糸井からのプレゼント
「南條先生。お久しぶりです。またハワイですか?」
糸井が南條先生と呼ぶ男は背が高く、長い髪は潮焼けなのか茶髪で肌も真っ黒に日焼けしている。両耳にはブラブラと様々なデザインのピアスがぶら下がり、一昔前のチーマーと呼ばれた人達を想像させた。
「そうそう。ワイハ!まぁまぁ、入って入って」
南條は僕達を奥の部屋まで案内する。シャーカステンやレントゲン写真を映し出すモニターなどが並んだ診察室のような部屋だ。
「で、キミが新しい先生かな?まぁ、糸井さんが連れて来るんだから訳ありだよね」
初対面とは思えないほど馴れ馴れしく僕に話しかける。
「黒沢悠です。よろしくお願いします」
「そう固くならないでいいよ。僕をみればわかるだろうけどウチはいい加減だからさ!」
胸を張って自分のクリニックがいい加減だと言う南條は大声で笑う。大丈夫なんだろうか。
「はぁ……」
僕の曖昧な返事に糸井が代わりに話し始める。
「彼には南條先生の代わりに診察と手術を行なってもらおうと思っています。それと特別な患者さんの診察も……」
「うんうん。その代わりに僕はハワイに行き放題になるわけだからね!好きに使ってくれて構わないよ」
「あのぉ、僕はカルフォルニア州の医師免許しか持っていないんですけど……。しかも研修くらいしかしてませんよ?」
僕が遠慮気味に発言するが、南條は全く意に返さず笑いながら話す。
「大丈夫大丈夫。出身大学はUCLAだっけ?僕なんかよりずっと知識はあるんじゃない?それにさ、美容外科ってほとんど自由診療だからよっぽどの事がない限り無免許でもバレないって。この世界じゃいっぱいいるよ?無免許医」
無免許の医者がいっぱいいるとは大丈夫なのか日本!?
「わかりました。無理せず頑張ります」
「そうそう。難しいのはみんな追い返しちゃっていいんだから、気楽にいこうよ!おっと、僕はそろそろ行くよ。飛行機に間に合わない」
「行くって、どこへですか?」
「ワイハに決まってるじゃん!波と美女が僕を呼んでいる!細かい事は糸井さんに聞いてね!よろしくね。黒沢せんせっ!」
南條はそう言うとキャリーバックを引きずり物凄いスピードでクリニックを出て行った。
「行ってしまいましたねぇ。では、こちらも準備しましょうか。まずは悠君の部屋に行きましょう」
そう言うと糸井はクリニックを出て今度はエレベーターを使用する。
案内された部屋は元々事務所だったものを無理矢理居住スペースにリフォームした部屋だった。
「えーっと……。僕一人でここに住むんですか?」
独り暮らしにはあまりにも広すぎる。リビングダイニングの一部屋だけだが、50畳はあるんじゃないかという広さだ。
「独りが寂しければ引っ越してきますよ?一緒に住みますか?」
「お断りします」
「やだなぁ。冗談なのに全力で否定しないでくださいよ。ちょっと傷つきます」
糸井は「はい。これ」と言って部屋に置いてあった紙袋を渡してくる。
その中身を確認すると通帳、キャッシュカード、保険証に混じりメモ帳のようなものを見つける。
「これはなんです?」
「あぁ、それは生徒手帳ですよ」
「はい!?」
「はい、こっちは制服です。悠君には明日からその手帳に書いてある高校に通ってもらいます」
高校に通う?詐称とはいえ大学院まで卒業した僕が今更高校!?
「ちょっと言っている意味がわかりません。僕は無免許医として勤務するんじゃなかったんですか?」
「もちろん仕事もしてもらいます。学校が休みの日と下校した後にね!」
糸井が嬉しそうにしている。そうだ、この人はこういう人だった……。他人が嫌がることは大好きなのだ。
「ほら、やっぱり10代のうちはちゃんと学校に行って青春しないと!私から悠君へのプレゼントですよ!」
朝に迎えにくるとだけ告げて糸井は出て行く。糸井さんは何処に住んでるんですか?なんていう詮索はしない。たぶんあっち系の人なんだから。
僕はカルフォルニアから送っておいて荷物を開け整理する。大したものは持っていない。ほとんどは医学書の類いだ。部屋にはご丁寧に日本語の医学書も用意してある。
その日は、糸井が用意してくれたであろう夕食を摂り早めに休んだ。