止まらない時間
一夜明けて朝早くから社内旅行の準備に追われる陸と花。
「陸さん、忘れ物はないですか??」
花はギリギリまで寝ていた陸に心配そうに声をかける。
「あぁ、多分。たった一泊だし忘れても大体コンビニに売ってるだろ。」
引っ越しの準備や持ち帰った仕事もあってとても旅行に行く気分ではない。
「もう、休んじまおっか、めんどくさい!」
やけになりながらカバンに荷物を詰め込む。
「そんなこと言わずに…。せっかく楓ちゃん達も色々考えてくれてるし、楽しみましょう!」
花は不機嫌な陸を懸命に励ます。
「まぁ、そうだな。」
気を取り直して花の言う事を素直に聞く。
それにしても気乗りしないのは疲れのせいだけではなく陸はどこか重苦しい空気を感じていた。
「花、どこか具合悪くないか?」
嫌な予感だけで終わればいいが、陸の感は結構当たるのである。
「いえ、元気ですよ!」
笑顔の花を見て気のせいかと、気を取り直す。
会社の前まで着くと、もう沢山の社員達が集まりバスに乗り込んでいた。
近場の海の見えるホテルで一泊の予定だが、海水浴をするにはあまり天気が良くない。
曇り空を見上げながら、
「これじゃ海水浴は無理ですかね?」
花は少しがっかりしながら陸の顔を見る。
「花の水着姿見たかったけどな。」
笑いながら花の頭をぽんぽんと叩く。
「陸さんたら…。」
恥じらう花。
「ちょっとちょっとお二人さん、早く乗っていただけますか??」
楓が二人の間を割って出てくる。
「朝からもう、なんだか暑くて仕方ないですね、吉田くん。」
隣にいる浩介の顔をチラッと見て同意を求める楓。
「さあさあ、今日はたくさん楽しんでくださいね!夜は飲み放題ですよ!!」
浩介は陸の背中を押しながらバスに詰め込む。
花と楓、陸と浩介は隣同士に座ってバスは走り出す。
「辻本さん…なんか倖田さん変じゃないですか?朝から一言も口きかないんですよ。こっちが何話しかけても無視で。」
チラッと後ろを見ると後方の離れた奥の座席に座っている愛は、じっと窓の外を見ている。
「ね?気味悪いでしょ?いつも俺のこと顎で使うのに!」
はぁとため息をつく浩介。
「確かにな…。」
大人しいに越したことはないか…とも思えるが、愛の動きには陸は気をつけていようと思った。
一時間程高速を走らせてようやく目的地のホテルに到着する。
バスから降りると海風に乗ってふわっと潮の匂いが花たちを包み込む。
「あーこの匂い、すっごい久しぶりです!」
花の喜びに満ち溢れた表情に陸はようやく来てよかったと思える様になってきた。
幸い雲の隙間から太陽が顔を出し、次第に強い日差しが広がっていく。
「これなら海水浴いけそうね!」
天候不良の時用に用意していたレクリエーションを一旦白紙に戻して海水浴に変更する楓。
「ではみなさん!海水浴出来そうなので、一度ロビーに10時にお集まり頂き、その後は自由行動でお願いしまーす!もちろん海水浴苦手な方は近隣の博物館等、お好きな様に見学に出ていただいて結構です!18時には夕食になりますのでそれまでに戻ってこれる様各自時間厳守でお願いします!」
楓の案内で一同割り振られたホテルの部屋へ行き散り散りになる。
「楓ちゃん、お疲れ様!計画立てるの大変だったでしょ?」
同部屋の花は楓を労い早速備え付けのお茶を淹れる。
「ありがとう、花ちゃん!」
はーっとベットに寝転びやっとこの日を迎えられてホッとしている楓。
「ねぇ、今日はさ、夜いっぱい話そうね!」
花と陸の幸せ話をたっぷりと聞ける事が、楓にとって何気に今日の一番のメインディッシュだったりする。
「そうですね!私の話ばっかりじゃなくて楓ちゃんの話もちゃんと聞かせてくださいよ!」
花は楓の魂胆が見えて釘をさす。
「さすが辻本さんの秘書ねぇ!すっかり見抜かれちゃったかな!」
『てへ』とふざけてみせる楓。
こんな些細な友達同士のやりとりが、花は本当に久しぶりだった。
高校時代はこんな風に仲のいい友達に囲まれて良く恋バナをしていたが、社会人になってから生活は一変した。
最近花の周りで起こる事一つ一つが、本当に現実なのか疑いたくなってしまう位の幸せが続いていた。
改めて考えれば陸も楓も浩介も、今まで花が一人で背負ってきた不運を事前に吹き飛ばしてくれているのだと気がつき、この巡り合わせに心から感謝した。
「そろそろ集合だね!」
時計を見るともうすぐ10時になろうとしていた。
二人は水着を中に着てロビーに向かう。
もう人が集まり始め、ザワザワと各々今日一日の話に会話を弾ませていた。
手を振る陸と浩介を見つけ合流する。
楓は念のため点呼を取る。
一通りチェックが終わったのかと思いきや、顔を曇らせてやってくる。
「どうした?なんかあったんか?」
浩介が心配そうに楓を迎える。
「いないのよ!倖田さん!!ほんと自己中なんだから!!」
イライラしながら全員が彼女が来るのを待つ。
10分経っても来ない彼女に、だんだん待たされている社員達も苛立ち始める。
仕方ないと思い、ほかの社員達は先に解散し、楓達四人はロビーに残ることになった。
「部屋に行ってもいないし!一体何やってんのあの子!!」
プンプンと苛立つ楓をなだめながら花は三人のために自販機でコーヒーを買ってくる。
すると何処かで見た後ろ姿が隣のトイレから出てきた。
愛だった。
「倖田さん??」
花の呼ぶ声に振り返る愛。
「楽しみだった海水浴出来て良かったわね。」
ニヤリと笑う彼女の血の通わない表情に花は背筋が凍りついた。
花と愛の声に気がつき、急いで駆け寄ってくる陸。
その後を追いかける様に楓と浩介がついてきた。
「花、大丈夫か??」
息を切らし花を自分の方に引き寄せる陸。
「…うん。」
花は陸の強張った表情を安心させるかのように笑顔を作る。
「ちょっと、倖田さん!!時間厳守だって言ってんのに、今まで何やってたのよ!!」
爆発するかの様に楓が責め立てる。
愛は全く動じず、
「あぁ…10時だっけ?忘れてました。ごめんなさいね。」
不敵な笑み浮かべながら立ち去ろうとする。
「ちょっと!勝手な行動しないでよ!!18時夕飯だからね!!」
すでに背を向けて歩き出している彼女に大声で伝える。
わかったのか、わかってないのか…。
無言で立ち去る彼女が四人は不気味だった。
しばらく顔を見合わせて言葉が出なかったが、浩介が口火を切る様に、
「ま、こうしてても仕方ないし、とりあえず海いこ!!」
その言葉で楓も花も動き出す。
陸はなんだかモヤモヤとしたものが心の中にへばりついて、なかなか気持ちを切り替えられない。
そっと花が陸の手を繋ぐ。
「行きましょう?陸さん!」
笑顔で誘う花を見て陸はようやく、
「そうだな!!」
と花の手を握り返す。
四人は広大に広がる海を見ながら、気持ちを仕切り直すのだった。