愛と憎悪
映画が始まっても度々視線を送ってくる愛が気になり集中できない陸。
これ以上の苦痛な時間があるだろうかと言うほど、彼にとっては嫌いな女性と過ごす事が、地獄以外の何物でもなかった。
ようやく映画が終わり逃げるように外に出て行く。
「さあ、倖田さん。約束なのでこれで終わりにしましょう。」
疲れ切った陸は早く家に帰って花の元に戻りたい…頭の中はそれだけだった。
「分かりました。私はこのままここで買い物していきますね。」
やけに物分かりが良くて気味が悪いな…と引っかかりながらも、まだ15時だし送る必要もないかと、念のため副社長に別れた事を連絡して早足でその場を立ち去る。
建物の外に出ると大きく息を吸い込む。
「あぁ〜!!」
ストレスがピークに溜まっていた。
そのままタクシーを拾い家路に着く。
その車の後ろを愛のお抱え運転手が彼女を乗せてピッタリとつけていく。
陸は気がつかないままアパートに辿り着くと2階に上がり、自分の部屋に入っていく姿を、愛は息を潜めて見ている。
しばらくして出てきた彼はすぐ隣の部屋のインターフォンを押す。
陸の彼女がどんな顔をしているのか、愛はしっかりと拝んでやろうと、懸命に覗き込む。
ガチャっと扉が開き愛の目の前で抱き合う二人。
嫉妬の炎が燃え上がり今にも二人の目の前に駆け出しメチャメチャにしてやりたい衝動に駆られる。
しかしどうしても陸の背中と彼の首に回した白い手しか見えない。
そのまま陸は部屋の中に吸い込まれていく。
愛は駆け出し、表札をチェクする。
花は暴漢に襲われてから陸に言われて、ポストも家の前も表札を外していた。
愛の収穫できたことは陸の隣に住んでいる女…ということだけだった。
下に待たせていた車に乗り込み、必ず尻尾を掴んでやる!と苛立ち暴言を吐きながら運転手に当たり散らす。
陸はたまたま花の部屋のベランダから下に留まっていた黒い車に愛が乗り込む姿を目撃する。
背筋がゾッとし、花の存在が明らかになってしまったか心配になった。
「辻本さん…?」
待っている間に作ったケーキと紅茶をテーブルに用意した花は、タバコを吸いにベランダに出た陸の様子がおかしいように見えた。
「…おう!花が作ったのか??美味しそうだなー!」
振り返った陸はいつもの表情に戻っていた。
花は『気のせいか…』と安心する。
何事もなかったかのように花の手づくりケーキにはしゃぐ陸は、暫く注意が必要だな…と花に悟られないよう考えていた。
ケーキを食べながら陸は花に愛の事を話すかどうか迷っていた。
今のところ実害がないのに余計な事を言って花に心配の種を植え付けるのもどうかと思った。
「辻本さん、副社長のお話…大丈夫だったんですか?」
心配そうに花は聞く。
「あぁ…。花、副社長の娘さんって誰だか知ってるか?」
愛の正体を、花がどこまで知っているのか確認したかった。
「倖田さんですよね。私、あの人苦手で…。」
散々虐めのような仕打ちを受けてきた花は思い出したくもない人だった。
「そっか、知ってたか…。」
陸は話に詰まる。
「私、暴漢に襲われた時、襲ってきた人の口から彼女の名前が出てきた時びっくりして…。
ほら、辻本さんとまだ殆ど面識なかった時、一度前の部署で私が一人お昼休みに仕事してて、辻本さん飯田部長宛てに書類渡しに来た時ありましたよね?
倖田さん、前から辻本さん気に入ってたから、私が辻本さんと二人きりで話をしていた事が、たぶん気に入らなかったんだと思います。そこから嫌がらせが酷くなって…。
その後、私だけ辻本さんの秘書にしてもらったでしょう?
あの男の人、倖田さんからお金貰ってるから、私に会社を辞めてもらわないと困るって話をしてたし、私よっぽど恨まれてるんだと思います。」
陸に心配をかけにように笑顔を混ぜながら軽く話をする。
「だから、彼女のお父さんの副社長に呼ばれたって聞いた時、辻本さんにも私のせいで何か迷惑かけちゃうんじゃないかって、心配だったんです…。本当に大丈夫だったんですか?」
念を押すように陸の無事を確認する花。
その途端、陸は花をギュッと抱きしめる。
「花…ごめんな…!怪我したの俺のせいだったんじゃないか…!!
なんでもっと早く言わなかった…?」
陸の震えを感じて花は、
「どうして辻本さんのせいなんですか?私のせいですよ?
そもそも倖田さんには辻本さんの事がある前から疎ましく思われてたみたいですから…。
ほら、もう頬の腫れは分からなくなったし、足の傷もだいぶ良くなったし…。
そんな事より、副社長を通じて辻本さんの仕事に何か支障が出てないかが私は心配なんです。」
陸の背中を摩る花。
「そんなのどうだっていいんだ!今の会社だけが俺の居場所なんかじゃない。
俺は、花が幸せでいてくれるならどんな場所にいたって俺も幸せなんだ。
お願いだ。小さな事でもいいんだ。ちゃんと俺に話して欲しい。
何があっても、俺が花を護りたいんだ…!」
必死で頼む陸の姿に、花はコクリと頷く。
「分かりました…。でも私は大丈夫ですから…。辻本さん、そんなに心配しないでください。」
にっこりと陸を見つめる花。
陸は花の髪を優しく撫で自分の胸にもう一度抱き寄せる。
温かい花を宝物のように大切にすると再び心に刻み込んだ…。