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僕なりの鬼の倒し方  作者: オノマトペ
1/4

第一部:[雉]

一:


 “天下無敵”


 桃の花の花言葉を知ったのは確か中学三年の秋だった。自分の誕生花が何なのか気になったのがきっかけだった。僕はその言葉と出会って以来、常に人知れず心の中に「天下無敵」を掲げていた。いじめられることが無かったとはいえ、それはすなわち“いじめる価値もない人間”だと解釈していた僕は、常に成績優秀なクラスメートも、変にませていい匂いのするスプレーを体に塗りたくっている運動部も、勝手に憎んでいた。「見下されている」という憶測から、心の中で彼らの事を見下してやりたかった。


「僕は天下無敵の星の下に生まれたんだ」


そう心の中で何度も繰り返した。

 それ以来僕は本の虫になった。もともと本を読むのが好きだった僕が彼らに勝てる方法、それは“膨大な知識”だと思い込んだ。しかも学校で習わないような多岐に渡る知識だ。キリスト教の歴史、宇宙の仕組み、動物の生態、西洋美術史、日本の純文学だって少なくとも有名どころは全部目を通した。

 「知らないことを知る」という事が何よりも面白かった。僕にとっては学校の勉強よりもずっと“勉強”だった。成績は相変わらずパッとしない、どころか授業中にまで本を持ち込んでいた僕は授業態度においては評価が下がった。部活動を引退してさらに色気づき始めた彼らにはちらほらと恋人が出来始めた。僕には当然出来なかった。それでも本を読んでいる事が、そのどれらよりも尊く、優れ、勝っていると、僕は信じて疑わなかった。僕は天下無敵の星の下に生まれたんだから。


 そんな生活は高校に上がっても変わらなかった。むしろ視野が広がってさらに広範囲の事にまで興味を持った。日本の伝統建築であるとか、食品の栄養素であるとか、思春期の僕は当然人間の体にも興味を持った。

 そんな中で特に僕を惹きつけたのは音楽、ひいては歌で自分を表現するというからくりだった。音楽史にまつわる文献を漁る傍ら、色々なジャンルの音楽を聴き始めた。ロック、レゲエ、クラシック、演歌。

どうして人は歌を歌うのか、しかも皆が同じ歌を歌うんじゃなくてそれぞれ自分で作った歌を歌っている。似たような内容でも曲調が違ったり、わざわざ比喩や押韻なんていう面倒な手を加えていたりする。いつしかそんな疑問を持った。

思い付いたことがあるなら日記でも付けたらいい。親でも友人でも、誰かに話したらいい。それをわざわざ歌にするなんてどうかしてるよ。にもかかわらず、世の中には、また古くから、たくさんの歌があるのも現実だ。僕はその謎を解き明かすべく、自分でも歌を作ってみる事にした。これが始まりだった。



「ケンは卒業したらどうするの?」これは僕の名前だ。

高校三年になり、こういった会話が増えた。この日も友人の犬飼カオルにそう問われたが適当にはぐらかした。

「そろそろ決めとかないと」

カオルは念を押すように、また僕を急かすようにそう言った。

 彼は僕のバンドのリードギターを担当していた。初めて歌を作って以来、作詞作曲に夢中になっていた僕は高校二年に上がってすぐに軽音部に入部していた。

 “膨大な知識”を集めるために何かに取り憑かれたように本を読み漁っていた僕の知識は、高校生にしては十二分なほどに増えていた。しかし、周囲は“普通の”高校生。僕の知識は他愛もない日常会話においては役立たずだった。“天下無敵の星の下に生まれた”僕は、それを皆に分かってもらう為に、つまりは見下されない為に集めた武器によって、見下されないどころか孤高の地まで登ってしまっていた。僕の知識について来られる人、あるいはついて来てくれる人は誰もいないところまで来てしまっていた。しかし当時の僕はそれでも良かった。晴れて念願が叶ったような心持で、いつしか無意識に周囲を見下し始めていた。さらに日常会話で役に立たない知識を活かす道も見つけていた。それが音楽だった。これが作詞作曲に夢中になった背景だ。


 高校卒業後の進路なら、カオルには言わないまでも自分の中ではほぼ決まっていた。すでに“一般”をかけ離れた気でいた僕は、このまま就職しても進学してもきっと同じように特異の存在になるだけだろうと自負していた。僕は音楽を続けていくという選択肢を選んでいた。



 五月の頭。部室でメンバーに打ち明けた。打ち明けたというよりも提案に近かった。今思えば、冷静に現実的に物事を考えていたのはカオルだけだった。

「お前が続けるなら俺もついていくよ。」

先陣を切って返事をしたのはベースのサルだった。「サル」とは猿に似ている彼のあだ名だった。それから少し間を空けてドラムの木嶋も賛同した。

「ケンとサルが真剣なら俺も続けるよ。」

「悪いけど、俺は普通に就職する。」

こっちから問う前にカオルはそう言ってペットボトルのお茶を一口口に含んだ。カオルの意見に間髪入れず反論したのもまたサルだった。

「なんでだよ、俺ら1つのバンドのチームだろ。仲間だろ。お前だけ抜けるなんて許さねえからな!」

サルが激高しているのを聞いてか聞かずかカオルは立ち上がり入口のドアに向かった。常にどこか大人びた雰囲気を持っていた彼はやはり冷静な挨拶をして部室を出て行った。結果的にその日以来、カオルは二度と部室に戻ってくることはなかった。

部室のホワイトボードのメンバー表から「犬飼カオル」の文字が無くなり、「サル」「木嶋」それから僕「岡山」の名前だけになった。


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