1.運命のオルゴール
ラストまで書き終えてから、今この前書きを書いていますが、もしこんな風に運命的な恋愛ができたなら、最高に幸せなんだろうなぁ…と思います。
でも理想と現実はかけ離れているようで、実は紙一重なのかも…と、実体験も部分的に織り交ぜながら、自分の過去を振り返ったりして思うところも多々ありました。
人を好きになるって改めて素敵なことですね(笑)
書いていて、とっても幸せな気分になれた作品でしたので、そんな雰囲気が少しでもお読みいただける方に伝われば幸いです。
「綺麗……」
ハッとするような美しい色の石が散りばめられたオルゴールに、一気に心が吸い込まれそうになる。
『一目惚れってきっとこんな気持ちなのかしら……』
古谷花は休日のアンティークショップ巡りが、つまらない日常の唯一の癒しだ。
彼女は短大卒業後大好きな輸入雑貨屋に就職したての20歳。
仕入れからネット販売がメインの仕事だが、キャピキャピした女の子たちが多く、イマイチ空気に馴染めないでいる。
『こんなはずじゃなかったのに……』
最近毎日呪文のように頭をぐるぐる回るこの言葉。
現実なんてこんなもんかと思えるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうだ。
「あぁ、欲しい……このオルゴール。運命的な出会いだわ!!」
独り言がつい出てしまいお店の人から変な視線を浴びている私。
恐る恐る値札を見ると、
「20万……?!」
就職して数ヶ月の私にはとても手が出せない……
父と母からもらった就職祝いがスッと頭をかすめる。
『いや……、あれは本当に困った時の為に手をつけないって決めたんだから!!』
(でも……)
チラッとお店のお爺さんに視線を送る。
「あ、あのー……」
不審がられないように少しずつ近づいていく。
「あのオルゴール、どうしてもほしくて……、10万とかにならないですかね……?」
お願い!!拝むように手を合わす。
「なんだい、お嬢さん、あのオルゴールが気に入ったのかい?」
のそりのそりとカウンターから姿を現すお爺さん。
「はい………どうしても欲しいんです……。大切にしますから!!」
ぐんと頭を下げる。
「ワシも商売なんでねぇ……、そのオルゴール、20万でも破格だって思ってるんだよ。流石に10万はなぁ。お店潰れちまうよ」
ハハハと笑いながら話す。
『やっぱり無理か……』
がっくりと肩を落とした。
「でもね、なんだかそのオルゴールもお嬢さんの事気に入ってるみたいだしなぁ、どうだい? 15万で??」
優しい目で花に視線を送る。
「15万か……って、オルゴールも私の事気に入ってくれてるなんて……」
ふふと笑いながらそんな事あるわけないと思いつつも、5万も値段が下がった事に心が一気に持っていかれた。
「ワシにはわかるんだよ。古いものには魂が宿っているからね。きっとずっとお嬢さんの事ここで待っていたんだと思うよ?」
シワシワの目元を深く刻みこませながらゆっくりと話すその言葉には、なんだか本当に運命の出会いを感じる気持ちにさせられる。
『私うまく口車に乗せられてるのかな……?』
本音は半分疑いながらも、意を決してそのオルゴールを手に取った。
「お爺さん、今お金下ろしてくるからこれとっといて!!」
そう伝えて近くのコンビニに駆け込む。
手に取った15万の札束に
『パパ、ママ、私一生懸命これから働くから許して!!』
そう心の中で誓いさっきのアンティークショップに駆け込むのだった。
その夜、花は暗闇に温かい光を放つランプをつけ、その灯りにキラキラと反射する赤や青や緑の石たちにウットリとしながら蓋をあける。
しっとりとでも可愛らしく流れてくる『トロイメライ』のオルゴールに耳を傾けて心に溜まった汚いものを洗い流す。
いつもなら、『明日も仕事かぁ……』とため息をついてばかりの毎日だったが、今日は少し違っていた。
『明日はもっと違う何かが起こるかもしれない……』そうオルゴールが希望を与えて励ましてくれるようで、花は布団に入りぐっすりと眠るのだった。
早朝、ささやかに栄養のバランスを考えながら弁当を詰める。
これが愛しい彼氏のためならなんて幸せなんだろうと思うが、未だ嘗てそんな経験は一度もない。
いつものように電車に乗り職場に向かう。
朝一番に到着する花は、窓側で新鮮な光を浴びている花や緑にたっぷりのお水を与える。
「今日も一日元気で過ごすんだよ!」
そう言葉をかけると『うん!』と返事をしてくれているようで幸せな気持ちになる。
幸せなのはいつもここまで。
これから出社してくる『流行の最先端を生きちゃってます!』みたいな女子たちと、今日も顔を引きつらせながら話を合わせなければならないストレスを、想像するだけでテンションだだ下がりである。
素直になれば、冴えない自分に対しての言い訳なのかもしれない。
見た目も中身も頭もセンスも中の下。
運の悪さは下の下。
今日も最初に取った電話がいきなり理不尽なクレーム。
キャピキャピの同僚にいいように仕事を押し付けられ昼休みを削る。
普通に使っているコピー機がいきなり自分が使うと壊れ、たまたま落としたゴミを上司に見つけられて怒られる。
こんな日常は特別なんかじゃなくて、毎日の事だ。
昔からとてつもなく運の悪い私は、もう一生きっとこんな思いをしながら生きていくんだろうと、もう諦めている。
『だからへっちゃらなの!!』必死でそう言い聞かせて今を生きている。
私の人生、こんなもん。
死なないだけマシ。
そう思って一日を乗り切っても、家に帰るととてつもない疲労感と、惨めさに襲われる。
一人暮らしで誰にも話すこともできない今は特に……
でも、ささやかに目の前で輝くオルゴールは花に明日は楽しく過ごせるかもしれない……と、小さな希望を与えてくれる。
「……ん? あっ!!」
突然明日のお米がない事を思い出す。いつもかけている黒縁メガネを探したが見つからず、近くのスーパーが閉まってしまう事に焦り急いで部屋着に上着を羽織ってそのまま外に飛び出す。
ドンッ!!
物凄い衝撃を受けて尻もちをつく。
メガネをかけていなかったからよく見えなかったけど、隣の住人らしき人に思いっきりぶつかった。
「ご、ごめんなさい……イタタ」
視線を送ると男性なのはなんとなくわかった。
「おい、大丈夫か?」
手を差し伸べてくれているにもかかわらず、気づかずそのまま一礼して走り抜けた。
あまりの突然の出来事にその隣の住人は一瞬時間が止まったように思えた。
嵐のように去っていく彼女の後ろ姿を見つめながら、ふわっと残ったシャンプーの匂いを記憶に残す。
隣に住む花の会社のバイヤーを務める辻本陸はもう一ヶ月も前から隣に住んでいるのに一向に気がつかない花を今の支店に出張に赴いた日から実は知っていた。
赴任初日、いち早く勤務先に出向いたかと思っていた陸は、一足先に出勤していた彼女が花や緑に話かけながら水をやっている姿を陰で微笑みながら見つけていた。
それから次から次へと、災難が降りかかる彼女から目が離せなくなっていく……
ある時たまたまアパートの入り口を入っていく姿を見かけ、まさか隣に住んでいるとは……あまりの偶然に絶句したのである。
花は今日も気がつかない。
これから大きく運命を動かす事になるであろう彼の存在に……
疲れ切った花は、トロイメライを聴きながら静かに目を閉じるのであった……