歪んだ愛
「とりあえず社内旅行の部屋は二人近くにしておきますね。基本二人の相部屋なんですけど、上役の人たちは一人一部屋なんで、花ちゃんは私と一緒の部屋で組んどきます。」
楓は腕まくりをしてみせる。
「あぁ、ほんとありがとう、助かるよ。」
楓には感謝してもしきれない。
「じゃ、気をつけて帰ってくださいね!」
タクシーに乗り込む花と陸を見送る二人。
「味方ができて安心したな。」
タクシーの中で二人は笑い合う。
「そうですね。ほんと心強い!」
そう言いながらも今日愛にハサミを投げつけられた話を思い出し、もっと何か大きな事が起こりそうで不安を隠せなかった。
「陸さん…痛かったでしょう?」
陸の頰の傷を気にする花。
「なんて事はないよ。ただ、花は一人で行動するな。
うちの会社でどうしても友達が出来る環境じゃなかっただろう?味方は少ないけど、吉田はもちろん、横山さんも昔から仕事振りを見ていて信頼できる人で間違い無いから。俺に話せない相談もあの二人なら花の話、ちゃんと聞いてくれるだろうから遠慮するな。」
最近色々と元気のない花が溜め込むものも多いのではないかと陸は察していた。
経理部の時も愛に虐げられていつもひとりぼっちだったのを、陸はちゃんと承知していた。
こんな時だからこそ、自分以外に相談できる相手が花には必要だと思ったのだ。
花の横顔を見つめながら、どうか何も起こらない様ように…と陸は祈った。
浩介と楓のフォローもあって無事週末を迎えられる二人。
一方倖田愛は全てがうまくいかず苛立ちがピークに達していた。
「ねぇ、パパ!!辻本さんをうちに呼んでよう!」
猫撫で声で父親にすがりつく愛。
「なぁ、愛。辻本くんはもう相手の女性もいるようだし頼むから諦めてくれないか?
これ以上派手なことをして社内でまた評判が悪くなるのもなぁ、分かるだろ?」
副社長は愛のしつこさにさすがに面倒な態度を隠せなくなる。
「パパは分かるでしょ?沢山の女の人と私とママがいても我慢できずに思うがままにして来たじゃない!
好きだって思う人と一緒にいるのが何が悪いの?」
ここぞとばかりに副社長の過去の女性遍歴を持ち出し追い詰めていく。
「…しかしなぁ、愛一人が思っていたって、相手の気持ちってのもあるだろう?流石にパパも相手の女性が自分の事を好きでいてくれてなかったら一緒にいたいって思ったりしないぞ?」
愛は震えだす。
「パパのお金が目当てで寄って来てる女ばっかでしょ?だからお金かけて辻本さんをここに連れて来てって言ってるの!!」
愛は錯乱し始める。
「それが出来ないんだったらあの女、古谷花をクビにして!!あの女が持っているものなら私はなんでも手に入れられる!服も、バックも、この容姿もね!…でも、辻本さんだけはどうしても手に入れられない…!どうして何にも持っていないあの子は手に入れられるのに私には無理なの…?どうしてパパ?教えてよ?そんなはずないでしょ?パパならなんでも手に入れてくれるでしょ?!」
泣き叫ぶ様に父親の胸ぐらを掴む。
「愛、落ち着きなさい!なんだ、古谷さんて辻本くんの秘書だろう?」
副社長は愛を落ち着かせる様に胸ぐらから手を振りほどく。
「そうよ!あの子ばっかり!!私より何が優れているっていうの?!パパどうにかしてあの女私の目の前から消し去ってよ!!」
陸の秘書に花が配属されてから、商品部はずっと成績がうなぎ登りであったのを副社長の立場であるだけに把握していた。それを愛に変えるとなると…結果は見えている。
「愛…、パパにもできることと、出来ない事があるんだよ。今回の愛のお願いは流石にパパの力じゃどうにもならないよ。」
愛の肩にポンと手を置く。
「…もういいわ!!」
見切った様に愛は父親に吐き捨て部屋を出て行く。
暴走した愛は誰にも止められない。
辻本陸をどんな手段を使っても自分の物にしてやると美しい顔の裏には鬼の様な形相の彼女が生まれ始めていた…。