再現
「おう、久しぶりだな!」
バーのマスターが陸に向かって声をかける。
「ずいぶんご無沙汰になっちゃってすみません。」
頭を掻きながら軽く会釈する陸。
「あれ?隣のお嬢さんは…この前の陸の彼女かい?」
覗き込む様に花に視線を送るマスター。
「そうなんですよ!」
花の肩に手を回し自分に引き寄せる。
「随分と雰囲気変わっちゃったねぇ!この前も可愛いかったけど、なんか色っぽくなったわ!」
面白そうな顔をしながら陸の反応を見る。
「マスター、俺の彼女なんで変な目で見ないでくださいよ!」
陸は冗談と分かっていても花の魅力を他の男に見つけられるのが心配だった。
「まぁまぁ、座ってよ!」
花を座らせ陸はトイレに行くために席を外す。
「お嬢さん、お名前なんでしたっけ?」
マスターは女っ気のない陸がどんな女性を彼女にしたのか興味津々だった。
「花です。古谷花。」
恥ずかしそうに花は笑顔で答える。
「この前は一杯で酔っ払っちゃってたから今日は弱めでお出し致しますね。」
茶目っ気たっぷりで花をイメージしながらシェイカーにお酒を注いでいく。
「お気遣いありがとうございます…。」
恥ずかしくて顔が上げられない花。
柔らかなスポットライトの光が目の前で注がれる黄金色をしたお酒にグラスの中で美しく反射して、花は口につける前からうっとりしてしまう。
「はい、どうぞ!」
花の前に差し出されたカクテルをじっと眺める花。
「そういえば、陸も大胆だよなー!花ちゃん酔っ払ってたから覚えてないんじゃない?」
ふふふと意味深に笑うマスター。
花は全く意味が分からず、
「何のことですか??」
そういえばあの時記憶が無くなってたんだったと思い出して、何かやらかしたのではないかと不安になる。
「やっぱり覚えてないのかい?まぁ恋人同士なら別にいいんじゃないの?
ただ、他のお客さんも赤面しながら見てたからね、二人のキス!」
チュッとふざけて口を突き出すマスター。
「えぇ?!ここで?キス?!」
花は驚き真っ赤な顔を隠す。
「おい!!マスター!!余計なこと言うなよ!!」
慌ててトイレから戻ってくる陸。
「よく言うよ、全く。ずーっとチュッチュしてたでしょうよ!」
今更しらばっくれやがってと茶化す様に曝露する。
「辻本さん…?一体どう言う…?」
花は陸に詰め寄る。
「いや…、その、ゴメン!!黙ってて!!」
カウンターに手をついて謝る陸。
「あれ?これ言っちゃいけないやつだった?」
マスターは今更口を塞ぐ。
「マスター、あの時まだ付き合ってなかったんですよ、俺たち。」
決まり悪そうの小さな声で呟く陸。
「ホントに?!あんな濃厚にキスして、誰がどう見ても愛し合ってる二人だったけどな?」
傷に塩を塗る様に追い打ちをかけるマスター。
花はその言葉にまだお酒を飲んでいないのに顔が真っ赤になる。
「マスター…、ちょっと花に話があるんで席移ります…。」
いつになく肩を落とす陸の姿に、ちょっと言い過ぎたかと反省するマスター。
「はいはい、お好きな様に。今日はお店も暇だしね。」
笑いをこらえながら仕事に戻っていく。
席を移動した陸は、なんて花に謝ろうか頭をフル回転させていた。
「ファーストキスだったのに…。」
ぷうと頰を膨らます。
「ホント、ごめん…!我慢できなくて…。」
シュンとなる陸。
「…じゃあ、もう一度、私のファーストキス、再現してくれますか…?」
じっと見つめる花。
そんな花の言葉を聞いた瞬間、陸は彼女が可愛くて愛おしくてどうにかなりそうだった。
「花、目、つぶって…。」
あの時と同じように花は素直に目を閉じる。
静かに重なる唇は当時よりも温かい愛に溢れていた。
何度も何度も離れては近づき、触れてはまた離れて見つめ合う。
愛おしそうに陸の頬や耳をなで花から唇を求めていく。
「私の初めてのキス、辻本さんで本当に良かった。」
最後に陸の頬にチュッとお礼のキスをする。
「俺…、もう花なしじゃ生きられないよ…。」
骨抜きになった陸は花と離れたら本当に死んでしまうのではないかと思うくらい今日ほど彼女を自分の物だけにしたいと思ったことはなかった。
カウンター越しにその様子を見ていたマスターは、今まで見たこともない、女性にメロメロの彼の姿に、陸の本気度が尋常じゃない事を察した。
どこか人にはクールで、自分にはとことんストイックな部分を持っていた彼を心配していたが、花の力でそれが溶け出したのだと、マスターは変わっていく陸を見て親が息子を見守るかの様に、なんだか嬉しかったのだ。