愛の形
花の部屋で、陸は彼女の作った料理に舌鼓を打つ。
「花、ありがとう。本当に美味い!」
花の手料理に陸はがっちりと胃袋を掴まれる。
「辻本さんさえよければ、毎日作りますよ。お弁当だって!」
陸の喜ぶ顔に、花の心は彼への愛情で溢れていた。
彼が喜ぶことは、どんな事だってしてあげたいと思うのだ。
食事を終えて持ち込んだPCに向かう陸の表情は会社のデスクに座っている顔と同じだった。
ここ数週間、陸の側で仕事振りを見てきた花は、いつも彼に尊敬の念を抱いていた。
人への接し方や、手際の良さ、周りから向けられる彼への厚い信頼…どれをとっても自分にはない彼の才能が花には眩しかった。
そんな陸が自分の部屋で仕事をしている姿を見て、なんだか特別なものを見せてもらっている贅沢な気持ちになるのだ。
コーヒーを入れてそっと彼の側に置く。
「ありがとう。」
陸はそう笑顔を見せて、また真剣な表情に戻る。
花は、彼のそんな姿を隣で一緒にコーヒーを飲みながら、見つめる事が出来る幸せを噛み締めていた。
「花、次に取り扱う商品の候補なんだけど…、花が魅力を感じる物あるかな?」
チラリと花に目線を送り、意見を求める。
スクロールされていく画面を見ながら、『あっ!』と、花が声を上げる。
「この猫のキッチングッズ…可愛い!」
ぱぁっと明るくなった彼女の表情を見て、
「よし!一つ決まり!」
陸が声のボリュームを上げて、PCの蓋を閉じる。
「辻本さん、そんな簡単に決めては…。私、深く考えずに直感で言ってしまったし…。」
花は陸の即決にタジタジになる。
「何かを選ぶときは、直感力って大切なんだよ。パッと見、イイ!!って感じた瞬間って不純な動機はあまり含まれる事ないだろう?
使い勝手や、値段ももちろん大切だけど、ずっと大切にしたいと思うものには必要以上の思考はいらないんだ。そうであったほうが、人も物も、心で繋がれる気が俺はするんだよ。自分の本当に純粋な気持ちで気に入った物と出会って、そういうものにたくさん囲まれて暮らしている方が、幸せでいられると思わないか?まぁ、ウチが取り扱う商品は、値段も、使い勝手も胸を張っていいって言えるくらい厳選してんだけどな。
俺は、さっきの画像を見過ぎて、もう第一印象では決められなくなってたから、花の意見が聞きたかったんだよ。」
花は確かに…と納得してしまう。
小さい頃から手放せない宝物や、どれだけ高くても手に入れたかったあのオルゴールも、一目見た時から一緒に時を過ごしたい…そんな感覚になったのを思い出す。
「俺は花を最初に会社で見つけた時、植物に話しかけながら水をやってたんだ。」
花は恥ずかしくて顔を赤くする。
「その姿を遠目で見た時、花の周りには、きっと大切にしているもので溢れているんだろうな…って思ったんだ。言葉の話せない物と心を通わすって、自分の生活を大切にしている人でないと出来ない事じゃないか?生活って当然の様に誰にでもやって来て、時には煩わしい事も多いだろ?そんな当たり前の中の一つ一つの物や時間を大切にして心から楽しめる人だからこそ、普通ならき気づくこともない愛情を見つけたり与えたり出来るんだと思うんだ。」
陸は花の肩を抱き寄せる。
「言葉なき物からもしっかりと放たれている愛情をキャッチして自分も幸せをもらっている事がちゃんと分かっている…。簡単に言うと、花と一緒にいたら自分は最高に幸せになれるだろうな…って、第一印象から思ってた。」
恥ずかしそうに笑う陸。
「そんな花から目が離せなくなって…、でも事あるごとにトラブルに巻き込まれ傷ついているのを見てると、花のこと、俺が守ってやりたいって気持ち、止められなくなっていったんだ。」
花は何故なんの取り柄もない自分の事に、陸はこうして寄り添って愛情を与えてくれるのだろう…とずっと疑問に思っていた。
自分が彼にとって特別な人間だとは勿論思っていないし自覚もないが、陸の目にはそんな風に自分が映し出されていたことに驚き、素直に嬉しかった。
「ありがとうございます…、凄く嬉しいです。」
正直に自分の気持ちを口にした花は隣で寄り添う陸を見上げる。
「…花。愛してる。」
聞き慣れない言葉をはっきりと口にした陸は、まっすぐ花を見る。
花の目線に合わせて話していてくれた陸が、この言葉を境に急に大人の男性に見えた。
花はこれから起こることを予感し鼓動が急に早くなる。
緊張している花の空気に触れ、
「花…。安心して。俺、花を大切にしたいんだ。花がいつか俺を求めてくれる時まで、こうして寄り添ってくれてるだけで十分幸せなんだから…。」
花の頬に優しくキスをする。
花は陸の胸に顔を埋めコクリと頷く。
陸は昨日花に貸したスエットに着替えて自分の匂いが彼女の香りに変わった事に気がつく。
男としては彼女と一つになりたい欲求を抑えるのは大変な事ではあったが、同じ布団に入り、自分の腕の中でスヤスヤと寝息を立てている花を見つめているだけでも陸は十分幸福だった。
狭いベットの中で、やっと心が繋がった二人はお互いの匂いを感じながら安心感に包まれ一夜を過ごすのだった。