第四部:[人]
四:
2週間後に久しぶりにライブがあった。イベントなどでの小さなステージではなく、ライブハウスでのワンマンライブだった。百鬼カナメに話し掛けたあの日以来、何処か心が軽く感じられていた僕はこのライブでその勢いを吐き出せると思うとワクワクしてしょうがなかった。
何となくステージ上から見える景色が違って見えた。自分が少し成長したような気がした。
彼女に話し掛けた勇気と、自分が天下無敵の存在ではないと気付かされたことと、自分が持っていたそれらのバランスが変わり、その変化がとにかく新鮮だった。バンドの音も違って聞こえた。カオルに会って話した事もきっと影響しているように思えた。
何より、この2週間の勢いを音に乗せようと初めて作った“生きた歌”、かつてがむしゃらになって集めた情報から産んでいた歌と違った“生きた歌”を最後に歌えるのが嬉しかった。これが本当の歌だと思った。自分の感情をただ叫ぶ代わりに音に乗せて歌う。歌を作り始めた頃の疑問の答えにありつけたような気がした。
「これが最後の曲」
と言った後、本当に最後の曲になっても良いと思った。それくらいすべてが重なり合っていた。感情と行動が一致していた。
その時、観客席の左端に百鬼カナメを見た。一瞬目を疑ったが何度見ても百鬼カナメだった。泣きそうになった。言葉に出来る、あるいは共感を呼べる理由はなかったが泣きそうになった。このライブの最後の1ピースを見付けたような感動があった。
ライブが終わって気付くと無意識にライブハウスから出てくる観客を待った。そこに百鬼カナメを待った。彼女は結局一番最後に出てきた。
「あの、」
声を掛けたのは僕からだった。
「あ、ケンくん、だよね?店長から聞いたよ。名前もバンドの事も。で、たまたま今日ライブがあるって言うから来てみたの。かっこよかったよ。」
僕の返事が入る隙間もないくらい彼女は喋った。ようやく途切れた時にでた「ありがとう」は敬語じゃなかった。ライブの興奮のせいで話す言葉も見当たらなかった僕に彼女はいつもの笑顔と共にいつものコーヒーではなく本を差し出して来た。
「この間言ってた本。あたし持ってたから貸してあげる。じゃあおやすみ。」
そうして彼女は帰って行った。僕はあの日と全く違う汗を背中に感じながら、あの日と同じ本の表紙をじっと見つめた。
おわりに:
あれから数年経ち、僕はもういい大人だ。結局バンドは解散した。あのライブが最後だったわけではないけど、1年くらい経ってからバンド内にそういう話が上がり始めた。サルも木嶋もカオルと会った影響が大きかったらしく、所謂“現実的な”思考に切り替わっていった。メジャーがどうとか、全国ツアーがどうとかっていう話は夢のまま終わった。
僕はちゃんと就職して働きながら、それでもまだ、当時の夢を諦めきれなかったわけではないけど、歌を作ったり本を読んだりしている。彼らも就職して、たまに集まって居酒屋に行ったりするけど、『ピーチブロッサムズ』はもう過去のいい思い出だけの存在になって誰の口からも再結成の言葉は出ない。
“私はあなたのとりこ”
これも桃の花言葉だと知ったのはちょうどバンドを解散した頃。その後僕は結婚し、妻と娘と三人で幸せに暮らしている。
「モモがやるからお母さんは座ってて。」
僕は娘にモモと名付けた。理由は言わずもがなだ。今日はお母さんの誕生日ということで張り切って食事の準備を手伝っている。僕も僕で張り切った。今日の為に妻へプレゼントを買っておいた。
「誕生日おめでとう、カナメ。」
彼女は少し老けた頬を緩ませながら笑った。
読んでいただきありがとうございました。
書きたかったのは「もし自分が桃太郎をアレンジするならどうなるのか」という「もしも」でした。
一見すると、桃太郎とも童話ともかけ離れたような世界を書き上げましたが、桃太郎の本質に忠実に沿って書けたと満足しています。そのあたりを読み取っていただけたら何よりですが、まずは純粋に一小説として楽しんでいただけたことを心よりお祈りいたします。




