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7.切ない相思相愛

 花は気づいてしまった自分の気持ちが、なんだか怖かった。


 同じ会社の上司と部下でお隣さんという、『恋愛』という視点から見たらとても恵まれている環境で、今以上の進展を求めてしまいそうな自分がいる。

 でも彼の男女問わず視線を独り占めにできるほどの容姿で、ある程度の地位もあり仕事もできるとなれば、今までだってたくさんの女性近づいて来ただろうし、そういう関係の(ひと)も今だっているかもしれない。


 自分はただ彼の掌の中で踊らされているだけなのかもしれない……


 七つも歳上のパーフェクトな彼に、二十歳そこそこで男性とお付き合いもした事のない花にとっては、陸の世界はとても自分の手の届かない雲の上にあるような異国の地であった。

 これ以上気持ちをのめり込ませてしまったら、自分が壊れてしまうような気がして身動きが取れなかった……




 陸は今も昔も当然ながらとにかくモテる。

 でも明らかに本当の自分を見つけて歩み寄ってくれる女性とは、いまだかつて出会ったことは一度もない。

 自分自身の肩書きや、財力、容姿などは彼にとってアクセサリー程度の執着しかない。

 ただ、やりたいようにやってきたものが、結果としてついてきただけだと思っている。

 それをハンターのように狙ってくる女性は決して少なくないのだ。


 余りにも言い寄ってくる女性が多いせいか、上辺だけを取り繕っているひとなのかどうか、普段の他愛のない会話の中からすぐに見極められる力が身についてしまっていた。


 近づいてきたどの女性とも、仲を深めると同時に陸というアクセサリーを我が物のように身につけたいだけなんだと悲しくも気づく。


 そんな中で、27年間生きてきて初めて、花のような打たれ強く純粋な心で自分よりも弱き者を大切にし、愛情を注げる女性に出逢ったのだ。

 彼女の生活を楽しみながら、一つ一つの物にも心があり、それらと慈しむように思いを通わせている様が、小さな頃に母を失った陸の中で枯渇している愛情の部分を埋めてくれるような錯覚に陥るときがあるのを自分でも気がついていた。


 彼女なら、本当の自分の心を優しく包み込み、愛してくれるかもしれない……

 

 しかし、日本に滞在できるのも秋までだ。

 もし、彼女が自分を受け入れてくれたとしてもきっとまた別れがやってきてしまう。


 どうしても本物の愛情に飛び込む事が怖かったのだ。

 もし彼女と思いが通じ合っても、離れ離れになる日が来るくらいならいっそのこと何もない方がいい。

 彼女の笑顔を曇らせることだけはしたくなかった。


 もう、気がついてしまった花に対する本当の自分自身の気持ちを、陸は必死に殺していく。

 そうでもしなくては、今すぐにでも花を抱きしめてしまいそうになるのだ。





「さて、部屋に戻るよ。今日は本当にありがとう」

 名残惜しむ様な表情で花を見つめた。


 帰る間際にまたオルゴールに目をやる陸。

 そんなさりげない視線に花は気づき、陸もよっぽどこのオルゴールが気になっているのだと感じたのだ。


「辻本さん。そのオルゴール、今日お貸ししますよ。私も元気がない時、何度もそのオルゴールに助けてもらったから、きっと辻本さんにもパワーをくれると思いますよ!あ、でもちゃんと返してくださいね、宝物なので」

 笑顔でそういう花。


 陸は十何年ぶりかに再開するそのオルゴールを手に取った。

「本当に貸してくれるのか?」

 手のひらの中でそれは懐かしい光を放っている。

「もちろんです。それで辻本さんの元気が出るなら」

 優しく彼の手の中のオルゴールを撫でる花。


「ありがとな……」

 素直に陸は掌の中にあるオルゴールを見つめて様々な思いを巡らせる。


「おやすみなさい」

 こんなにも自分に幸せを分けてくれる花を抱きしめられたらどんなにいいだろう?

 しかし、できるわけもない。


 名残惜しさを隠しながら、花に背を向け玄関を出て行く。

 手の中にあるオルゴールを大切に抱きしめながら、陸は一晩中眺め、その音色に耳を傾けた。





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