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不死の少女

「不死の少女って言うのは、君の事かな?」


 その声はいつも聞いていた声とは違う声だった。

 違う人物の声、と言うのもそうだがいつもの高圧的で暴力的な雰囲気が感じられない。どちらかと言うと優しく語りかけるようなふんわりとした物を感じる。

 少女はうつ伏せで顔を横に向けたまま、長い髪の間から覗く瞳だけを動かして男を見た。そしてそのまま興味を失ったかのように視線を下げてしまう。

 身なりの良さそうな、少女にとっては見たことも無いタイプの人間だ。きっと良い身分の生まれで良い家庭を持って良いご飯を食べて、良い暮らしをしてきて理不尽なんて無くて。これからもそうしていくタイプの人間。わざわざこんなところに来る理由など分からなかったが少女自身には関係無いと、そう思った。


「あ、あれ? ファーストコンタクト失敗……? どうしよう大和、僕なんか変な事言ったかな? 目も合わせてくれなかったよ!」


 柔らかい表情から一転、おろおろと男、リエルは後ろからやり取りを眺めていた大和に助けを求める。

 その様子を見て大和はやれやれと首を振りながらリエルの横に進み出た。


「まだ一声かけただけでしょう。諦めるのが早すぎますよ」

「そうだね! じゃあ大和、君に決めた! 頼むよ」

「なっ……はぁ。リエル殿、最初から私にやらせる気でしたね?」

「良いじゃない別に! ぷふっ……必要な部分を説明してくれたら後は僕が話すからさ」


 リエルはまたも態度を一転、明らかに馬鹿にするようにビッ!と大和を指差し行ってこい!と笑い少女と大和から離れてしまう。


「貴方という方はなぜいつも……まぁいいでしょう」


 大和はため息を吐きながら自身の上着を脱ぐと何も着ていない少女にふわりと被せた。


「少女が裸ではいけませんよ。しかし調度良いものが無いので少しの間それで辛抱してください。初めまして、私は大和。そこにいる方はリエル・ヒルフェン殿。私の上司です。もう一人アネム殿という方がいるのですが今は別行動をしているので紹介できませんね。私達はギルドからの依頼……とある事情から不死の少女、貴方をこの状況から救い保護するためにやって来ました。分かっていると思いますが、このままここに居ることは貴方にとって悪い事しかない。私達と一緒に来て頂けませんか? 少なくとも今までよりは良い環境で生活出来ることを約束しましょう。勿論、故意に危害を加えたり不死と言う特殊性から貴方を研究対象として見たり、取引の材料に使う等と言ったことは有り得ません」

「うん。もういいよ大和」


 リエルは盛大にため息を吐きながら大和に戻ってこいとジェスチャーで促す。


「リエル殿、それは流石にどうかと思いますが」

「うん。実は僕もどうかと思うんだ。子供に対する説明にしては小難しくない?」

「なら、貴方が説明すれば良いのではないですか?」

「オーケーオーケー、君よりは上手くやってみせよう」


 明らかな落胆の様子に納得出来ずに抗議する。しかし文句をさらりと流し、グッと良い笑顔でサムズアップ。そのまま少女の元へ軽い足取りで向かう彼を、本日何回目か分からないため息で大和は見送ることになった。


「はぁ……大丈夫ですかね……」


 そう言いながら、大和はリエルという男が気紛れの塊のような、それでいて何かと優秀な男だと分かっているからかきっと上手くやるだろうと思った。自分だけでなく、少女のことも振り回すのだろうとも思いながら。

 リエルは最初に声をかけた時と同じように座り込みながら、土にまみれた髪を優しく掬い上げるように払い除けた。弱々しい深紫の瞳が、地面にある何かをぼうっと見つめるようにして動かないでいる。おそらくは、何も見てはいないのだろう。それがリエルには、少女が生きることの全てを投げ出してしまったように映った。だから、


「生きることに飽いてしまったのかい?」


 その一言に少し。そう、ほんの一瞬だけ瞳が揺らいだのを見逃さなかった。


「君みたいに小さな子がこんな場所でどう生きて来たんだろうね。そんな風になるまで足掻いて、もがいて、這いずって。結局不死の少女なんて噂が出回る程この場所で……この辺りの血は全部君の物かな? どうにかしないといけない。どうにかしたい。だけどどうにもならないと、君は何回悩んで何回叫んだのかな。そんな君の苦しみも痛みも、今こうしている限り誰も分かっちゃくれない。誰も助けてくれない。あぁ、だから飽いてしまったんだろうね。今まで君は運が悪かったんだ、笑っちゃうくらい。でもね、君はこれからはきっと運が良いんだと思うよ。何故か。僕達がここに来たからだ。今まで何をどうしたって何にも出来なかったことを、僕ならどうにだって出来る。してあげられる。君が何を思って今まで生きてきたのか、僕達は聞いてあげよう。君が今この世界で一番に欲する物はなんだい? 僕の目を見て言ってごらん? 僕は、僕達はそれを君にあげるために来たんだ」


 少し大袈裟に、芝居染みた身振り手振りを交えながら話すと、出来ないこともちょっとはあるけどね、と彼は笑う。

 ただ一点を見つめていただけの少女は彼の言葉に何かを感じたのかほんの少し視線を上げ、再びリエルを視界に入れた。


(多分、嘘じゃない)


 身なりの良さから身分が良いだろうという事、金もあるだろう事が分かる。こんなところにわざわざ来るとなればきっと力もあるのだろう。もしならず者達に出会ったとしても相手が出来て、しかも倒してしまえる程の力がきっとある。少女が不死だと知っている事と保護しに来たと言う事から表通りの誰かが不憫に思って助けを頼んだのかも知れない。

 助かる。そう、助かるのだ。スラム街での暮らし、その日を生きるのに精一杯で、食事すら満足に取れなかった。ならず者達に捕まってからは生きているとすら言えないような、死に続ける毎日。辛いとか苦しいとか、そういった次元で少女は生きていない。好き勝手に弄ばれた挙げ句ボロ雑巾の様に命を捨てられる日々。此処はもう少女にとっては地獄そのものだった。

 その最低な日常から逃げ出せると、逃がしてくれると彼は言う。藁にもすがる思いと言う奴だろう。少女はリエルと目を合わせ掠れた、小さな声で言った。


「…………し……て…………あ……ます」

「……聞こえないよ、しっかり喋ってごらん」

「……こ……て…………わた……し、を…………殺し……て……」


 わたしを殺して。祈るような、心の底から絞り出すような声だった。途切れ途切れではあったが、間違いなくそう言ったのだ。まだ十にも満たないであろう幼い少女が殺してと願っている。それはつまり、()()()()。全ての人間が普通に経験することになるであろう普通の死。二度と目が覚める事の無い、二度と何も感じる事の無い普通の死を心の底から望んでいる。無理も無いのかも知れない。死んでも次の日には生き返っている少女。そんな少女がならず者の集団に捕らえられたと聞けば、逃げる気力すら奪い尽くす程に弄ばれたのだろう事は簡単に想像できてしまう。

 生きることに飽いてしまったのでは無い。生きることに絶望してしまったのだと、それが少女と目を合わせ見つめるリエルからは、全て分かってしまった。

 リエルはそんな光景を眺めて、聞いて、目を閉じた。


「分かった。それが君の欲しい物か……アネム、黒い方を」

「はい、ご主人様」


 いつからだろうか。リエルの斜め後ろに控えるようにしてアネムと呼ばれた女はそこにいた。返事と共にリエルの横へ進み出ると、どこから取り出したのか銀色のアタッシュケースを開け差し出す。リエルはそこから手に取った物を少女に向けた。黒い物体。想像より小さく、日に当たり鈍く光るそれは少女からしてみれば頼り無く感じる。しかし、突き付けられたそれに空いた小さな穴から感じる何かが、今まで毎日のように訪れてきた死を予感させた。


「これはこの世界に一つしか存在しない拳銃と言う武器だ。特殊な武器でね、君の不死の魔法も無効に出来る。僕がトリガーを引けば君は死ぬ。何か言い残す事はあるかい?」


 聞いた事の無い武器だったが少女は意外にもすんなりと、その武器によって自分は死ぬのだと納得することが出来た。理由は分からないし必要も無い。

 やっと終わる。この地獄のような毎日から逃げ出して全てを終わりにすることが出来るのなら、もうなんでも良かったのだから。


「あり……がとう…………ます」

「礼は要らないよ」


 少女が目を閉じ、ほんの少し涙が伝う。それを見てリエルはトリガーに指をかけた。


「さよならだ、不死の少女。次は良い人生を送れると良いね」

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