本当の幸せ
綺麗なエントランスを抜け、3階に上がる。
花は陸と一緒に見に来た部屋にようやく足を踏み入れることが出来た。
「まだまだ片付いてないんだ。入居後初めてなのに汚くてごめんな。」
部屋は広くなったが、男性の一人暮らしを思わせる生活感のない部屋だった。
そんな部屋の風景を目の当たりにして、花は記憶を失くしてから今日までの日々もしっかりと覚えているだけに、どれほど彼に辛い思いをさせてしまったか、振り返るのが辛かった。
「陸さん…。色々心配かけて…本当にごめんなさい。」
花は今の気持ちをどう伝えるのが一番陸に届くのか…一生懸命考えていた。
「どうして謝るの?」
陸は花に聞く。
「陸さんの気持ち、分からないでたくさん辛い思いをさせてしまって…。私本当に最低です。」
自己嫌悪に陥り顔があげられない。
「俺は…、辛いって言ったら正直に辛かった…。」
思い出しては弱々しく微笑んだ。
「でもな、この時間があったおかげで、記憶がなくなっても、もう一度俺を見てくれるようになった花の気持ちが凄く…凄く嬉しかった。」
花をソファーに座らせる。
「私、陸さんの記憶がなくなって、ずっと自分の知らない、陸さんに愛してもらっていた昔の私に嫉妬してたんです。」
恥ずかしそうに笑う花。
花はすぐ隣にいて自分を見つめていてくれる陸が愛おしくて仕方なかった。
「私、陸さんに二回も恋してしまった…。記憶がなくなる前の私より陸さんを愛してる気持ちが二人分…だから、想う気持ちはもう私には敵わないですよ。」
前に陸に『花を想う俺の気持ちは簡単には越えられないよ』と言われた言葉を思い出していた。
「そうかな…。俺は花がたとえ俺のことを思い出せなくても、振り向いてもらえなくてもずっと好きでいられる自信があったぞ!」
お互いの『好き自慢』に笑みがこぼれる。
「花…。今日は帰らないで…。一緒にいてくれるよな…?」
すがるような陸の目に、
「はい…。ずっと側にいますから…。」
花は陸の髪に触れ、頰を伝い、唇を指で撫でる。
「やっと…こうして陸さんに触れられる…。」
花は陸の顔を引き寄せ自分から陸の唇に自分の唇を乗せていく。
陸はそんな花を受け入れるように彼女の温かさを確かめながら、こうしてキスをすることがどれほど奇跡的な事か…幸せが全身に広がっていくのだった…。
そのまま二人はお互いに求めていたものを満たし合うかのように身体を重ねていく。
陸のお腹の傷を見つけた花は優しく撫でながら、
「痛かったでしょう…?」
と潤んだ瞳で傷跡にキスをする。
「花に傷がつかなくて本当に良かったよ…。」
幸いあんなにも傷ついていた彼女の身体は綺麗に治っていた。
お互いの命に変えても護りたいという思いは、これからずっと二人の信頼をより強めるものになるだろう…。
一つになった二人はもうこのまま離れたくない…といつまでも繋がり続ける。
見つめあい、キスをする…そんな誰しもがする事を、大切に大切にお互いを思いながら慈しみあう。
当たり前のことを当たり前に出来る…これ以上の幸せはないのだと二人は身体に刻み込んでいった。