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13.「好き」になるという事

 花は陸がまるで自分のに想いを寄せてくれているのではないかと思うほどの濃厚なキスに、これが『恋人ごっこ』ではなくて本物の彼の気持ちだったらいいのに……そう思いながら身を任せる。


 きっと今が生まれて来て、一番幸せを感じている時なのかもしれない。

(お願いだから終わらないで……)

 そう願うが、そっと離れて行く陸の唇の温もりが花の心を締め付ける。


「花……」

 彼女を苦しいくらいにきつく抱きしめる陸。


 そんな陸の腕の中で幸せを感じる反面、これで上司と部下に戻っていく寂しさが花を襲う。

 少しでも彼と恋人気分が味わえた事を、ずっと宝物の様に心にしまっておこうと心に誓った……



 初夏の夜風が花の頬に冷たく当たる。

 陸は花の肌に触れ、

「そろそろ冷えて来たな。家に戻ろうか?」

 いつまでも花とこうしていたいと心底思ったが、万全の身体ではない彼女が心配だった。


「……はい」

 寂しい気持ちを悟られないように精一杯笑顔を見せる。


「足、大丈夫か? おんぶしてやろうか?」

 花の頭を優しく撫でた。


 これ以上陸の優しさを受け取ったら、もう自分は彼の部下でいられなくなるかもしれない……

「大丈夫ですよ」

 気持ちを押し殺して花は微笑んだ。




 陸は部屋に着いたら、彼女にきちんと自分の気持ちを話そうと思っていた。

 秋には離れてしまう事も……

 出来る事なら、彼女も連れて行きたいと思う。

 もしそれが叶わなかったら、彼女は自分がまた日本に戻ってくるまで待っていてくれるだろうか……?


 ずっと陸は考えていた。

 ただ、『好き』と言う想いを伝えるだけなのに、花の事を真剣に思えば思うほど中途半端に自分の気持ちを伝える事は無責任なんじゃないかと。


 でも、もう限界だった。

 陸の心は花の事でいっぱいになり、本当は片時も離れて欲しくなかった。

 自分の中に、こんなに女性を想う気持ちが芽生えることが初めてで、どうしたらいいのか戸惑った。

 でも困ったことに、気持ちの整理をつけるより先に理性が抑えられなくなる。


 今日は特に、『針谷徹』と言う彼女のと親しそうな男性の存在に、花はまだ自分の彼女でも無いのに、誰にも渡したく無いと、勝手な独占欲が湧いてしまった。


 陸の中で冷え切っていた恋愛観が大きく変化を遂げている事に、自分自身が振り回されコントロールできないでいたのだ。



 アパートまでの3分位の短い距離を、二人は手を繋ぎながら歩く。

 花は終わり行く『恋人ごっこ』の時間を自分なりに消化しなければならないと思った。


 アパートの入り口まで着くと二人で集合ポストを確認する。

「あれ……?」

 花はポストの中に入っていた自分の部屋の鍵と手紙に気づく。


 切手の張っていない封筒の裏を見ると徹の名前が書いてあった。

「針谷くんが拾ってくれたんだ……」

 そう呟き安堵する花。


 陸はまた『針谷』と言う名前に敏感に反応してしまう。


『花とは一体どういう関係なんだ……?』

 聞きたくても聞けない情けない自分に苛立った。


「辻本さん、鍵見つかったので部屋にかえりますね。あの、今日は……」

 そこまで言った花は続きの言葉が詰まってしまいなかなか出てこない。


「今日は……、ほんの少しでも辻本さんの恋人になれて幸せでした。

 本当の彼女になれる人は……幸せですね! 羨ましい!」

 一生懸命笑顔を作ったものの、あまりの切なさに陸の顔を見ることができない。


「じゃ、また明日!」

 俯いたままそう言って、足の痛みを見せない様に二階に駆け上がり自分の部屋に駆け込んで行く。


 玄関の扉を急いで閉めた花は、上がる息を押し殺しながら、溢れる涙を止める事が出来ない。

 陸にとって自分は、たまたま隣にいた、同じ会社の部下だ。

 本当の気持ちをさらけ出してしまったら、きっと陸は自分の接し方に困ってしまうだろう。


 恋人同士なんてハードルの高い夢は私みたいな鈍臭い女には持つ権利もない……


(一瞬でも、私を見てくれて、手を繋ぎたいと思ってくれて、……キスしたいと思ってくれた事は、自分にとって一生の幸せな思い出になるのかな……)


 花はふらふらとベットに入り、心と身体を震わせ叶わない恋を憂い、静かに泣いた……


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