ポメラニアン 少女に出会う
喧騒に包まれる大通り。
等間隔でぐるりと取り囲む衛兵。
その穂先は全て、中心にいる俺こと・・・ポメラニアンへと向けられていた。
「そこを動くな!貴様・・・何者だ?」
うん、俺もそれ知りたい。俺なに?なんでポメラニアンなんかになっちゃってるの?
「黙秘・・・か。存外賢明な魔獣のようだ。だが、しらを切れば」
ガシャリと、包囲を一歩狭める衛兵。
「痛い目をみるぞ?」
やばい、この人たち本気だよ。本気でこの可愛らしいモフモフ毛玉に、あの尖った槍でブスってやる気だよ!鬼か。
何か言わないと!
「ご、誤解だ!俺は魔獣なんかじゃ・・・」
あら俺の声イケボ。
生前のキモオタボイスとは明らかに声が変わってる。
男性声優でいうなら、大◯明夫とか中◯譲治あたりのイケメンボイスである。
イケボポメラニアン、ここに爆誕。
「喋った・・・!?」
「人語を喋る魔物など、高位のドラゴンくらいしか・・・」
「となれば、やはり魔獣か!?」
「多少傷つけても構わん。殺さず確保しろ」
殺気立つ衛兵達が、ジリジリと歩幅を詰めてくる。
俺に向けられる槍の穂先が陽光を反射して、ギラリと光る。
刺される。グサグサと、あの尖った槍で。
絶対に痛い、血も出る。嫌だ。
せっかくおっさんからポメラニアンにランクアップしたのに。女の子のスカートの中に入り放題だと思ったのに。
俺は、俺はーーー
「大変ですっ!!!トロールが、城壁の外にトロールの群れが!!!」
どこからか少女の叫びが聞こえた。
刹那の後に広がるどよめき。
それはじわじわと大きくなり、やがて爆発した。
飛び交う怒号と悲鳴。我先にと逃げ出す人々が、マルシェの屋台をなぎ倒していく。
「トロールだとっ!?」
「魔人の先兵かっ・・・ええい、それは確かなのか!?」
「いま叫んだのは誰だ?どこにーーーぐおっ!」
混乱する群衆に飲み込まれる衛兵。
俺に対する包囲が崩れた、その時。
「こっちです!!!」
衣料品店とパン屋の僅かな隙間、60cmくらいの幅しかないその隙間から呼びかける声。
ためらう暇もない。俺は4本足で駆け出した。
「あっ!貴様っ!」
「まてっーーー」
あと10メートル!
あと5メートル!
あと1メートル!
俺は建物と建物のわずかな隙間にダイブする。
一瞬遅れて、衛兵のゴツい手が伸びてくるが、幅広い金属鎧が入口で引っかかる。
大人の男、それも鎧を着込んだ兵士ではこの隙間には入れない。入れるとしたら、犬か猫か、子供くらいだ。
俺は無我夢中で建物の隙間を走った。
まだ4本足で走るのに慣れない。
というか、この足短すぎ!動かし方がわからん。
そのせいで何度も転んだが、モフモフの毛皮のお陰で痛くも何ともなかった。
ほどなくして道が少し広くなる。
苔むした地面。
建物と建物のわずかな隙間に差し込む陽の光が、一人の人物を照らし出す。
俺を呼んだ声の主。それは・・・女の子だった。
「もう大丈夫ですよ。仔犬さん。」
おかっぱの黒髪。
整った顔立ちは、やさしい笑みをたたえている。
ほっそりとした体に纏った服は、ボロボロで、あちこちにツギハギの跡がある。
11〜12歳くらいの、陽の光で照らされたその少女から、俺は目を離すことができなかった。
「仔犬さん?どうかしましたか?」
「あ、いや、俺は、その」
数瞬、見とれていたことが恥ずかしくなって、とっさに喋ってしまう。
あ、しまった。
また悲鳴をあげられるかもしれない。
衛兵はここには入ってこられないだろうけど、それより、女の子に悲鳴をあげられるのって、なんか傷つくんだよね。
どんな反応をされるかわからなくて、俺は身構えた。
でも。
少女はニッコリと笑った。
「わぁ!犬さんなのに、本当にしゃべるんですね」
「・・・怖くないのか?」
「こわい?どうして?とても可愛いですよ」
そう言って、少女はしゃがんで、俺を抱きしめた。
「あぁ、このモフモフがたまりません・・・それにお日様のにおい」
俺の頭に顔を埋めてにおいを嗅ぐ少女。
「あっ、ちょっ・・・ち、近いっ」
少女の頰が俺こと、ポメラニアンの頭に触れる。
生涯で初めての、女の子との接近。
微かに香る石鹸の甘いにおい。
35歳童貞おっさんの脳内メモリが、熱暴走で悲鳴をあげる。
ただでさえ速い犬の心臓の鼓動が、さらに勢いを増して、耳にうるさい。
「?どうかしましたか?」
「な、なんでもない!それより、さ、さっきは助かったぞ・・・ありがとう」
照れ隠しにお礼を言っておく。
「お前のおかげで衛兵に刺されずに済んだ。えーっと・・・」
「コハナです。コハナ=ミルヒライト。仔犬さん、あなたは?」
「俺か?俺の名前は・・・」
転生前だと荒草弾なんだけど、学生時代に名前でからかわれていた経験から、あんまり名乗りたくないんだよな。
そうだ。
せっかくだから、前から言ってみたかったあのセリフ、言ってみるか。
「なに。ただの通りすがりのポメラニアンさ。覚えておいてくれ」
バァーン!
決まった。
前から言いたかったんだよね、このセリフ。
ちなみに俺は、平成より昭和派だけど。君は何派?
「ぽめら・・・にあん?変わった名前ですね。ちょっと長くて言いにくいから・・・ポメさん!ポメさんって呼ばせてください。」
「あ、いや、ポメラニアンというのは名前ではなくて・・・」
微妙に噛み合わない会話をしていると。
『キャラクターネームが ポメさん として登録されました』
男性のものとも女性のものとも言えない無機質なアナウンスが頭の中で響く。
またこの声だ。
さっきは経験値がどうとか言ってたが、これは、ゲームで言うところのシステムボイスなのか・・・?
っていうかちょっと待て!ポメさんって!そんなクソダサネームで登録されちゃったの!?
「ちょ、待て!今の無し!ノー!キャンセル!」
「ひっ!ど、どうかしたんですか、ポメさん?」
俺の叫びにシステム(?)が反応する気配はない。
どうやら俺のキャラクターネームは「ポメさん」で登録されたみたいだ。
オンゲーあるある。クソダサネームで登録したら後から変えられなかった件。
小さな耳と尻尾をしょんぼり垂らさせて落ち込んでると、女の子・・・コハナが、よしよしと頭を撫でてくれた。
うん。どうでもいいや。女の子になでなでしてもらえれば。
あらためて、コハナにいくつかの質問をしてみる。
「コハナは、この辺に住んでるのか?」
「はい。貧民街の方ですけど。お花を売りにくるので、この辺には詳しいんです。」
どうやらこの街の子らしい。
「そういえば、さっきのトロールが出たって叫び声もコハナのもののようだったが」
「あ、はい。魔人の先兵としてたまにトロールが街を襲うんです。そう叫べば、混乱して、ポメさんを助けられるかなって」
魔人?
それにしても、なるほど、そこまで計算してとっさに行動に移すとは、年齢によらずこの子、かなり頭が切れるのかもしれない。
あっ、でも。
「あんな騒ぎを起こしたら、もうあの大通りで花は売れないんじゃ・・・」
「・・・・・・」
わずかにコハナの顔が曇る。
コハナのスカートからは、年齢にしてはか細い足がのぞいている。
服はツギハギだらけ。とても裕福といえる家庭環境でないことがありありとわかる。
だとすれば俺は。この少女の、生活の糧を奪ってしまったのかもしれない。
「すまない・・・俺のせいで」
ふたたび耳と尻尾をしょげかえらせる俺をみて、コハナはとっさに首をふる。
「いいんです!ポメさんを助けられたんですから。お花を売る以外にも、お金をもらう方法はたくさんありますから!」
俺を落ち込ませないようにか、コハナはさっきまでと変わらない微笑みを作った。
俺は・・・何をやってるんだ。
見ず知らずの女の子に命を助けられて、無理に笑顔まで作らせて。
転生前と何も変わってない。役立たずのおっさんのままじゃないか。
それでいいのか?
異世界に転生しても、役立たずのままで。
俺はーーー
お日様のような微笑みで、俺の頭を撫でる女の子ーーーコハナ。
その姿を見て、俺は決めた。
コハナに借りを返そう。
具体的には、金を稼いで、この子を幸せにするんだ。
とは言っても、今のままでは単なる喋るだけのポメラニアンだ。
まずは世界のことをもっと知らなければならない。
そして、転生者のこと。
さっきのシステムボイスにしても、転生者である俺にしか聞こえてなかった。
だとしたら、それは特別なことだ。
俺をポメラニアン以上の何かにする、特別なこと。転生者のシステムにはそれがある。
それを知れば、俺はこの世界で特別な存在になれるかもしれない。
お金を稼ぐことだってできるかもしれない。
目の前で微笑む少女。
この子を幸せにするためにも。
まずは、転生者のシステムについて調べるんだ。




