日常の幸せ
スマホのアラームが鳴り響き、花はゆっくりと手を伸ばす。
まだぐっすり寝ている陸を起こさないように朝食を作り始める。
この家であと何回陸のために料理が作れるだろう…そう思うと毎日の朝食作りも貴重な時間に感じるのだから不思議だな…と思う。
同じ事の繰り返し…そういう日々に飽きて嫌になる時もあるかもしれないが、花にとっての同じ事の繰り返しは、すべての物事との愛情のキャッチボールを楽しむ時間なのだ。
自然に鼻歌が出てきて包丁を持つ手が軽快に動く。
冷蔵庫で出番を待っていてくれる食材たちを感謝の気持ちを持って取り出す。
それを美味しく食べてくれる人がいるのを見ることもまた幸せであって、そんな一連の流れの中に、『飽きる』などの負の気持ちは一切湧いてこないのだ。
今日も窓を開け新鮮な空気を取り入れると、どんなに嫌なことがあってもまた気持ちがリセットされる。
「おはよう。」
花を後ろから優しく抱きしめる陸。
「おはようございます。ご飯できてますよ!」
そういう会話のやり取りも、花にとっては元気の素だった。
小さなテーブルを囲み、今日の予定を話す二人。
「来週入居だから、ある程度荷物まとめておこうか?」
陸は白いご飯を頬張り美味しそうに食べる。
「そうですね、ここ家具付きの物件で良かったですよね。」
今住んでる二人のアパートは単身者向けの家具付きの簡易的なアパートだった。
ふた部屋あっても家具などはそのまま置いて行くので荷物自体は少なく収まると踏んでいた。
「時間があったら新しい家具見に行こうか?不動産屋で正式に契約もしなきゃだし。」
幸せな忙しさを二人は噛みしめる。
陸と二人で決めて行く新しい事の連続が、花にとっては心地よい時間だった。
「陸さん、明日からの社員旅行の準備もありますよね。ここの退去の連絡もしなきゃだし…!」
スケジュールを立てないと…と考え込む花を見て、
「ここは秘書である古谷さんの腕の見せ所かな?」
冗談めかしにいう陸だが、花の事を心から信頼していた。
計画が一通りたって不動産屋関係の契約や諸連絡は滞りなくすみ、引っ越しのための段ボールや、ガムテープを買いにホームセンターに足を運ぶ。
入り口にある色とりどりの花々を見て、花は目をキラキラさせる。
「新居のベランダも植物育てるには十分な広さだし、花が作るベランダが楽しみだな!」
陸は今の部屋でも、花の部屋のベランダからは何度も癒しをもらっていた。
タバコの吸い殻しかなかった自分の部屋のベランダと比べると、そこを取っただけでも色の入った生活が眼に浮かぶ。
更に愛する人が花を愛で、水をやる姿は幸福の図以外の何者でもなかった。
陸はぼーっと新しい生活の妄想が止まらない。
「…陸さん!陸さん!」
花に何度も呼ばれてハッと我に帰る。
「花、俺タバコやめようかな?」
唐突に言った言葉に、
「どうしたんですか急に?」
笑いながら花が言う。
「いや、もうベランダに灰皿置きたくないなって思ってさ。」
頭をポリポリかきながら、自分の妄想の世界をうまく伝えられず言葉に詰まる。
「体の事考えたらいいと思いますよ。でもタバコ吸ってる陸さんの姿、なんかかっこよくて私は好きでしたけど。」
恥ずかしそうに言う花に、
「じゃ、本数を減らす!!」
花の言葉に嬉しくなって禁煙の決心が簡単に覆る陸。
花はそんな陸をみてニコニコと笑う。
倖田愛はそんな二人の一部始終を見ていた。
新居の場所はわからないものの、近々あの場所を去り、二人は同じ部屋に住むと言うことは簡単に察しがついた。
『絶対幸せなんかにさせない!この世の終わりの様な世界を見せてやる!!』
愛は嫉妬の炎をメラメラと燃やす。
あの二人が地獄の底に落ちる方法は…?
水面下で静かに愛は動き出していた…。




