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11.恋人ごっこ

 陸に抱きしめられながら、花はゆっくり気持ちの整理をしていた。

 暴力的な男性に酷い目に遭わされたものの、今目の前にいる陸は同じ男性でも花の心を優しく包み込んでくれる人だ。

 とても恐ろしい思いをした事には変わりはないが、男性によって与えられた恐怖よりも陸の温かい気持ちの強さの方が花の中では遥かに優っていた。


 もう恐怖に震えて考えるのをやめよう。

 何があってもこうして心を癒してくれる人が側にいるのだから……


 花は目を閉じて陸に全てを預け、彼の匂いや体温、呼吸を感じながら嫌な出来事を浄化する。



 ヴーヴー

 突然花のスマホのバイブが鳴り出して現実に引き戻された。

 誰だろうと、着信相手を確認すると、『針谷徹』の表示が目に入る。


「辻本さん、出てもいいですか?」

 陸に一応了解を取って電話にでる。


「あぁ……」

 陸は着信相手の名前を見た時に、花を助けに行って彼女の口から一番に名前が出た奴だと認識した。


「もしもし? 針谷くん?」

 陸と会話をする時とはまた違った親しい雰囲気で電話を取る。


『もしもし? 花? 大丈夫か? 今どこだ?』

 慌てたように大声で話す徹の声は、静まり返った陸の部屋に筒抜けになっていた。


「ごめんね、心配かけて……。昨日のことがあったから、やっぱり怖くなって針谷くんに電話しちゃったんだけど……もう大丈夫だから」

 花は安心させる様に徹に話しかける。


『もう家に帰ったのか? 一人で大丈夫か??』

 心配でならない彼の様子は、陸の耳にも触れていた。


「うん、大丈夫だよ。本当にごめんね、余計な心配かけて」

 気遣いながら彼を落ち着かせる。


『足は……どうだ? まだ痛むか? ちゃんと病院で診てもらえよ?』

 心配で今にも電話口から飛び出してきそうな徹に、花は感謝の気持ちでいっぱいだった。


 反面、微笑む彼女の姿をみる度に、陸の頭の中がモヤモヤと嫉妬の煙が立ち込めてた。


「じゃ、ありがとう。また今度、お礼にご飯でもご馳走させて」

 そう言って電話を切る。


 こんなにも自分を心配してくれる人がいる事が、花は純粋に嬉しかった。

 それはもちろん男として……とかではなく友人としてだ。


 花はふぅと一息ついて、

「お腹すきましたね」

 陸の方を見る。

 心なしか曇っている陸の表情を敏感に察知した花は、

「あの……どうかしましたか?」

 そう声をかけた。


 それを悟られまいと、

「ごめん、会話聞こえちゃって……足も怪我してるのか?」

 徹の存在は自分の中で封印する。


「はい……実は昨日も今日と同じ人に殴られてしまって……その拍子に転んで足を擦りむいたんです」

 チラッとスエットを捲り上げ、包帯を見せる。


「花……」

(一体彼女に何が起こっているのか……?)

 陸は今後も同じようなことが起こらないか心配だった。


「包帯変えてないだろ? ちょっと、そこ座って」

 救急箱を持ってくる陸。


 ソファーに座った花は、

「辻本さん、結構広範囲で擦りむいてるんで大変ですし、後で自分で出来ますから」

 これ以上陸の手を煩わせたくないと思い声をかけた。


「包帯、一人で巻くの大変だろ? 遠慮するなよ」

 そう言って一度立ち上がった花をそっと座らせる。


 スエットを捲っても包帯の先がみえてこない。

 ズボンを脱いでもらうしかないな……と思って、

「バスタオル持ってくるから、ズボン脱げるか?」

 花に確認する。


「あの……本当に、このままでも大丈夫ですから」

 笑顔で手を振る花を放っては置けず、

「信用してくれてるんだろ?」

 そう安心させるように視線を送る。


「はい……じゃあ……」

 腰にバスタオルを巻いてズボンを脱ぐ。


 太ももの上の方まで巻いてある包帯を解くのに、陸は目線のやり場に困る。

 透き通るような白い肌に変に触れないよう気を遣うが、どうしても動揺が隠せない。

 なかなか結び目が解けず手こずる陸。

「随分しっかり結んだな……」

 花を見上げると真っ赤になっている。

 陸はそんな花の恥じらう表情を見て鼓動が高鳴った。


『花がこんな怪我をしているのに、俺は何を考えてるんだ!!』

 そう戒めるように深呼吸をする。


「あの……ハサミで切っても大丈夫ですよ。針谷くんも外で解けないようにしっかり結ぶから外す時はハサミで切れって言ってましたし……」


 陸は解く手が止まる。

『この手当は針谷って奴がやったのか……?!』

 花の際どい白い肌を見てなんとも思わない男などいるのだろうか??

 絶対にそいつもやましい気持ちになってたに違いない!


 陸は緊張と恥ずかしさと、嫉妬と怒りとで頭の中が混乱していた。


 一方花は包帯が解けなくて不器用な一面もあるのだなと、逆に陸に親しみを感じていたりした。

 そんな熱い部屋ではないのに汗が光っている陸の表情が愛おしく感じる。


 やっと包帯を全て巻き終わった。

「花……腹減ったな」

 恥ずかしさを誤魔化すように額の汗を拭いながら話を変える。


「そうですね。私、何か作って持ってきましょうか?」

 そうカバンの中の鍵を探し始める。

 暫く中を探すが見つからない。


「私……もしかしてあの時落としたのかも」

 どうしようと青ざめる花。


「今日は俺んち泊まってけよ。俺はソファで寝るから」

 頭を優しく撫でる。


「……本当に重ね重ねすみません」

 花は頭が上がらない。


「じゃ、今日は花の手料理は諦めて、すぐそこのコンビニに行こう。近いしそのままの格好で大丈夫だから」

 花は頷き、陸と一緒に外に出る。


「こうやって、俺の服着てる女の子連れてコンビニ行くのって、なんかいいな」

 ふざけて笑いながら陸は言う。

 少し赤くなっている花は、

「そうですか?? なんか……誰かに見られたら誤解されちゃいますね」

 恥じらいながら陸を見上げた。


「誤解……じゃなかったらいいのにな」

 つい本音が口から滑り落ちる。


「えっ?」

 花は驚いたように聞き返した。


「せっかくのシュチュエーションだから……、家に帰るまで、恋人ごっこやろうぜ!」

 いたずらっぽく笑い、花の手を握る。


「えっ? あの……?」

 戸惑う花。


「あれ、嫌かな?」

 花を見つめる陸。


「全然……嫌じゃないです!」

 にっこりと笑って陸の手を握り返す。


 そんな二人を息を切らして花の部屋の鍵を渡しに来た徹は、複雑な思いで目撃していた。

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