12.二度目
肩と肩が触れ合う度に幸せな気持ちになる花。
もし本当に陸と恋人同士だったら、こんな風にいつも彼を近くに感じられるのか……そう思うと、『この時間がいつまでも終わらないで……』と心から願う。
陸にしっかりと繋がれた手はこの限られた時間を惜しむかのように、どんな時も離れることはない。
「花は何食べるんだ?」
そう彼女のすぐ横で尋ねる。
花はいきなり近づいて来た陸の顔にドキッとしながら、
「サンドイッチにしょうかな……」
そう恥ずかしそうに呟いた。
「そんなんで足りるのか? まぁ、足りなかったら俺の大盛り弁当分けてやるよ」
さりげない陸言葉に、花は嬉しくなった。
「ありがとうございます!」
彼女の気持ちが声音に滲み出ていたかもしれない。
会計を終え店の外に出る二人。
「なぁ、ちょっと、公園散歩して帰らないか?」
陸は大切な『恋人ごっこ』の時間を少しでも延ばしたかった。
「いいですよ」
花は怪我をしていた足が気になったが、近いところだし快く陸の誘いを受け入れた。
「花に見せたい場所があるんだ。きっと気にいるよ」
陸は彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。
公園の門をくぐり抜けると大きな池が堂々と現れた。
辺りは暗闇ではあるが街灯に照らされた道を辿って行くと、池のほとりを囲むように設置されているベンチがいくつか目に入る。
「ここのベンチから見る夜の景色が素晴らしく綺麗なんだ」
そう言う陸にエスコートされ、ゆっくりと腰かけた。
目の前に見えた景色は街灯の明かりと、月明かりが織り混ざって、キラキラと宝石のように水面を反射する。
「わぁ……綺麗……!」
手を繋いだまま、輝くような花の笑顔に陸は釘付けになった。
二人を優しく撫でるように新緑の木々の間から、みずみずしく心地よい夜風が吹き抜けて行く。
言葉を交わすことなく静かに風の音に耳を傾けた。
花は陸の肩にもたれかかり温もりを感じる。
陸はそんな花の肩にそっと腕を回した。
「花……」
沈黙を破り陸が口を開く。
「はい……」
花は陸の表情を伺い見上げた。
「今、恋人同士なんだよな? 俺たち」
緊張した面持ちの彼を不思議そうに見つめる花。
「……そうですね」
『恋人』という響きがくすぐったくて、でも嬉しくて……陸の問いに答えるようにギュッと繋いだ手を握る。
「キス……していいかな……?」
陸はじっと花の瞳を見つめた。
「辻本さん……?」
陸の口から出た言葉に花は驚き思わず聞き返す。
「だ、ダメだよな、さすがに。ごっこじゃな?」
花と本当に付き合ってるわけでもないのに本能に任せて口に出してしまった言葉を、陸は心からもう一度飲み込めるものなら飲み込みたいと思った。
恥ずかしさに押しつぶされそうになり、柔らかな茶髪の髪をくしゃくしゃっとする。
「ごめんな、変な事言って。忘れてな!」
陸は必死に謝った。
「……いいですよ……今は恋人同士ですもんね?」
頰を赤らめる花の表情に、陸は一瞬呼吸が止まる。
恥ずかしさに俯く花を覗き込み、優しく髪を撫でた。
陸の顔がだんだんと近づき、花は静かに目を閉じる。
静かに重なった柔らかく温かい唇は、花の心までを優しく包み込み込んでいく。
それはまるで陸の心が花の中に流れ込むような心地よい痺れのようだった。
一度離れた唇を惜しむかのように花が瞳を潤ませ陸を見つめる。
陸の微かな吐息が敏感になった花の頬をくすぐり憧れの彼が自分のすぐ隣に居てくれることを肌で感じ取り夢のようなこの時間は現実なんだ……と改めて実感した。
溢れ出る陸への想いがどうか伝わりますように……、そう再び目を閉じる花。
陸はその想いを受け取るかのように、再び花に唇を重ねる。
二人の溶けあうようなキスは次第に、深く激しく求めあって行く……
あのバーの時とは全く違う花とのキスに、陸はもう戻れないかもしれないと覚悟を決めるのだった。




