14.告白
陸は部屋に帰ったらちゃんと花に気持ちを伝えるつもりだった。
あのキスを思い出すと、彼女もおそらく自分の事を好きでいてくれる……そう確信していたはずだった。
花が持っていた封筒の名前を思い出す。
(針谷徹……)
花にとって彼は大切な存在なのだろうか……?
壁一枚隔てた隣の部屋には、さっきまで溶けて混ざり合うかの様に唇を重ねていた花がいるのに、心はこんなにも遠い……
お互いに一晩中相手の事を想い、キスを思い出しては、あの時間がどうして現実では無いのか……そう思ってなかなか寝付けなかった。
花はベランダに出て深呼吸をする。
目の前に見える陸と二人で眺めた公園の池を見つめ、あれが夢ではなかったのだと記憶に刻んだ……
空は白み始め、今週最後の金曜がやってくる。
陸に手当てしてもらった事を思い出しながら包帯を解きシャワーを浴びた。
昨日の記憶は自分の心の中に大切にしまい、しっかりと鍵をかけよう……
いつものように会社で顔を合わす二人。
「辻本さん、おはようございます」
昨日の事はなかったかの様に花は」変わらない笑顔で挨拶する。
「……あぁ、おはよう……」
陸は複雑な思いで返事をした。
いつも以上に仕事をしっかりとこなす花とは対照的に、情けなくも陸は小さなミスが続く。
花は陸の様子を見ながら、すかさずフォローし事なきを得ていた。
とんでもなくダメになってしまった自分は、花に頭の下がる思いだった。
情けなくて仕方がない。
やはり年の差もあるし、自分が思い上がっていただけなのか……
何度考えたところで答えなど出るわけもなく、花を見習って気持ちを切り替えようと頰を叩いた。
夕方、陸は仕事をいくつか残していたが、花のフォローもあって、家に持ち帰ればなんとかなりそうだった。
昨日の暴漢の事を思うととても花を一人で帰らす訳にはいかない。
「花、一緒に帰ろう」
そう声をかける陸。
「辻本さん、お仕事大丈夫なんですか??」
忙しい陸を心配する。
「花が今日はたくさんフォローしてくれたから大丈夫だ。それよりも花の事が俺は心配だよ」
そう微笑んだ。
陸は自分を気遣ってそう声をかてくれているのではないか……
でも、陸と一緒に帰れたら幸せだろうな……と揺れる心をひた隠しにする。
「辻本さん、私同級生に送ってもらうから気を使わないでください」
やっぱりこれだけお世話になっていてこれ以上甘えることはできないか……そう思って会釈をしてその場を立ち去ろうとした。
花に置いていかれた陸は彼女の手を強く掴む。
「辻本さん……?」
花は驚き振り返った。
「行くな……頼む……」
陸の表情は真剣だった。
花の鼓動は急激に高まる。
「好きなんだ……花の事。きっと最初から……花を見つけた時から」
陸の心が滲み出たような眼差しに、花はこの言葉が冷やかしなどではないんだと確信した。
「だって、私なんて……」
どうして私なんかを……
陸が自分が思ってくれる理由がどうしても思いつかない。
戸惑いが顔に出ている花を、陸は堪えられず抱きしめた。
「花じゃなきゃダメなんだ……。俺、初めてなんだよ。真剣に女性を好きになるのが……」
花を抱きしめる陸の身体が震えている。
「どうして……? 私、何もないですよ? 辻本さんにとって足を引っ張る存在でしかないのに……」
現実としてなかなか受け入れられない花も声が震えている。
「俺は……毎日今まで味わうことがなかったあったかい気持ちを、花からたくさんもらってる。もう花なしじゃ、いられない。花が好きな奴がいたとしても、俺は花を自分の物にしたい……どうしても……」
陸の視線が花の瞳を掴んだ。
「私が好きなのは……辻本さんだけですよ……」
やっと通じた想いに涙が溢れる花。
陸はブースの外を伺い、壁に隠れながら花にそっとキスをする。
スーツを着た陸と職場でのキスはどこか罪悪感に駆られた。
「辻本さん……会社出ましょう?」
花は陸に促すが、
「我慢できない……花……」
力強く抱きしめる陸の広い胸に抱かれ、微かに煙草の匂いがするシャツに顔を埋める。
不謹慎にもドキドキが止まらず恥じらう花の唇を、陸は再び深く塞ぐ様に重ねるのだった……




