来訪者
ファスティアという都市がある。商業都市として栄えるそこは王都ヴァナフィムに程近く、水や食べ物といった食料に始まり武器や防具、衣類や医療品、指輪やネックレスといったアクセサリー等々。様々な物資が行き交うことで賑わいを見せる。
ヴァナフィム王国にとって無くてはならない大都市であり、その性質から王国の生命線と言っても然程間違いではない。
王国で初めて商業ギルドを作り上げ、物資の流通を円滑にしたロギン・ファスティアという男こそがこの都市の名の由来でもあり、商業都市ファスティアを治めた最初の公爵として語られている。
何を欲するにしろ、ここを訪れれば必要な物は全て揃うとすら言われ、商業の中心となる都市ともなれば人の出入りは激しい。
老若男女、亜人や獣人といった種族も貧富の差も問わない人々や物資達。それ等が日々忙しなく行き交うのだ。
そんな性質を持っているからなのかこの都市に店を構える事を人生の目標にする商人も多く、そういった者達が中心となり発展を繰り返してきた。
華やかな印象を誇るファスティアだが、大都市であるが故に相応の闇を抱えてもいる。決して表に出ることの無い裏の取引は勿論のこと、都市の端々には人が訪れず廃れてしまった所も垣間見える。その一部はスラム街となり、行き場を失った人々が集まり細々と生きているというのは、ファスティアの抱える闇の一部でしかない。
そんなファスティアのとある裏路地を、林檎片手に歩く男がいた。黒く落ち着いた印象のスーツ、整えられ清潔感のある髪。背はそれなりに高いがパッと見た感じでは都市を見渡せば何処にでも居そうな冴えない印象の男。しかし間違っても小汚ない裏路地を練り歩くにしては身綺麗すぎる。そんな男だ。
その後ろにはメイド服に身を包んだ凛とした印象の女とモノクルを掛けた端正で知的な顔立ちの男が続く。
しばらく林檎を食べながら歩いていた男だがやがて林檎が芯だけになると左後方、モノクルの男のいる方角に向けて、やや高めに放り投げた。
「大和」
男が前を向いたままそう一言だけモノクルの男に呼び掛けると、大和と呼ばれた男のため息が聞こえる。直後、林檎の芯は空中で突然燃え上がり、不自然に風に煽られたかと思えば炭だけになり形を崩しながら何処かへと消えてしまった。
男はやはり前を向いたままだったが、何が起きたのかは分かっているのか、ニヤリと笑みを浮かべた。
「おお~、流石。後で金貨三枚程あげよう。好きな物買うといいよ」
「急にこちらに投げないでください。汚れたら困るでしょう」
「ん? だって準備してたでしょ? だから大丈夫かなって」
「リエル殿がそういう方だからですよ。魔力の無駄になるので普通に捨てて頂きたいのですが」
「遊び心ってやつだよ。こういうのは意外と大事なのさ」
「理解しかねますね。ただ、金貨は頂いておきます」
一連のやり取りの中でも一行は歩む速度を変えず当然のように路地を進んでいく。右後方に控えた女がリエルの横まで進み出てハンカチを手渡すと、受け取ったリエルは手と口元を綺麗に拭き軽く折り畳んで返した。用が済むと女はまた右後方に控える。定位置なのだろうか。
「例えば、林檎を食べ終えた人の行動としてはゴミ箱を探して捨てたり、そのまま道端に投げ捨てたり。まぁ何通りかあると思うんだけどそこにはその人の性格や考え方が出やすい。僕が一人なら、知らない誰かと一緒なら、多分大多数の人がするようにゴミ箱を探していただろうね。そうしたら一緒にいた知らない誰かは特に何の感慨も無くあぁ、この人は普通にゴミ箱を探して普通に捨てる普通の人なんだって思うかもしれない。むしろ何も思わないかも。そこからは生まれるものは何もないよね。でも僕は大和、君と居たんだ。僕は君が林檎の芯くらいは簡単に処理出来る技量があり実際にそれをやってみせる行動力があることを知っている。そして君が魔力を練り上げている事に気付いていた。僕はその目的が林檎の芯を処理する為だという事も気付いていたし、君もきっと僕が林檎の芯を処理させるのだと理解していたのだろう? 僕と君がそれぞれお互いを理解し、ある意味で信頼していたからこそ出来たことだよ。僕と君ならではの信頼関係の確認作業、コミュニケーションってやつ。このやり取りを通して僕と君の関係はより深まったってわけ。分かるかな」
「深まってはいないでしょう。長々と話してますが察するにゴミ箱を探すのが面倒臭いから私に押し付けただけであって、私が魔力を練ろうが練ってなかろうが関係無かったのでは?」
「む、よく分かってるじゃないか」
「何回同じようにリエル殿の出すゴミを処理してきたと思っているんですか?」
「うーむ、流石だ。僕の専属ゴミ処理係に任命しよう」
「結構です」
「あはは、つれないね。ところでアネム。依頼書はある?」
「はい、ご主人様。こちらに」
なんとも軽い調子で笑いながら、手渡された紙、依頼書を眺めリエルは歩き続ける。何かを考えるようにしていたが、やがてよしっと呟き依頼書を返してから口を開いた。
「アネム、ここに書いてある男達の特徴。覚えてる?」
「はい、依頼に関する事は一通り頭に入っています。彼等が動くのは夜だと記憶してますが処理しますか?」
「一応ね。保護対象とは話し合いをしないといけないかもしれない。邪魔されたくないんだ」
「承知しました。ではそのように」
言い終わると同時、アネムの姿が消えかける。が、リエルが思い出したようにあぁそうだ、と呼び止めると消えかけていたアネムはハッキリと姿を見せ、首を傾げた。
「どうかなさいましたか?」
「彼等の処理なんだけどね。どこか一ヶ所にまとめておいて。後でファスティア卿に突き出して困らせてやろう。彼の面倒臭そうな顔が目に浮かぶよ」
「承知しました」
ニッと笑みを浮かべ、軽くウインクをする彼にアネムは綺麗に一礼すると今度こそその場から消えるのだった。
「アネムは僕の前だと立場のせいか遠慮が見えるね。いつも通りで良いのに。で、大和は魔方陣魔法の研究の方はどうなんだい?」
「リエル殿に研究所を建てて頂いたお陰で以前よりかなり進んでいますよ。相変わらず通常の魔法の発動に比べて魔力の消費が多いことや必ず詠唱が必要になること等、魔方陣魔法特有のデメリットはありますけどね。現在はサンプルが取りやすい四精属性を中心に研究、開発を進めていて種類によっては現実的に日常生活や戦闘に組み込む見通しが立っているものもあります」
ずっと前を歩いていたリエルは大和の横に位置を変えて真面目な顔で話し始めた。さっきまでのふざけた態度からすればまるで別人のよう。
対してコロコロと態度が変わるリエルの挙動に慣れきっているのか、大和は特に気にしない様子で応じていく。
「へぇ。面白くなってきてるね。それ、もうちょっと早く進められたりしない?」
「極東に関しての研究の時間をそちらに使えば出来ない事は無いと思います……それを聞くと言うことはリエル殿は近々魔方陣魔法が必要になると?」
「ん~。あくまで可能性の話、かな。ほら、僕の村の子達って面白い子が多いじゃない? 依頼書通りなら今回はそこに輪をかけて特殊だから、便利な玩具があった方が皆色々良いのかな? と思ってね。極東の方は進んでいるのかい?」
「なるほど……極東に関しては現在行き詰まっています。やはり独特の文化があるようで、今度私が直接行かねばならないでしょうね。あそこまで行く時間はしばらく取れそうにないので極東の研究は後回しにして魔方陣魔法の研究に専念することにしましょう」
「出来れば極東の研究の方をさせてあげたい所だけどそうも言ってられないかもしれないからね。よろしく頼むよ」
「元々リエル殿に拾って貰えなければ私は極東の研究も魔方陣魔法の研究も進める事が出来ませんでしたから、その辺りの指示には従いますよ」
そうしてしばらく話しながら歩いていた二人は、目的の場所に着いたのだろう。足を止めて辺りを見渡した。
至るところに飛び散り染みとなった血の跡。澄んでいるとは言えない、淀んだ空気が辺りを満たしているかのような空気感。
その片隅でうつ伏せに倒れた、幼い子供が目に留まった。髪は土に汚れ衣服は無く、死んでいるのかと思う程にじっとして動かない。しかし微かに上下する身体を見るにどうやら生きてはいるようだ。
そんな光景を目にしたリエルは躊躇無く子供の元へ行くと、汚れの無いスーツが汚れることを気にすることも無く座り込み話しかけた。
「不死の少女って言うのは、君の事かな?」