移り行く時間
花は出勤時間をかなり早めて陸と出社する事にした。
もともと経理部にいた時は誰より早く来ていたので極端な違和感はなかった。
誰もいない会社の中で一足先に仕事に手をつけ始める彼に花は心を込めてコーヒーを淹れる。
「ありがとう。」
真剣な表情からふっと笑顔に変わる陸を見て花は昨日の夜の事を思い出してしまう。
頰が赤くなっているところを隠すようにすぐに陸に背中を向ける。
『ダメダメ…!こんなんじゃ!!』
朝からふしだらな事を考えてしまう自分が嫌になる。
熱くなった頭を冷やすため一度ブースの外に出て窓を開ける。
半袖の人がちらほらと目に入ってきた。
もうすぐ夏がやってくる。
早朝はあんなにひんやりとしていた風もあっという間に熱がこもり始め、部屋の中の方が冷房が聞いていて涼しかったか…とすぐに窓を閉めた。
夏が終われば当然秋がやってくる。
陸と一緒にいられる時間の終わりを告げる足音は、もう微かに聞こえ始めていた。
これ以上季節よ移り変わらないで…そう願う思いも虚しく、幸せな時間は足早に通りすぎていく。
陸の笑顔に真剣な顔。
心配する顔、照れてる顔…。
いろんな顔一つ一つが花の心の中に刻まれていく。
どんどん好きになっていく陸への想いが、秋までにちゃんと全部伝える事はできるだろうか?
彼の心の中にも自分はちゃんと跡を残せているだろうか?
花は複雑な思いを抱きながらブースへと戻っていく。
続々と社員たちが出社をしてくる。
時は動けど花は決して仕事の手を休める事はない。
陸への溢れる想いを悟られない様に、淡々とやるべき事をこなしていく。
そんな花の異変を陸は気がついていた。
「花、少し休憩しようか?」
珍しく陸から休憩の声をかけられ、花は疲れた様に、
「そうですね。」
笑顔で答えた。
ガコン
陸は休憩所の自販機で栄養ドリンクを取り出す。
グビッと一気に飲みほしゴミ箱に空き瓶を捨て一息つく。
くるりと花の方に振り向き、
「花…、どうした?なんかあった?」
心配そうに覗き込む。
「…え?」
目の前にある陸の視線から逃れられない花。
「なんか、今日元気ないよ?俺の目はごまかせないからな!」
花の額を軽く小突く。
「はい…。なんか、色々考えちゃって…。」
俯く花。
「何?倖田さんのこと?」
陸は気になって仕方がない。
「いえ…。ほんと、私の個人的な事です。ごめんなさい、心配かけて…。」
明らかに元気のない花に、
「俺には言えない事?」
花は陸の寂しそうな表情を見て、
「そんなこと…。でも言ったら困らせちゃうから…。」
目線を合わせられない花。
「どんな花の言う事だって、俺はちゃんと受け入れるよ…。
そうだ、今夜は久々にあのバーに寄って行こうか?」
ニコッと笑顔で落ち込んでいる花を安心させる陸。
「はい…!」
嬉しそうに頷く花に陸はホッとする。
その頃たまたま商品部の女子社員の横山楓が休憩がてら立ち寄ろうとした自販機の前で、二人がただならぬ雰囲気で話しているのを目撃する。
仕事をしているいつもの二人とは全く違う空気の中で親密そうに話しているところに出くわし、見てはいけないものを見てしまった罪悪感に陥る。
簡単に人には言えない事だと察しこの事を彼女は心の中に留めた…。