愛情という名の友情
暑い日差しから守る様に花はアパートのベランダで枯れた花々を処分していた。
「本当にごめんね…育ててあげられなくて。」
わざとではなくても枯らしてしまった命に『ごめんね』を伝えずにはいられなかった。
まっさらになってしまったプランターを見てまた花を植えようと夕方ホームセンターに行こうと考えていた。
部屋中掃除機をかけ、徐々に生活していた記憶に残っているあの頃に戻りつつあった。
ふと寝室に行くと、男性のスエットが脱ぎ捨てられていた。
「これ…もしかして…。」
花は赤くなる。彼がここに私と一緒に寝ていたんだ…。
スエットをギュッと抱きしめると、まだ彼の匂いがかすかに残っていた。
花は昔の自分が羨ましかった。
彼にどれほどに愛されたのだろう…?
たくさんキスして抱きしめてもらったのだろうか…。
相手は自分なのに…、自分に嫉妬をする謎めいた感覚に花は混乱した。
彼が逢いたいのは、今の自分ではない…、陸をよく知っている昔の自分だ。
どうにもならない切ない気持ちに、花の手が止まる。
ピンポン
インターホンに呼び戻される様に、徹が来たことを確認すると、ドアを開ける。
「ごめんね、忙しいのに呼び出しちゃって。」
笑顔で迎える花。
「いや、どうせ暇だからさ。」
頭をポリポリ掻きながら照れ笑いする。
「どうぞ!掃除したばっかりだからキレイだよ。」
そう言い徹を部屋に通す。
「はいどうぞ!」
アイスコーヒーを出し、早速本題に入る。
「針谷くん、手紙私に書いてくれたでしょ?ずっと気がつかなくて、実は昨日開けたの…。」
申し訳なさそうに顔の前に手を合わせる花。
「えっ?マジでいってんの??」
今更手紙の話を持ち出されて焦りまくる。
「ほんと、ごめんね…。しかも内容に全く心当たりがなくて…。詳しく教えて欲しいんだけど…。」
徹は花の母親から事情は一通り聞いていたので覚えてなくても仕方がないかと思った。
あの当時、暴漢に襲われて花を助けたこと。
その次の日に花から電話があり迎えに行こうと思って、向かう途中に昨日の現場で男が三人伸びていたところに、花の鍵が落ちているのを見つけたので届けたこと。
その時花が別の男性の部屋からでてくるところを目撃してしまい、直接渡しはぐってポストに鍵と手紙を入れたこと。
その事実以外徹は何も知らない。
ただ、花が危ないやつに狙われていた事が徹はずっと引っかかり心配していた。
「でもさ、花の事故原因が花が刺されるのを彼氏が庇って、彼氏が轢かれる所を花が庇ったんだろ?犯人は捕まったって聞いて、もう大丈夫かって安心したし、そんな話聞いたら俺の出る幕はもう無いなって、花の母さんの電話でその話を聞いて思ったよ。」
ふうとため息をつく。
「今…なんて?刺された?私を庇って…?」
花は目の前が真っ白になる。
ただ自分は事故にあったのだと思っていたのだ。
愛はもう現れることはないし、衝撃的な真実をわざわざ弱っている花に伝える必要はないと、周りからの配慮だった。
「おい、知らなかったのか…?」
まずい事を言ったかもしれないと徹は思ったがもう遅かった。
「ねぇ、針谷くん…。私、彼のこと全部忘れちゃったの…。いつも同じ職場ですぐ側に居てくれるのに…。
そんな命をかけて守ってくれたなんて事…私全然知らなかった。」
堰を切ったように泣き出す花。
「花…。花は悪く無いよ何も。そいつ、花のこと守る為なら命なんて惜しくなかったんだろ?それに、花も同じじゃないか。彼を守るために自分が轢かれたんだから…。」
優しく頭を撫でる。
「記憶なんていつか戻るよ。彼は、今も花のこと見てくれてるんだろ?また、最初から恋愛すればいいじゃねーか!命をかけて守りたいと思ってる彼女のこと、すぐに手放したりなんてできねーよ、俺だったら。」
「それともなに?好きじゃなくなったのか?そいつの事。」
質問に花はすぐに答えられなかった。
「辻本さんが好きなのは私じゃなくて、記憶がなくなる前の私なんだよ…。どんなに私が彼の事好きでも片思いのままだよ…。」
切なさに震える声に、徹は陸が本当に羨ましかった。
「全くムカつく野郎だな!花に二回も好きになってもらえるなんて!」
冗談交じりに言う徹。
「花…、大丈夫だ。花は何も変わってないよ。六年間一緒にいた俺が言ってんだから間違いない!
…もっと自信持て。昔の自分と今の自分、別々に過ごしてきた時間も二人が想い合ってれば、いつか必ず一つに纏まるから。」
花は泣き噦りながらうなづく。
「元気出せって!!」
そう肩を叩きながらも、本当は自分も泣きたい徹だった。