ポメラニアン ステータスウィンドウを開く
「コハナ。助けてもらったお礼をさせてくれないか?」
唐突に告げる俺ことイケボポメラニアン。
モフモフと俺の毛の感触を楽んでいた少女は、目を丸くして、首をブンブンと振る。
「お、お礼だなんて!わたしはポメさんを助けたくて助けただけですから・・・!」
それでも、この少女は俺の命を救ってくれた。
自分の生活の糧を犠牲にしてまで。
普通できるか?
少なくとも、35歳おっさんだった時の俺だったら、自分を犠牲にしてまで、犬ころの命を救おうとは思わない。
自分の利益が一番大事。
それが、学校で、バイト先で、社会を生きるにあたって学んだ、大人の知恵。
薄汚い知恵。
だからこそ、この純粋な少女の行いが、俺には眩しかった。
恩を返したい。
35年間生きてきて、初めて湧いた感情だった。
「頼むコハナ。俺の気がすまないんだ。何でもいいから、恩返しをさせてくれ」
「何でも・・・本当に、何でもですか?」
ん?そこ、反応するところだったか?
まあいい、お礼をさせてくれるのなら。
「ああ、何でもだ!って言っても、犬の俺にできることなんて、たかが知れてるけどな」
「ワンちゃんにできること・・・何でも」
思いを巡らせてるのか、コハナの視線が泳ぐ。
かと思うと、俺をじっと見つめる。
心なしか、視線が熱い。
「ポメさんがそこまで言うなら。今晩は、わたしのお家に泊まっていってくれませんか?」
「泊まる?そんなことでいいのか?」
「はい。わたし、ひとりぼっちですから。夜はいつも一人だとさみしくて。お相手をしてくれたらとっても嬉しいなって」
「話し相手か?それなら、何晩だって相手になるぞ」
「本当ですか?嬉しいです」
ニッコリと微笑むコハナ。
だけど何だか、さっきまでのお日様のような笑顔と違うような。
コハナの頬がわずかに上気して赤くなってる。
視線は絡みつくように、熱を帯びてる。
あれ?何か雰囲気違くない?
「・・・今夜が楽しみです」
ん?小声で聞き取れなかったけど、何か言ったか?
くるりとまわって背を向けるコハナ。
ゆっくり立ち上がると、肩ごしに笑顔で俺に微笑みかける。
その笑顔は、お日様のような柔らかい笑顔に戻っていた。
「決まりです。そしたらポメさんをうちに招待しないとですね」
「あ、ああ、うん」
気のせい・・・だったか。
路地裏は薄暗いし、光の加減で表情が変わって見えたのかもしれない。
とにかく、俺の恩返しの提案は受け入れてもらえそうだ。
細かいことはどうでもいいか。
「そういえば、もうすぐ日曜学校の時間でした。ポメさんも一緒に行きますか?」
「ああ、恩返しする約束だからな。ついて行ってもいいか?」
「もちろんです!日曜学校は街の教会で開かれるんです。案内しますね。」
そう言うと、コハナは軽い足取りで歩き出す。
俺も短い4本足を動かして、コハナの後を追う。
こうして、俺の恩返しが始まった。
コハナと出会った路地裏から15分くらい歩いたところに教会はあった。
3階建くらいの大きさで、建物の上には細長い鐘楼がついている。
入口と思われる扉の上には、布を纏った聖者の彫刻が彫られている。
教会の裏手の一角、木材やら麻袋が積んである資材置き場のような所に、俺とコハナは身を隠した。
「わたしはこれから日曜学校でお勉強をしてくるので、ポメさんはここで待っててください」
「ああ」
「2時間くらいで戻ってきますから。人に見つかっちゃダメですよ?」
まあ、さっきの騒動の場所からそんなに離れてないしな。
衛兵が巡回に来るかもしれない。
けど、犬になって明らかに嗅覚と聴覚が鋭くなった。
特に嗅覚の方は人間の時の比じゃない。
土の匂い。
土に潜む虫の匂い。
麻袋の匂い。
麻袋の中にあったであろう小麦の匂い。
コハナの匂い。
教会の中に居るであろう人の香水の匂い。
遠く離れたパン屋から漂うパンの匂い。
この近辺だけでも、数十、百近くの様々な匂いが溢れている。
そしてその全てを嗅ぎ分け、距離まで判別することができるのだ。
何なら、コハナのパンツの匂いだって嗅ぎわけられる。
ふむ、少し汗をかいてるかな?さっきまで歩いてたからな。それに、微かに香るこれは、コハナのおしっーーー
「ポメさん?どうかしましたか?」
「あっ、いや、うん!な、なんでもない!」
まあとにかく、この嗅覚なら衛兵が近づいてきてもすぐにわかるから問題ない、ということだ。
「それじゃあ、いってきますね」
そう言うと、周囲に人がいない事を確認して、コハナは教会の方に駆けていった。
「ふぅ・・・さて、と」
コハナが帰って来るまで2時間くらいある。
ポカポカと差し込む陽気。
木箱にもたれかかって、ついつい昼寝をしてしまいそうになる。
っと。
寝てる場合か。
異世界に転生して、ポメラニアンになって、ようやく考える時間ができた。
俺はこの世界について、まだ何も知らない。
モフモフの毛があるから衣服はともかく、水と食糧、そして最低限の住居は早めに確保しておきたいところだ。
じゃないと雨ざらしの中野宿で、虫でも食べなきゃいけなくなる。
犬になったけど、虫はやだなぁ・・・
それに、俺はコハナに恩を返すと決めた。
花を売って、ギリギリ生活の糧を稼ぐ、痩せぎすな少女。
あの娘をお金持ちにして、美味しいものをたくさん食べさせてやりたい。可愛い洋服をたくさん着せてやりたい。
それが、俺が異世界に来て、新しくできた生きる理由。
しかし、新しい世界で人より金を稼ぐためには、情報が圧倒的に少なすぎる。
「まずこの世界だけど、本当に異世界なのか・・・?」
生前に読んだ小説だと、死んで異世界に転生する、なんてのはよくある話だった。
赤ちゃんに転生して、人生をやり直して最強の魔術師になったり。
ス◯イムに転生して、捕食スキルで体内にドラゴンを飼って最強になったり。
・・・ポメラニアンは無いよなぁ。
女の子に可愛がられて、その隙にスカートの中に潜り込む、くらいしかできないもんなぁ。
あれ?それって、ある意味最強なのでは?
まあ、それはともかく。
ここが本当に異世界なのか、って話だ。
今まで見てきたことを思い出す。
舗装された石畳みの街路。
馬に引かれた荷車。
建物は全体的に木で組まれているようだ。
それに教会と、コハナが通っているという日曜学校。
「ヨーロッパあたりの田舎の街、という可能性もあるのか・・・でも」
俺のいた世界では説明がつかない現象もある。
あの声だ。
「レベルが上がりました」とか「キャラクターネームが登録されました」とか、突然頭に響いた、機械的な声。
俺の幻聴だって可能性もあるけど。
「レベルとか、キャラクターネームとか、まるでRPGだな。ってことは、ひょっとして・・・」
試してみる価値はあるか。
俺は4本足で立ち上がると、天に向かって高らかに叫んだ
「ステータスウィンドウ!オープン!」
ヴォンッ
うおっ!?まじで出たよ!?
俺の目の前には、青白く光る細長い板のようなものが出現した。
板には左から「ステータス」「スキルツリー」「マップ」「アルケミー」「エンサイクロペディア」と書かれたタブがついている。
完全にRPGでいうところのステータス画面だ。
まさか一発で出るとは。
やばい、ちょっとテンション上がってきた。
とりあえず、一番左の「ステータス」のタブを凝視してみる。
すると板ーーーメニューバーの下にウィンドウが現れる。
ウィンドウの中には細かな文字で、俺の情報が羅列されていた。
ポメさん(pome-san)
種族:獣族
種別:ポメラニアン
性別:オス
年齢:2歳
LV 5
HP 215/215
MP 45/45
力(STR) 18
防御(DEF) 6
敏捷性(AGI) 40
知性(INT) 3
幸運(LUK) 12
やっぱり名前「ポメさん」なのか・・・
しかも「ポメ」じゃなくて「ポメさん」までで正式名称なので、さん付けで呼ばれると「ポメさんさん」である。荒川リバーとか江戸城キャッスルとかの謎標識みたいだ。
正直、めちゃくちゃかっこ悪い。
そしてステータス。
他の数値に比べて、圧倒的に低い「知性」
やだ、わたしの知性低すぎ・・・
は?なんなの。喧嘩売ってんのかゲームマスターさんよ。
あと、比べるものがないので、高いのか低いのかはイマイチわからないが、敏捷性に優れていることだけはわかった。
犬だもんね。
他にもステータス欄には、事細かに俺の情報が載っている。
好きな食べ物、嫌いな人、よく聴くアニソンから、昨日のオカズであるエロ3DCG作品のタイトルまで。
まてよ。
もし、他人のステータスを見ることができるスキルとか道具なんかがあったら、この世界を生き抜く上で、かなり有利なんじゃないか。
情報を制する者は世界を制する、と言うくらいだし。
例えば商売をするとして、お客さんが欲しがっている物を一方的に知ることができれば、商売は繁盛だ。
他には、情報屋なんかをするのはどうだろう?
探りたい相手の情報を、タダ同然で手に入れることができるのだ。
権力者にとって、敵勢力の情報なんか、喉から手が出るほど欲しいはずだ。それを売るとか。
「でもなあ・・・」
俺、犬だし。
犬がどうやって接客するんだ?
犬の言ってる情報を信じる権力者なんているか?
いい思いつきだと思ったんだけどなあ。
ステータスを利用しての金儲けは、とりあえず保留ってことで。
俺はステータスウィンドウを閉じた。
メニューバーにあるのは「ステータス」「スキルツリー」「マップ」「アルケミー」「エンサイクロペディア」
俺はその中でも、4番目のやつが心に引っかかっていた。
「アルケミー?確か、錬金術って意味だったっけ」
とりあえずタブを凝視してオープンしてみる。するとーーー
薬草
レア度☆
イオキア大陸でとれる一般的な植物。傷口に塗ったり、服用したりすることで、身体機能がわずかに回復する
必要素材 イオキア草
おお。
これは、RPGでよくあるところの、アイテム合成じゃないか。
さらにその下を見てみると
薬草 ☆
回復薬 ☆☆
強回復薬 ☆☆☆
豪力薬 ☆☆
装甲薬 ☆☆
瞬走薬 ☆☆
天啓薬 ☆☆☆
回復塵 ☆☆☆
強回復塵 ☆☆☆☆
と続いて・・・
万能霊薬 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
まで、回復アイテムだけで数十種類と続いていた。
これは・・・使えるんじゃないか?
錬金という方法はまだわからないが、なるべく素材が集めやすくて、かつ、レア度の高いアイテムを錬成する。
もちろんこの世界でも、錬金のレシピはある程度体系化されているだろう。
あるいは、俺みたいなステータスウィンドウ持ちが他にもいて、レシピを大公開。なんてことをしてたら、この作戦は使えない。
でも、もしこの世界で、錬金のレシピがまだ網羅されていないとしたら。
まだ知られていないアイテムを、俺が錬成することができたら。
それを売って、コハナの生活を楽にできるだけのお金を、手に入れることができるかもしれない。
そう思うと、踊り出したいような気分になった。
コハナに恩を返せる。コハナの笑顔をもっと見られる。
よし、それでいこう。
名付けて、アルケミスト作戦。
ようやく展望が開けて、俺はウキウキ気分だった。
そんな時、人間だった頃より遥かに鋭くなった俺の耳に、教会の中から聞こえてきたのは。
「ーーーコハナさん如き貧乏人が魔法学校なんて、100年はやいですわ!」
そう叫ぶ、高飛車な少女の声だった。




