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9.安まる場所

「花……?」

 翌日陸は珍しくパンツスタイルで、更にマスクまでして出社した花に戸惑っていた。


「あの……風邪引いちゃったみたいで」

 えへへと笑ってはいるが……何故か心がざわざわとする。


「大丈夫か……?」

 心配そうに覗き込んだ。


「はい、大丈夫です。気にしないでください!」

 花は精一杯元気を装っていた。


 昨日の男性といい、今日の花の姿といい、陸は自分の知らないところで何かが起こっているのではないかと嫌な予感がした。

 聞きたいことはたくさんあったが、自分の立場を考えるとそんなプライベートな関係を尋ねたところできっと不振がられてしまうだろうと、どうしても一歩踏み出して聞くことができずにいた。


 頭の中がモヤモヤと花でいっぱいになって、仕事が一向に捗らない。

 自分はこんなにもメンタルが弱かったのか?と情けなくなくなる。


 逆に花も陸の様子がおかしい事が気になっていた。

「辻本さん、どうかしたんですか?」

 気になって声をかけずにはいられない。


「いや……なんでもないよ」

 自分の心境を花に見透かされているようで、やっぱり彼女には下手な誤魔化しは効かないな……と感心しつつもため息をつく。


 そんなぎこちない空気の中、花は陸を心配しながらも、ふと飯田部長に頼まれごとがあったことを思い出し席を立った。


 久しぶりに足を運ぶ前の部署には、よく見た顔のメンバーが相変わらず甲高い声で話をしている。

「飯田部長?」

 トントンとノックをする。


「久しぶりだな、古谷くん。だいぶ活躍しているそうじゃないか!」

 肩をポンと叩かれた衝撃が昨日怪我をした足に響く。


「おかげさまで……」

 マスクをしていて、本当に助かったと、傷みに顔を歪めながら花は思う。


「それじゃ、例の件まとめた資料だから辻本くんに渡しておいてくれ」

 そう言うと飯田部長は自分のデスクに戻っていった。


 ツカツカとヒールの音が近づいてきた。

 嫌悪感を感じる聞き慣れたこの音に花の身体はギュッと縮こまる。

 近づいてきた愛におもむろにマスクを掴まれると引きちぎるように花の顔から外しとった。


「あら、凄い顔! どうしたのそれ?」

 ニヤニヤ笑いながら大声で叫ぶ。


「ちょっと! 返して!!」

 追いかける花のマスクをずんと足で踏みつけた。


「ごめんなさいね、落っこちちゃって踏んでしまったわ! さっさとその顔で辻本さんのところに戻りなさいよ!!」

 吐き捨てる様に言いその場を後にする。


『どうしよう……こんな顔辻本さんに見せられない……』

 恥ずかしさより、また心配をかけ、迷惑になる事が何より怖かった。

 陸の負担になる様なことは絶対にしたくない……


 騒ぎを聞いて覗きに来た飯田部長が、

「どうした? その顔?!」

 と心配そうに声をかける。


「あの……転んでしまって……」

 俯き顔を必死で隠した・


「ほら、これあげるから使いなさい」

 飯田部長がポケットの中からマスクを取り出し花の前に差し出した。


「ありがとうございます……」

 花は遠慮なく受け取り深々と飯田部長に頭を下げる。


『あぁ、また不運が襲ってくるのだろうか……』

 自分の運が悪い事を忘れてしまうくらい、陸の温かい恩恵を受けながら、ここ数日伸び伸び仕事をやらせてもらえていた。

『やっぱり、私はこれだ……』

 変わったと思っていたのに、結局振り出しに戻っている現実に悲しい気持ちが溢れ出した。


 とぼとぼと、陸の元へ戻っていく。



 今日一日、元気のない花が陸は心配でならなかった。

 聞き出したくても聞けない自分にも苛立っていたし、昨日の花と一緒にいた男が頭をかすめては集中力が途切れる。

 花を先に帰したものの、結局捗らない仕事にきりをつけ、花を追う様に退社をした。



 帰り道、花は昨日の事が頭にあって、繁華街を通り抜けるのが恐ろしかった。

『針谷くんに電話しようかな……』

 そう何度も立ち止まっては徹の電話番号を見つめる。

 (針谷君、仕事で疲れているだろうしな……)

 何も起こらないかもしれないのに、自分のわがままで送り迎えを彼にさせる事に気が引けていた。


 でもどうしても先に進めない。

 足が震えてくる。


(やっぱり電話しよう……)

 そう思って携帯を開く。


 プルルルル……プルルルル……


 なかなか出ない彼はきっと忙しいのだと、意を決して繁華街の中に足を踏み入れた。


 中頃まで辿り着いた頃だった。


 昨日の男と、他に二人の仲間を連れて、再び花の前に現れる。

 花は、恐怖のあまりその場に凍りつき、身動きが取れない。

 腕をグッと捕まれ再び人のいない路地裏に連れていかれ壁に押し付けられる。


「昨日言ったこと事、全く聞いてなかったのかな? お嬢さん」

 男二人に押さえつけられ、ジャケットを持っていたナイフで切られる。


「イヤッ!!」

 思わず声を上げると目の前にナイフを突きつけられた。

「それ以上大声あげたらその顔、酷いことになるからな?」

 そう耳元で小声で言われると、もう花はなにもできなかった。


「倖田ちゃんがさ、早くあんたを辞めさせたいみたいなんだよ、仕事。俺もな、結構金もらってるんでね、あんたを辞めさせられなきゃ困っちゃうんだよ」

 ブラウスのボタンを一つ一つナイフで切り落とし下着が露わになっていく。


 花はもうこれで全てが終わってしまうと思った。


「明日、必ず辞表を出すって言うなら、ここでやめてやってもいいんだがな」

 ニヤニヤと笑う男。


「……」

 花はせっかく楽しくなってきた仕事を諦めるのか……と思うと言葉が出ない。


「口約束は、簡単に破られちゃうと困るんでね、ちょっと服脱がさせてもらって、写真撮らせてもらうよ? もし辞表出さなかったら、その写真バラまいちゃうから、覚悟しろよ?」

 そう言ってブラウスを無理やり脱がせブラにナイフをかけた時だった。


 黒い影が男の髪を鷲掴みにする。

 勢いよく引き倒しナイフが転がり落ちた。

 すかさずそれを拾い三人の男に向ける。


 襲いかかる二人の男を蹴り飛ばし地面に叩きつけた。

 昨日花を襲った男が後ろから殴りかかろうとした時ひらりとかわしてみぞおちに肘鉄を食らわす。


「針谷くん……?」

 誰が助けてくれたのか、暗くて顔がよく見えない。


「誰だその男……?」

 聞き覚えのある愛しい声がした。


「辻本さん……?」

 陸は自分の上着をそっと花の肩にかける。

 恐怖と寒さに肩を震わせる花。


「花……!!」

 恐怖に震える花をギュッと抱きしめる。


 陸の温かい体温を感じて、花は安心して涙が溢れ出した。


「とにかく行こう!」

 タクシーを捕まえ花を誰の目にも触れさせないように片時も離れない陸。


 ずっと声にして出すことはできなかったが、花はこの世界にこんなに安心できる場所があるのかと、陸の腕の中で守られていた……



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