仲間
時計は8時半を過ぎていた。
心身ともに疲れ切った陸は三人の待っているお店に急ぐ。
愛の豹変ぶりに驚きすぎて心がフリーズしていたが、外の空気を吸うと彼女の恐ろしさが、遅ればせながらもひしひしと実感が湧いてくるのだった。
『死ねばいいのに!』そう叫んだ愛の言葉は、勢いに任せただけには聞こえなかった自分に、背筋がゾッとする思いだった。
花にもしもの事があったら…。
最近の愛の不可解な行動に彼女の最終的に行き着く場所が予測できないでいた…。
「お疲れ!!」
陸が店に着いて先に来ていた三人を労う。
「お疲れ様です!さあさあ、おかけください!」
さっと立ち上がって陸を迎える一同。
「まぁ、まず一杯、生でいいですか?」
間髪入れずに接待モードになる浩介。
「吉田、そんな気を遣うなよ。今日は上司と部下とか忘れて好きなものたくさん食べて呑んでいいぞ!!」
太っ腹な陸に浩介も楓も目を輝かせながらメニューに食いつく。
陸は毎日の様にあの恐ろしい愛と顔を付き合わせなければならない浩介に、陰ながら申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいの気持ちだった。
店員に注文を伝えると、早速とばかりに、
「辻本さん…、まずは、古谷さんとのこと、ご説明頂けますか?」
姿勢を正し座り直す浩介の煽りに、戸惑う陸。
「そんな仰々しく食いつくなよ…。」
髪をクシャッとしながら照れ笑いする陸。
楓も浩介も、今まで見たこともない普段はバリバリ仕事をこなしている陸のはにかんだ表情に、なんだか自分たちの方が直視出来ないほど恥ずかしい気持ちにさせられる。
「いや、お前らの思ってる通りだよ。家が隣同士で、今はどっちかの家にいつも一緒にいて半同棲みたくなってる。」
「えっ?いきなり?もうそんな展開なんっすか?!」
浩介は小さい頃から楓と一緒にいたのに、そういう関係に至るまでほぼ二十年越しぐらいの長丁場だった。
「実は出来るだけ早く俺が家を借りて二人で引っ越しするつもりなんだ。」
少しずつ陸の顔が曇り始める事に気付く二人。
「倖田さんに実は言い寄られてんだよ、俺。」
改めて口に出す陸。
毎日愛の面倒係をさせられているだけに『まぁ、そうでしょうね』と言わんばかりに浩介が頷く。
楓はそれは知らなかったので目を丸くしていた。
「あの子、結構ヤバくてさ、副社長遣って来るとこまではまだいいとしても、やって来る事がエゲツないんだよ。花はあの子に雇われた暴漢に襲われて、間一髪だったけど傷だらけにさせられたし…、俺もさっき絡まれてハサミ投げつけられて…、コレ。」
切り傷の入った頬を見せる。
「やだ、陸さん…。大丈夫ですか?」
花はハンカチを取り出し陸の頰に当てる。
「花、ごめん心配かけて。こんなの擦り傷だから大丈夫だよ。」
陸の頰に当てた花の手を取りまた陸が握り返す。
花と陸の二人だけの世界に浩介も楓も頭の処理能力が追いつかない。
「え、陸さんって呼ばれてるんですか??
全く目の前でイチャイチャすんのやめてもらっていいですかね!」
浩介は茶化す様に目の前の二人に絡む。
ハッとする花と陸はかぁっと湯気が出そうな表情に、楓も浩介も顔を見合わせて笑い合う。
ゴホン!と咳払いし、陸が仕切り直す。
「…と言うわけで、倖田さんが何をやらかして来るか正直分からない状況で、出来るだけ安全なところに引っ越すつもりなんだけど、それまでに吉田と横山さんに倖田さんの不審な動きを見つけたら教えて欲しいんだ。
俺がいつも花の側に居てやれれば一番いいんだけど、仕事量も最近増えて、中々そうもいかなくてな。花が一人にならない様にフォローして欲してもらえないだろうか。こんな個人的なお願い、本当に申し訳ない。」
深々と頭を下げる陸。
楓も浩介も快く快諾する。
花は自分のために部下に頭を下げる陸を見て、何も出来ずに迷惑ばかりかけている自分が嫌になった。
「陸さん、楓…ちゃん、吉田さん、迷惑かけて本当にごめんなさい。」
陸の横で花も頭を下げる。
「古谷さん、気にすんなよ。俺も今まで倖田さんの事でだいぶストレス溜まってたけど、これで堂々と辻本さんに吐き出せるしさ!」
隣でうんうんと頷く楓。
花も陸も二人が頼もしく思えて、思い切って伝えられた事をかなりの恥ずかしさもあったが本当に良かったと思った。
「…で、今度は二人の話を酒のつまみにさせてもらおうかな??」
仕返しするかの様に楓と浩介に話を求める陸。
「いやいや、俺たちまだ辻本さんと古谷さんの話、まだ上っ面しか聞いてないんで…。」
日頃の緊張感から解放されるかの様に、四人は楽しい時間を共有していった。