スーツ
「花、この前副社長に呼び出された時の話…、わざわざ花に心配かける必要はないって思って黙ってたんだけど…。」
陸は重たい口を開く。
「倖田さんと俺をくっつけたいみたいなんだ…。娘さんの言う事には副社長も突き返せないみたいでさ。
今日の突然の異動もそれが間違いなく関係してる。」
花に視線を送る。
「なぁ、花。俺の今の地位がなくなっても、一緒にいてくれるか?」
陸は今まで付き合ってきた女性たちを思い浮かべる。花だって少なからず平社員よりも肩書きのある役職に就いている彼氏の方がいいに決まっている、陸はそう思った。
「当たり前です!!何言ってるんですか!」
花の珍しく本気で怒っているような表情にホッと安堵する。
「花。花の事、危険な目に遭わせたくないんだ。倖田さん、結構危ないんだよ、あの子。」
花ももちろん彼女の異常さは、何度も感じていた。
お金を使って暴漢を雇うなんて、狂っているとしか思えない。
下手をすれば陸も危険な目に遭うかもしれない。
「辻本さん。私、最初に襲われた日、高校の時の友達に助けてもらって…。もしかしたら事情を話せばお迎えお願いできるかもしれません。辻本さんにこれ以上仕事に差し障る様な迷惑をかけたくないし…。ちょっと聞いてみます。」
花は徹には悪いがもうそれしか方法はないと思った。
「ダメだ!!」
突然厳しい表情に変わった陸。
「辻本さん…?」
花はどうしたのかと驚く。
「針谷って奴だろう?…絶対駄目だ。」
陸はその友達が『針谷』だと言うことはすぐに分かった。
陸は花の鍵と一緒にポストに入っていた手紙の存在を思い出していた。
花はもちろん、内容に関して陸に話してもいないどころか、自分自身封を切る事すらここ暫くバタバタしていて忘れていた。
陸は聞きたくても聞けなかったが、彼女を部屋まで送る徹の姿を見た時、確実に彼は花に気があると確信していた。
そんな相手に花の送り迎えなどさせる訳にはいかない。
カモフラージュにはなるかもしれないが、自分の中でどうしても許せなかったのだ。
「辻本さん…、どうして針谷くんのこと…?」
陸は花の手を引き寄せ抱きしめる。
「…とにかく、彼は駄目だ。俺じゃ、役不足か?」
花を見つめる。
「そんな…役不足だなんて…。」
そんな事は一ミリも思っていない。
でも陸の表情を見ていると、徹の存在は彼にとって鬼門なのかもしれないと思うほど殺気立ったものを感じるのだった。
「分かりました…。でもどうしたら…?」
花は考え込んでしまう。
「なぁ、引っ越そうか、ここ。新しいセキュリティのしっかりしたところに俺の名義で部屋を借りて一緒に住もう。全部俺が持つから心配するな。」
秋には日本からいなくだろう陸は、先々花を一人残す事になってしまったとしても、ちゃんと安心して暮らしていける様にしてあげたかった。
そして、いつ帰ってきても花に迎えてもらえる場所が欲しかったのだ。
「辻本さん…。」
そこまでして自分のことを考えてくれている陸に、花は嬉しくて彼の胸に顔を埋める。
「私…辻本さんの足を引っ張るようなことだけはしたく無いんです。
何でも言う事聞きますから…、だから無理だけはしないでください…。」
瞳を潤ませ訴える花に陸はスーツのまま花をソファーに優しく押し倒した。
「辻本さん…。」
花は職場のテキパキと仕事をこなす陸が目に浮かぶ。
無言で花の唇を塞ぐ陸。
ネクタイを緩める彼の手を見つめながら、今まで味わったことのない様なドキドキに襲われる。
「あ、あの…、シャワー浴びないと…私汚いですから…。」
陸の目を見たら吸い込まれてしまいそうになる気持ちを隠すように目線をそらす。
「そのままの、花が欲しいんだ…。スーツ着てても、花が俺に夢中になってるところ…見たいんだ。」
花のブラウスのボタンを外す手は止まる事はない。
いつもいい香りを放つ陸のシャツから微かな汗の匂いが花の身体の芯をくすぐっていく。
二人はお互いの全てをさらけ出して、またそれを受け止め求めあう事にのめり込んでいく。
陸との刺激的な時間に、花はもう彼に全て奪われれても構わないと大胆な、新しい自分を見つけていくのだった。