2度目の片思い
「覚えてないのか…?」
陸の言葉に頷く花。
「花、冗談でしょう?あなた辻本さんを連れて私たちに一緒に住むって会いに来たじゃない!」
花の母もまさか…と花を覗き込む。
「覚えてないとかじゃなくて…知らない人…。」
陸と花の母は顔を見合わせて黙り込む。
「お父さんの事とか、一人暮らしをして仕事に行ってたことは…?」
目覚めたばかりの花を気遣う様に優しく話す母。
「うん、ちゃんと覚えてるよ。お父さんの事も、仕事の事も。でも…私誰かの秘書をやっていて…でも顔が思い浮かばない…。」
そこまで覚えているのに不思議と陸の事だけがぽっかりと抜けてしまっていた。
「花…、俺たち隣同士に住んでて、ずっと一緒にいたろ?」
『頼む…、思い出してくれ…!』陸は焦りを隠せなかった。
「…覚えてないの…。商品部に異動して…どんな生活してたのか…誰と何を話していたのか…。ぼやけて…思い出せない…。」
花はだんだん意識が朦朧としてくる。
「花!わかったわ、今は何も考えず休みなさい。」
母は花の意識がまた消えないよう、必死になだめる。
「…うん。」
陸はぼーっと天井を見つめる花を見ていると、自分から離れてとても遠いところに行ってしまった様な寂しさに襲われた。
「お義母さん…。俺とりあえず今日は帰ります。花に刺激を与えてもいけないし…。」
心配をかけない様に笑顔を作る陸。
「そうね…。辻本さんもゆっくり休んで…。大丈夫よ、花は必ずあなたのこと思い出すわ。私は彼女の力を信じてるもの。」
微笑む母。
「ありがとうございます…。」
母の励ましにそういうのが精一杯だった。
陸は帰りにいつものバーに寄った。
一人で家にいることが耐えられなかった。
「おう、陸。今日は彼女連れじゃないのかい?」
マスターはいつも通り軽快に話しかける。
マスターの目の前のカウンター席に座った陸は、
「あぁ…。」
そう力なく返事をする。
「なんだか元気ないなぁ。彼女とお別れでもしたのかい?」
冗談交じりにからかうマスターに、
「もしかしたらもう、そうなるのかもしれない…。」
憔悴しきった表情で答える陸に、『何かとんでもない事が起こったのか…?』とマスターは想像してしまう。
社内旅行での出来事や、陸が刺されたこと、休暇をもらっている事も知らなかったマスターは、この数日の間に起こった事が現実であると聞かされても簡単には理解できなかった。
「とにかく…花ちゃんは陸のことを忘れてしまって、結婚の約束までしてたのに別れるかもしれないって事だな?」
話の流れを確認するように陸に問う。
「あぁ、そうだ…。」
落ち込む陸。
「うーん…。」
簡単に適当な答えを出せる感じではないな…、そう察したマスターは、
「花ちゃん、元気になったら、今まで行った場所に二人で行ってみたらどうだ?テレビとかでもよくあるじゃない、そういうのがきっかけで記憶戻ったりするやつ。」
「そうだな…。ただ、花は誘ったら来てくれるかな…。花にとって俺はもう面識のない男になってるんだから…。」
マスターは陸の弱った姿を見て喝を入れる。
「お前なぁ、気持ちは分からんでもないけどな?そんな女々しく凹んでる男となんて、どんな女だって一緒になんか居たくないだろうが!もっと自信持ってまず普段通りの陸に戻れ!花ちゃんはそんなお前に惚れたんだろ?」
マスターの言うことはもっともだった。
「そうだよな…。花が俺を思い出せなくても、もう一度最初から…片思いから始めればいいんだよな…。」
陸はほんの少しでも明るい未来を見ようと必死だった。
今できる限りのことを自分らしくやっていこう。
「マスター、ありがとう。少しは先に進めそうな気がしてきたよ。」
陸は立ち上がる。
そうだ、花の命が繋がっただけでも俺は運がいいんだ。
必ず、もう一度花を振り向かせてみせる、そう決心するのだった。