寂しいの。
綺麗なお花をたくさん咲かせて、賑やかにしたいな。
夕方になると、魔女っこが戻ってきました。
本日の蜜の売り上げは、まずまず。
いつもの常連の女の人と、そのお知り合いの女性3人、その他は男性1人に買ってもらえたらしい。
前回と比べると4倍の売り上げだね。
さすが、魔女っこは私の妹だよ。
やればできる子だね!
「それでね、アルラウネにプレゼントがあるの……」
魔女っこがもじもじと体をくねらせています。
背中に何かを隠していることは一目瞭然でした。
「あのね、これ、アルラウネにプレゼントなの」
恥ずかしそうにしながら、魔女っこが一輪の白い花を渡してきました。
意味はわかっているけど、いじわるな気持ちになりながらあえて質問を返します。
「どうして?」
「魔王軍のシテンノウ? っていう凄く強い敵を倒したんでしょ? そのご褒美」
魔女っこから私への褒賞というわけね。
頑張って四天王を倒したかいがあったよ。
「それと…………好きな相手には、花を贈る習慣なんでしょう?」
「好きな、相手……」
きっと魔女っこは、この花を森で探してきたのでしょうね。
だから今日は夕方になるまで街から帰ってこなかった。
わざわざ私のために、暗くなるまで森を探し回ってくれたんだね。
嬉しいよ……。
「なんで、白い花に、したの?」
「アルラウネの赤い花ビラにちなんで赤い花にするか、アルラウネの緑の髪に合わせて緑の花にするか迷ったの」
ドライアド様の話では、50年前の勇者は相手の髪の色にちなんで青い花を贈った。
私の髪は緑色。
それなのに髪の緑でもなく、花冠の赤でも目の色である金色でもない、白い花を魔女っこは選んだのだ。
なんで白を選んだのか、気になるね。
「アルラウネはお花だから、アルラウネに似合う花を贈るのはちょっと変だと気がついたんだ」
たしかに相手の髪に似合うお花を贈ったはずなのに、その相手がそもそもお花だったんなんて笑えるよね。
「君に似合う綺麗な花をプレゼント!」
「わたしアルラウネだから花なんだけど、私よりもそっちの花のほうが綺麗だってこと?」
そうやって破局するカップルが目に浮かぶね。
たぶん、普通の人間同士の恋愛ではあり得ない状況だろうけど。
「アルラウネに似合う花はアルラウネ以上にないと思った。だからわたしの代わりになる花を贈って、わたしだと思ってアルラウネに大切にして欲しかったの……」
魔女っこ……。
可愛いことしてくれるね。
つまり、この白い花は魔女っこというわけだ。
魔女っこ自身を私にプレゼント。
深い意味で考えると、こちらが恥ずかしくなってしまうよ。
それじゃ、遠慮なくいただくとしましょう。
妹からの貰った花を大切にしない姉はいません。
「大切に、するね」
「うん!」
パクリ。
もぐもぐ。
ごちそうさまです。
「……うそ」
魔女っこの震えるような声が聞こえてきました。
「えぇ、食べちゃった…………」
信じられないようなものを見たという表情で、魔女っこが私を見つめてきます。
やっぱりアルラウネは植物だから、こういう人間の心は理解できないんだと口ずさむ始末。
違うの、魔女っこ。
これを見て!
私は、蔓に一輪の白い花を咲かせました。
「こうすれば、いつまでも、花を咲かせる、ことができる」
「…………それで、アルラウネはいいの?」
「私は、すごく、嬉しいよ」
だってね、魔女っこから貰った花を、これからはいつでも咲かせることができるのだから。
実は私、枯れた花を食べても自分の能力に加えることができないの。
だから綺麗なうちに私の体に取り込みたかった。
それにね、魔女っこからの初めてのプレゼントであるこの白い花。
なんの花だかわかる?
この花の名前は、百合。
白い百合の花なの。
白色の百合の花言葉は『威厳』『甘美』、そして『純潔』。
元聖女である私にも、純粋無垢である魔女っこにも、お似合いのお花だね。
ちなみにアルラウネになって既に一度、私は本体の雌しべで受粉してしまっているけど、それは気のせいです。
いまの私はあの時の体ではないの。
だから清廉潔白の身の上なのです。
ついでに蔓で咲かせた花同士に受粉させるのはノーカウントね。
光合成を知らない魔女っこが、花言葉や百合の意味を知っていたとは思えない。
それでも、白い百合は魔女っこの白髪の髪とよく似ていて、この花を見るだけで私は魔女っこのことを感じることができる。
今日を境に、私の中でこの白い花は魔女っこを象徴する花になった。
蔓に白い百合を次々と咲かせていきます。
気がつくと、私の体は百合畑になっていました。
「まるで白い花のドレスを着ているみたい。赤い花のアルラウネにピッタリの色合いで、すごく綺麗だよ」
魔女っこが照れそうにしながら、私に咲いた百合の花をそっと摘まみました。
私は百合まみれになっている蔓で、魔女っこの手をふんわりと握り返します。
「お花、ありが、とう」
「……どういたしまして」
魔女っこが頬を紅く染めました。
そうして私は、純潔の白い花で魔女っこを優しく包むのです。
魔女っこの白髪と私の百合の蔓が一つになるように混ざっていく。
交じり合った二つの白は、大きな白い花として開花するように佇むのです。
百合の花が、咲きました。
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次回、一匹狼の魔法剣士は二度目の旅に出るです。