衝撃、なろう改稿離婚!?
その日、僕の仕事は早めに終わった。だから僕は、妻の待つ家に真っ直ぐ帰る。
結婚して三年……もうすぐ記念日だから四年か。賃貸のマンションは狭いけど車で通勤できるし、近くに公園があるから気に入っている。それに、帰ったら迎えてくれる人がいるからね。
そんな郊外で働く平凡なサラリーマンの僕の楽しみは、とある投稿サイトでの小説執筆だった。
もちろん、妻を怒らせるほどハマってはいない。執筆は基本的に夜だけ、妻が好きなドラマを見ている隣でポチポチとキーボードを打つだけさ。
ああ、ちゃんとオープンにしているんだ。だから、妻も見逃してくれている。僕が本好きだってことは彼女も知っているから。それに大学生のころ、小説家になろうと夢想したこともね。
平凡な生活だけど、共に暮らす人がいて趣味にも手を出せる。小さな幸せだけど、それで僕は充分だ。
「……さて、今日はどう進めるかな」
愛車から降りた僕は、浮き浮きしながらマンションへと向かう。だけど、僕の幸福な時間は長く続かなかった。
◆ ◆
「……この時間、ヒカルと散歩だったはずよね」
帰宅した僕に、妻が自分のスマホを突き出した。表示されているのは、投稿サイトに掲載した僕の小説だ。正確には、目次の画面だけど。
「……サイト、バージョンアップしたんだ。改稿時間まで出るようになったんだね……」
僕はヒカルを抱き上げながら、呟いた。
昨日までだと表示されるのは、投稿日も改稿日も年月日までだったはずだ。それに朝見たときも同じだったような……通勤は車だから、出勤してから見ていないんだよね。
「そうじゃなくて! 私が聞いているのは『ヒカルを公園に連れていったときに手直しした』ことよ!」
「あ~、ゴメン……誤字を見つけてね……。でも、ちょっとスマホから直しただけだよ」
確かあの日は日曜日だったかな。画面に曜日は出ていないけど、今月のことだから思い出した。
妻が夕食の準備をしている間に、僕はヒカルと公園に行ったんだ。ヒカルが料理の邪魔をしないようにってね。
「危ないでしょ! ヒカルに何かあったらどうするの!?」
趣味の執筆に理解がある妻も、ヒカルのことになると別だ。まあ、これは僕が悪いんだけど……。
ともかく謝らなくちゃ。小さな不満の蓄積が離婚の原因になるって聞くからね。普段の彼女は穏やかで物分かりが良い人だから、それは無いと思うけど……。
◆ ◆
『先生が午前三時まで改稿するんじゃないって……。それに友達からも……』
「そういえば、リューも比較的オープンにしていたよね。……アニメ同好会の仲間と顧問だっけ」
余波は僕のところだけじゃなかったらしい。投稿仲間からの連絡……メッセージが入っていた。
とりあえず妻に平謝りに謝って、何とか許してもらい夕食も済ませた。今、彼女は風呂に入っている。
僕はヒカルを抱きながらスマホを眺めているところだ。この状況で執筆する気にはなれないから、パソコンは封印している。
でも、リューは随分困っているみたいだ。向こうは先生やサークルの仲間達も知っているから、投稿や改稿の時間から、プライバシーのアレコレまで分かってしまうのかも。
『それに彼女まで……』
「うわ~、これはキツイな。励ましのメッセージでも送るか」
謹慎中の僕だけど、リューには最初のころ色々助けてもらった恩もある。
僕はノートパソコンを開きに行こうと、ヒカルを抱いたまま立ち上がる。誤字くらいはスマホで訂正するけど、長文は苦手なんだ。
「……さっき怒ったばかりなのに!」
「違うんだ! これは投稿仲間に励ましを!」
やっぱり、今日くらいは大人しくすべきだったか。パソコンの前に座ったばかりの僕は、椅子を温める間もなく床で土下座をしたよ。
◆ ◆
そんなこともあったけど、最悪の事態は回避できた。
……離婚?
僕の妻は、そんな短絡的な女性じゃないよ。外での改稿禁止とか色々約束したし、結婚記念日は気合を入れて祝うってことで許してもらったのは事実だけど。
お陰で当分、財布の中身が厳しい……。
とはいえ趣味を続けられるんだから、僕は満足だよ。こうやって反省混じりの短編を書くのも許してくれたし。
でも、それからしばらく仲間内では忠告めいたメッセージが飛び交った。『後悔しない改稿』に『改稿破綻を逃れる十の方法』とか、創作者らしく工夫したものまである。
……そうだな、僕は『成田離婚』と掛けてみようか。
この話は、すべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません(笑)
2019年3月22日 追記:
この作品は、「小説家になろう」で2017年2月上旬に行われたシステム変更を題材にした話です。変更により『各話の改稿日時を確認できるようになった』ので、作中のような騒動もあると思い、小説にしました。
しかし該当のシステム変更から二年以上が過ぎ、新規の方々には分かりづらいと思ったので経緯を付記します。