表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/23

8月8日 ~朝起きたら幼馴染が出来ていました~

 二〇一六年 八月八日。


「おはよう」


 瑞々しい声が降り注ぎ、桐嶋健太きりしま けんたは目覚めた。

 ベッドの傍らに少女が一人、膝立ちしている。

 通った鼻筋に、桜色の艶やかな唇。

 ふわふわとした髪が肩まで伸び、宝玉のように輝く大きな瞳は健太を親しげに覗き込んでいる。

 胸は程よく膨らみ、腰つきは両手で掴めてしまいそうなほどに細い。

 服装は、健太と同じ高校の制服であり、白いシャツには、うっすらと桜色の下着が滲んでいる。

 少女は、健太が今まで出会った女性のいずれもが、比類し得ない程に美しい。

 けれど健太は、彼女の来訪を歓迎していなかった。


「君は誰?」


 何故なら健太と少女は、今日が初対面だからだ。

 知らぬ間に部屋へ上がり込んでいる見知らぬ女性に対して、至極まっとうな反応である。

 しかし彼女は、名乗るでもなく、我が物顔で居直っていた。


「おはようったらおはよう」

「だから誰よ?」


 再度尋ねると、少女は、愛くるしい顔には見合わない、深いしわを眉間に作ってうかがうように健太を見やってきた。


「幼馴染の顔を忘れたの?」

「幼馴染?」


 朝、起きたら幼馴染が出来ていた、なんてあるわけがない。


「んな馬鹿な。なにこれ。どっきり?」

「幼馴染を忘却してる事に、わたしがびっくりだよ」

「もしかして美人局つつもたせとか?」

「違います」

「あー。父さんが誕生日プレゼントに気を利かせて、童貞卒業用にデリバリー――」

「されてません」

「じゃあなんなの?」

「だから幼馴染でしょ?」


 ありえるはずがない。

 確かに、朝起きたら可愛い幼馴染が!!と言う妄想を抱いた事はある。

 しかし、いざ現実に、その立場に置かれてみると、少年らしい性への欲求よりも、未知への恐怖が勝っていた。

 外見が美少女だろうと、法律的には、住居不法侵入の現行犯でしかない。


「初対面の人間に幼馴染と言われてもね。とりあえず警察呼ぶんで。ていうかどうやって入った?」

「おばさんが入れてくれた」

「何やってんだあのババア! 母さん! 警察呼んで!」

「わたし悪人じゃないよ!」

「うるさい! 不法侵入じゃ! お母さん!! ねぇちょっと!!」


 再度母を呼ぶと、階下から重い溜息と軽い足音が気だるげに階段を上ってくる。


「どうかした?」


 ドアを開き、入ってきたのは少女よりも一回りも華奢な女性だった。

 健太の母親である桐嶋玲子(れいこ)は、小柄ながらも母の威厳に満ちた人物で非常事態であれば、彼女が何とかしてくる。その期待に常に応えてくれる母だ。

 しかし息子の悲鳴を聞き付けた割には、随分と落ち着き払った登場である。


「この人!」


 健太が少女を指差すと、玲子は呆れ顔で嘆息を漏らした。


「幼馴染の顔を忘れるかね。ごめんね。ホント失礼で単細胞な息子で」

「母よ。愛息に対して、そこまで言うか……」

「いえいえおばさん。慣れてますから」

「なんだと!!」

「ごめんねぇ。ホントにバカ息子で」

「母さん!?」


 何故初対面の人間とここまで親しく出来るのだろうか。

 玲子は、デイサービス施設の施設長しているからか、コミュニケーション能力は高い。

 初対面の相手でも友達のように話せてしまう気性だ。

 だが不用心な性格では決してない。


「訳が分からん! 初対面で何故慣れている?」

「幼馴染だからだよ」

「だから誰だよ!!」

「健太、馬鹿言ってないで早く朝ごはん食べちゃいな」

「そうそう、食べちゃいな。遅刻しちゃうよ?」


 まるで仲のいい嫁と姑のようなコンビネーション口撃。

 どうやったのか方法は定かではないが、少女によって玲子は洗脳されているのは明らかだ。

 ベッドから飛び起きた健太は、階段を駆け下りてリビングに行く。

 そこには母の次に頼りになる人物がいるからだ。

 健太の父親、桐嶋重蔵(じゅうぞう)

 名前とは反比例するかのように痩身だが、合気道の有段者でもある。

 いざとなれば不審者なんて一捻りだ。


「父さん!!」


 非常事態だというのに、重蔵は朝食の並べられたテーブルでコーヒーをすすり、和んでいる。


「騒がしいな。顔だけにしとけ」

「あんた似だよ! そう思うなら十六年前もっといい遺伝子を出しときやがれ! じゃなくて母さんがおかしくなった」

「うちでまともなのは俺だけだろ」

「いや。あんたは一番まともじゃないから」

「なんだって!? あははは!! その通りだな!」


 母の次に頼りになる、とは言ってもこの家、は健太と両親の三人暮らしだ。

 玲子を百とするなら重蔵の頼りがいは一。

 あてにしたのが間違いだったかもしれない。


「おじさんおはようございます」

「おー。朱里あかりちゃんおはよう」

「やっぱりこっちも仲良いのかよ! あれか? 義父との禁じられた関係的なあれか!?」

「もう健太くん。エッチなビデオの見すぎだよ?」

「あははは。それも悪くないな」

「もう! オジサンったら!」

「あはははは!!」

「父さんまで……いやこの人は平常運転か。元からシナプスの配線狂ってるし。でもそれにしたって……」


 重蔵と玲子の対応は、本当に幼馴染に対する物であるかのようだ。

 十数年を共に過ごさなければ出せない空気感が、朱里と呼ばれた見知らぬ少女と健太の両親の間に流れている。。

 理解の及ばぬ現実を前に健太が呆然と立ちすくんでいると、困惑の元凶が子犬みたいな顔で無邪気に問い掛けてきた。


「どうしたの健太くん?」

「だからさぁ……」

「なんですか?」

「なんで朝起きたら幼馴染が出来てんだああああああ!!」


 これは、桐嶋健太が過ごしたちょっと不思議な日々の物語である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ