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15.星空

「……さあ、帰ろうか?」

 陸は花の頭を抱き寄せ優しく髪を撫でる。


 現実に起こっていることなのか、それとも夢の中なのか……?

 あまりの夢心地な時間に、花はまだ実感が湧かないでいた。


 二人は何事もなかったかの様に会社を出る。


 いつもと同じ道を二人で歩き、あんなにも恐ろしかった繁華街も、細い花の手をギュッと握りしめた陸の手から護られているのだ……と思うと、同じ道を歩いているとは思えない程の大きな安心感に包まれた。


 満員電車に乗り込み、密着した二人の身体は、最初に出逢った日とは全く違う温かさだった。


「辻本さん、最初に出逢った日に、私のことだいぶ前から知ってるって言ってたじゃないですか? あれって、どういう事だったんですか? 私ずっと気になっていて……」


 あの日に初めて会話をしたつもりだったが、陸はいつから私の事を知っていたのだろう……?


「ずっと前さ。初めて俺がここに赴任した日、朝一番に花を見つけたんだ」

 ニコリと笑う。


「最初の日……?」

 花はどれほど記憶を辿っても覚えがない。


「あぁ……」

 懐かしそうに彼女を見つめる陸の目線はとても柔らかい。


「気がつかなかったですけど……」

 申し訳なさそうに言う花に、

「いいんだよ。でも、俺はその時からずっと花の事が気になって仕方がなかったんだ」

 照れ笑いをする彼の表情が、七つも年上なのに花には可愛く思えて愛おしかった。



 電車から降りると陸は再び花の手を握りしめる。

 花は何も言わずにそれを受け入れ、そっと寄り添った。


「今日は……花の部屋に行ってもいいかな……? もう、離れたくないんだ……」

 昨日、自分の元を離れて背を向け部屋に帰って行く花の後ろ姿が、陸はとても悲しかった。

 大切な人に背を向けられる事が、彼にとって心を切り刻まれる様な悲しい気持ちを思い起こさせる。

 陸の小さい頃に出て行った母親に対する思いと、花に対する思いはまるで違うものではあったが、去った後にぽっかりと空いた心の穴は簡単に埋められるものではなかったのだ。


「私も一緒にいたいです……一緒にいてください」

 微笑む花を見て、陸はホッとする。


『女なんか……!』

 くらいに思っていた陸は、自分がこんなにも変われるなんて想像もつかなかった。


 花という一人の女性の存在が、陸の目の前に広がる世界を大きく変えて行く。

 忙しい毎日に気づきもしなかった木々の青々とした葉や、優しく頰を撫でて通り抜ける風も花と一緒にいると全て自分の味方になり、包み込んでくれる様な心地よさを感じるようになった。

 ふと空を見あげれば、こんなにも星空は綺麗だっただろうか……?


「花、空見てごらん……」

 二人で見上げた空は、ささやかに小さな星たちが優しい光を放っていた。

 どんな小さな感動も、花とならキラキラとした記憶へと変わっていく。


 陸は幸せだった。

 そして、花には自分の何倍もの幸せを感じられる様に、どんな時も自分がいつも光を照らしてあげたいと、星空に誓うのだった……


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