90 聖女の光魔法と黄金鳥人の光の秘密
私、植物モンスター幼女のアルラウネ。
あそこで飛んでいるのは聖女の光を放つ魔王軍四天王の黄金鳥人さん。
つい口を滑らせて、光魔法のことを四天王に尋ねてしまったの。
四天王が光魔法の使い手だということを、森にいるただの植物モンスターであるアルラウネが見抜いてしまうなんて怪しまれてもおかしくないよね。
しかも運の悪いことに、この四天王である光冠のガルダフレースヴェルグさんは、聖女時代の私の顔を知っているらしい。
初対面のはずなんだけど、どうやら一方的に顔を見られていたみたいだね。
隠れて見ていたなんて言っていたけど、もしかして私のファン?
ストーカーだったら嫌だな。ストーカー四天王とか笑えないです。
でも、あながち私の予想は間違っていないかも。
ねっとりとした疑いの視線を向けてきて、生きた心地がしません。
元が人間の聖女だったとはバレたくないの。
万が一私の正体に気がつかれると、側で話を聞いている魔女っこや妖精キーリにも知られてしまう。
それは私の本意ではない。
だからなんとかして誤魔化すのだ。
アホっぽく、能天気な植物を演じるのよ。
「光魔法、って、なに……?」
「…………なんだと?」
「光が、反射して、魔法みたいだと、思って」
「………………は?」
「羽が、ピカピカして、光合成、おいしいの」
私はただの植物モンスター。
アルラウネが頭脳明晰で魔法に通じているだなんてことより、頭の中がお花畑の非動物であることをアピールするのよ!
「魔法って、お日様の、ことでしょう。いつも、ポカポカ、気持ち良いの」
さあ、頑張れ私!
微かに残っているプライドと羞恥心と捨て去りなさい。
あなたは元聖女でも、前世が女子高生でもない。
森生まれ森育ちのアルラウネなの。
人間の服の概念すらよくわかっていない、胸を蔓で隠しただけの野生的な女の形をした植物。
知性のちの字も書けないどころか文字という存在すら知らない、ただの植物なのよ。
だからもっと、バカっぽい感じで間抜けそうなことを言うのよ、私!
「わたし、日向ぼっこ、だいすきー」
「…………吾輩が長年見ていた聖女イリスはこんなアホっぽい娘ではなかった。もっと高貴で慎ましく、才気溢れる娘だったはず。吾輩の勘違いか?」
「せいじょ、って、なに? おいしいの?」
「………………そうであるな。ただの植物モンスターであるアルラウネが光魔法のこと知っているはずがないのである」
──や、やったー!
正直、こんな簡単な演技に騙されてくれるとは思わなかった。
この四天王は私のことを植物モンスターだからと見下してくれている。
おかげで深く追及されずに済んだみたい。
疑い深い魔族でなかったことを喜びましょう。
というか私を長年見てきたとか言っていたけど、完全にストーカーですよね?
ストーカー四天王で間違いないよね?
今度は私が四天王に対して疑惑の視線を送ったところで、地響きがします。
背後から、巨大なクマ型モンスター、ラオブベーアが現れたの。
このラオブベーアはドライアド様の聖域の門番をしていた、クマパパのご親戚さんだね。
騒ぎを聞きつけて、ドライアド様が応援に寄こしてくれたみたい。
まさかクマパパの親戚と肩を並べて戦う日がくるなんておどろきだよ。
クマパパの親戚がいれば、百人力だね!
よーし、一緒にこの魔王軍の四天王をやっつけましょう。
森の四天王だって強いんだということを、この鳥人さんに見せてあげるの!
「ベギーアデアドラーが倒されたから驚いて来てみたが、なるほど。そこの小さいアルラウネではなく、このラオブベーアがベギーアデアドラーを倒したのか。それなら納得であるな」
いいえ、大鷲さんを倒したのは私ですよ、鳥人さん。
私がベギーアデアドラーを倒したの。
正確にいうと、私と私の子どもたちで協力して毒殺したんだから。
「人間にトレント、妖精にアルラウネ、そしてクマのラオブベーアか。ふんっ、変な組み合わせであるが、せっかく光魔法の話が出たのだし自己紹介がてらに少し挨拶をしてやるのである」
鳥人さんの黄金色の羽が光り出しました。
光魔法を使おうとしているのだ。
「虹の矢」
七色に輝く光の矢が、雨のように降ってくる。
蔓の盾を使って、光の矢を防ぎます。
どうやら本当に挨拶代わりだったみたいで、大した量の矢は降ってはきませんでした。
自慢するように、四天王の鳥人さんが両手を広げてアピールしてきます。
「吾輩は黄金鳥人、光冠のガルダフレースヴェルグ。吾輩は魔王軍で唯一、人間の聖女しか使えない光魔法を使用することができるのである」
どうやら、光魔法を自慢したいだけの理由でいまの光の矢を放ったみたい。
魔族の男なのに聖女しか使えない光魔法が使用できるのが、相当嬉しいというと思っている感じだね。
でも、その通りです。
この四天王は、存在するはずのない光魔法が使える魔族。
少しくらい自慢しても問題ないレア魔族ということは事実なの。
それに、光魔法を目にして驚いたのは私だけではなかったみたい。
私の次に魔法について詳しそうな妖精キーリが、四天王に向かって声を上げました。
「ちょっと待ってよ! なんで魔族が光魔法を使えるのさ! それは女神さまに認められた人間の女にしか使えないはずなのに!」
キーリもたまには良いことを言うね、私もそれを知りたかったの。
「ふむ、ドライアドに仕える妖精であれば、光魔法のことを知っていてもおかしくはないであるな。良いだろう、特別に教えてやるのである」
上から目線の鳥人さんが、腕を組みながら自慢げに話しだしました。
「吾輩は死体を飲み込む者。食った相手の魔法を、一属性だけこの身に宿す能力を持っているのである」
驚いた、まさか食べた相手の魔法を自分のものにする魔族がいるなんて。
そんなの特殊な力を持った魔族は聞いたことがないよ。
「吾輩が選んだ属性は光魔法。ゆえに吾輩はこうして黄金の輝きを発する羽を手に入れたのである」
「という、ことは……?」
私は無意識のうちに、上空に飛んだままの四天王に尋ねていました。
訊かずにはいられない。
でも、その答えを聞きたくもないと思っている。
そんな矛盾した感情が、私の中で黒い渦となって洪水を起こしていました。
「無論、吾輩は聖女見習いとやらを食ったのだ。あれは美味であったな。柔らかい人間の女子の肉を感じる喉腰、命を散らしながら絶望する濃厚な悲鳴、また食いたいものである」
維管束内の水分と養分が逆流するような感覚が起こります。
私が人間のままだったら、頭に血が上っていたことでしょう。
あろうことか、この鳥人は聖女見習いを食べたと言ったのだ。
それはつまり、私の元同胞である、仲間を食べたということ。
しかもこの黄金鳥人の光のオーラは、何層かに重なって見える。
つまりそれは、複数人の聖女の光が取り込まれているということ。
「吾輩は聖女が好きなのである。だから日々、聖女と光魔法のことを研究しているのだが、つい聖女を見ると丸呑みしたくなるのである」
誰かに丸呑みされるという辛さを、私は身を持って知っている。
あまりにも苦しくて、全てに絶望してしまいたくなるほど悲惨な死に方。
聖女見習いたちはこの四天王に殺され、そうやって食われていたのだ。
仲間が食べられて、力を奪われるということがこんなにも悔しいことだとは知らなかった。
これでも私は元聖女。
聖女の敵であるなら、私の敵でもあります。
この四天王は私が倒す。
かつての聖女仲間たちのことを思い浮かべながら、私はそう胸に誓いました。
お読みいただきありがとうございます。
次回、破滅の光魔法です。