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顔合わせ

「あぁ〜!いい天気!!」

 朝早く大きく伸びをしてベランダに出る花。


 初めて一人暮らしをしたこのアパートも近々お別れになるのかと思うとなんだか寂しい気持ちにもなる。

 お花にお水をやった花はベランダに出たままコーヒーを口にする。


 見慣れた景色はここ数ヶ月で劇的に変化をする花の生活とは裏腹に、変わることのない安定した時間をすべての人たちに平等に与えてくれて、花は眺めていると不安もたくさんあるが、時が見守り解決してくれるだろうと心が落ち着くのである。


 二十年間、味わうことのなかった刺激的な毎日は、花を一気に大人にさせた。

 それを一番近くで感じているのはこっそりと花の後ろ姿を窓越しに眺めている陸だった。


 花は頭のなかで巡る記憶全てが愛おしく、このままこの自然に溢れた景色とともにずっと陸と歩幅を合わせて暮らして行けたらどんなに幸せだろうかと思う。


「花、おはよう。」

 窓のカラカラと開く音が聞こえ振り返る。


「おはようございます。」

 柔らかな花の笑顔は陸の最高の癒しだ。


「ここの景色と離れるの、なんだか寂しいな。」

 陸は花の肩を抱く。


「はい…。陸さんとの想い出がいっぱい過ぎて…。」

 寂しさを悟られまいと笑顔を作る花。


「次住むところも、自然がいっぱい見えるところ探そう。そこでまた、新しい思い出をたくさん作っていこう。」

 陸は花の気持ちを察して声をかける。


「そうですね…。ここより、もっとたくさん素敵な思い出一緒に作りましょう…。」

 陸の肩にもたれかかる花。

 二人は見つめ合いお互いの気持ちを確認し合う様にキスをした…。



「花、ご実家への連絡は大丈夫?」

 陸は緊張した面持ちで花に聞く。


「はい。電話では母がとても陸さんに会えること楽しみにしていたみたいで、きっと今か今かと待ってると思いますよ!」

 にっこりとした花の表情に少し緊張が解ける。


 午前中花の両親に挨拶をしてから、午後には不動産屋に行って、できれば今日中に次の部屋を決める予定だ。

 来週の月曜からは社内旅行も控えているし、来週末には一気に引っ越しを完了させたいくらいに考えている陸は、花の両親にもちゃんと一緒に住むにあたって了承をもらいたかった。


 タクシーに乗り込む二人。

「花…、俺なんかかっこ変じゃないか?」

 珍しくポーカーフェイスの陸の顔から不安が滲み出ている。


「大丈夫ですよ。今日は一段と素敵です!」

 花は決してお世辞ではなく、本当に自分との未来を大切に考えてくれている陸に大人の男性らしさを感じて、また好きの気持ちが膨らんでいく。


「お父さんは…どう思ってるかな…。花はまだ二十歳だしな…。七つも離れてるおじさんとじゃな…。」

 独り言の様にブツブツ言っている陸が可愛く思える花。


 陸の手をギュッと握って、

「大丈夫ですよ。陸さんなら、文句のつけるところなんて一つもないですよ!」

 一生懸命励ます花。


「花…、ありがとな。なんだか情けないところ見せちまうな…。」

 照れ笑いをする彼を花は心に焼き付ける。




 花の家の前に到着し、インターホンを押す。

「はーい!」

 軽快な声が聞こえてくる。


「お母さん、ただいま!」

 花だとすぐ分かり玄関の扉を開ける。


「こんにちは。」

 笑顔で会釈する陸を見上げる様に花の母は長身の彼に驚く。


「あら!素敵な方じゃない!!」

 頰がほんのり紅くなる母を見て、

「もう!お母さんたら!」

 花と二人で笑い合う。


 仲の良い母と娘を目の前にして陸はなんだか幸せな気持ちになる。

「さあさあ、上がって!お父さんも待ってるわよ!」

 花に耳打ちして微笑む。


「うん。」

 と頷き陸を誘導する。


 リビングのドアを開けるとソファに座っている父の後ろ姿がみえた。

 陸は今まで生きてきてこんなに緊張したことがあっただろうか…そのくらいに跳ね上がる鼓動が花に聞こえないか心配になった。


「お父さん…。はじめまして!辻本陸と申します。」

 深々と頭を下げる。


 くるりと振り向いて、立ち上がる父。

「おう、待ってたよ。」

 低い声をビリビリと響かせながら陸を向かいのソファに座らせる。


「失礼します。」

 礼儀正しく振る舞う彼の姿に娘の彼氏がどんな人なのか興味が湧いてくる。


 テーブルに出された紅茶にお礼を言って口をつけ、一呼吸置く。

「花さんとお付き合いさせていただいています。

 今日は、彼女と結婚を前提に一緒に住みたいと思い、ご両親の許可を頂きたいと伺わせていただきました。」

 大体の話は花から母へ、母から父へ通っていたので検討はついていた。


「辻本くんは、花と同じ会社の上司だそうじゃないか?」

 花の父はじっと陸を見る。

「はい。もともと部署も違いましたし、役職上海外にいることが多かったので花さんとの接点はあまりなかったのですが、今の支店に一時的に配属された初日に、なんというか…彼女の雰囲気に一目惚れをして私の方から彼女に気持ちを伝えました。あとで知ったことですが、たまたま今のアパートで隣同士だったんです。こんな言葉で表現するのは安っぽく聴こえてしまうかもしれませんが…、彼女に運命を感じました。」


 一歩離れたところで陸の話を聞いている花と花の母は、顔を見合わせて赤面する。

「ロマンティックな方ね!」

 こっそり花の耳元で話す母は、綻ぶ笑顔を隠せない。


「なるほど…。辻本くんのご両親は二人のことをなんと言ってるんだい?」

 花の父は陸の両親の話が花の口から一度も出てこなかったことに心配していた。


「うちの両親は、昔経営していた会社が倒産して、母は出て行き、父は病気で亡くなりました。

 高校の頃からはずっと一人の生活だったので…、花さんを紹介したいところなんですが、叶わないところです。」

 そうかと頷く父。

「君は大学も出ているんだよね?誰か…後見人の様な人がいたんじゃないか?」

 陸の謎めいている過去に突っ込んで聞く。

「流石に未成年だったので遠い親戚に名前だけは借りてた時はありましたがお金の援助は受けてはいません。大学は新聞奨学生度を利用してましたし…。大変ではありましたけど、有難いことに寝るとこや食べることにはそんなに困りませんでしたよ。」

 笑顔で話す陸。


「苦労してきたんだね。それで今の役職まで登りつめたんだろう?偉かったな!」

 その言葉が、本当の父親から言われている錯覚に陥り、陸はうるりと視界が歪んでいく自分を隠すことに必死になる。


「いえ、それなりに楽しかったですし…。そう言った過去があったからこそ今花さんに出逢えたのですから、自分の人生を悲観した事は一度もないですよ。」


 花は初めて陸の過去を聞いて、何にも知らなかったと反省した。

 自分が思うよりはるかに陸は大人でなぜ仕事ができるのか、どうして厚い信頼を買えるのか、しっくりと腑に落ちた気がする。


「花にはもったいない人だな。この子の何が良かったんだい?」

 父の突然の質問に、陸はたくさんありすぎて簡単に答えられない。


「…花さんは、いつも相手の心に寄り添って人と接してくれる子なんです。見た目や肩書きなどに惑わされず本当の自分と向き合ってくれたのが花さんが初めてでした。たくさん好きなところはありますが、僕は彼女と一緒にいるととても心が温かくなって幸せなんです。」

 真っ直ぐな話す陸の姿に、花の父は大満足だった。


「君を認めない理由が一つも見つからない。」

 笑いながら答える。

「末永く、花をよろしくお願いします。」

 陸に頭を下げる父。


「ちょっと、やめてくださいお父さん…!」

 陸は慌てて父の肩を上げる。


「君と一杯交わしたいところだが…、なんだい、今日は家探しするんだって?」

 もっと彼の話を聞きたかった父は名残惜しそうに聞く。


「はい。私ごとで申し訳無いのですが、副社長の娘様に気に入られておりまして…、最近ストーカーまがいの事をされるので、花さんのことも心配ですし、セキュリティのしっかりとした職場に近い部屋を探して来週末にでも動き始められれば…と思ってるんです。

 部屋を今それぞれ借りていますし、先々の事を考えても一緒の部屋にした方が僕も安心なので…。急で申し訳ありません。」


「君が花のそばについていてくれる方が私も安心だよ。花をよろしく頼むな。」

 花の父は顔をシワシワにさせて喜ぶ。


「では、早々で申し訳無いのですが、失礼します。

 また今度ゆっくり伺わせていただきます。」

 そう一礼して花と外に待たせているタクシーに乗り込む。


「花、陸くんと、幸せにな!」

 完全に陸に心を持っていかれた父は最高の気分で二人を送り出した。

 隣で微笑む母と花は目を合わせ手を振った。

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