キレました
今回三人称視点。
王都の門の一つで騎士の一人がメイドに殴られ吹っ飛ぶのを目撃した一人の門番の兵は後にこう語る。
「あれ程見事な右ストレートは見たことが無い。あれほど綺麗な殴りは相当慣れているね、昔知り合いの冒険者が言ってた事だが、威力の高い殴り方はなかなか難しいんだ。それをあのメイドさんは足さばきから腰貯め、腕の伸ばし方から回転まですべて完成されていた。俺は今でもあのパンチが目に焼き付いている。俺はあんなパンチを繰り出せるようになる。」
そう語った彼が門番から軍にその鍛え上げた拳を見込まれ格闘技の部隊に配属になり、名をあげるのだが、それはまたいずれ。
「きさ・・グぉ!?」
殴り飛ばされた騎士が起き上がりアリスに何かを言おうとしたがそれはアリスの華麗なロングスカートの中が見えないよう配慮された回し蹴りを後頭部に受けたため阻まれる。
ふわりと舞い上がったロングスカートは見えるか見えないかのギリギリのラインを描きながら元に戻る。
それを目撃したもう一人の門番はこう語る。
「相棒はあのメイドさんのパンチに見惚れたらしいが俺はあの人の脚技に見惚れた。吹っ飛んだ騎士が起き上がると同時に音を消してゼロから最大速で繰り出された回し蹴りは絶妙な加減で相手の頭蓋骨を砕くこと無く地面に接吻させるだけに留め、更にスカートの中が見えない様に気を使う程、余裕があった。あれほど優雅な余韻を残した回し蹴りは見ない。俺も、あんな回し蹴りを繰り出せるようになりたいぜ。」
後に彼はその鍛えた脚技で相棒の男と共に軍の格闘技の部隊に配属になり、『拳のダン、蹴りのバルド』として名をあげるがこれもまたいずれ。
そんな門番達が見ている中で地面に突っ伏した騎士は飛び起き、腰につけている剣を抜きアリスに斬り掛かる。
「貴様ァ!?」
しかしアリスはすぐさまバックステップを踏むと剣を避け見ているだけの副団長に問いかける。
「どれ程までなら殺って宜しいでしょうか?」
「これから任務だから重症与えなきゃいいぞ。団長にも最近天狗になっているから鼻っ面叩き折って来いって言われているからな。」
「毎度の事ながらなんであの男は私に嫌味を言ってくるのかしら?」
平然と話をする副団長とエリスにミーリアスが慌てながら叫ぶ。
「いやいや、まず止めましょうよ!?あれはアリスさん目が本気でしたですよ!? 」
「殺意に満ちてましたね。お嬢様を罵倒したのだから当然ですが。しかし、あの殺意にあの騎士は気づいていないようですね。」
「なんでサラさんものほほんとしているんです!?」
一人怒りに身を震わせアリスに剣を振り続けている騎士の男をミーリアスを除くエリス達と他の騎士団の者達は特に慌てた様子もなく眺めている。
「あ〜あ、ありゃシズの奴勝てねぇな。俺でもあれは勝てねぇ。」
頭の後ろで腕を組んだ青年騎士の言葉にほかの騎士がそれぞれの考えを口にする。
「だよな、あれ絶対に騎士団の上の方の人間と互角かそれ以上だぞ。」
「そもそも団長が溺愛してやまないエリスさんに喧嘩ふっかけたあいつの自業自得だ。」
「後でお仕置き地獄の訓練コース決定じゃ無いですかね?」
「まぁ、シズの奴、シルバーウルフに勝てたから調子乗ってたし丁度いいんじゃね?」
「と言うか、あのメイドさんは強すぎね?」
「何者だ?あのメイドさんは。」
そんなメンバーを見てか漏れ出していた殺意を少し緩めたアリスだったが、目の前に居る騎士――シズという名らしい――はアリス放つ殺意に気づいてきないので意味をなさなかった。
しかし、その殺意の余波に気づいていた他のメンバーはほっと息をつく・・・が。
「今ならフルボッコで許して差し上げますからお嬢様に謝ってください。」
「誰が貴族になぞ!」
「ああ、死にたいんですか?よし、殺しましょう。」
緩めた殺意は副団長ですら冷や汗をかくほどに膨れ上がった。
「あ、ああ・・・。」
「貴方が貴族が嫌いだとしても、お嬢様を貶す事を認めるなんて出来ませんし、人を貴族というだけで貶す人が騎士になれるなんて、驚きですが、殺っちゃうと不味いですから、矯正してあげます。」
にっこりと、殺意を向けたまま笑顔で語るアリス。
エリスは脳内でヴァイゼスを呼ぶ。
「(だいぶキレているけど大丈夫なの?)」
〘多分大丈夫です、問題があるとしたら・・・主様が自分の実力を正しく把握していない事ですね。〙
「(あの子、ステータス低い筈よね?)」
〘はい、低いですね。ただ、困ったことに、ステータスに表示されないステータス外での性能は高いです。だいたい【失われた能力】が原因ですね。〙
「(つまり・・・。)」
〘ステータスだけ見てコイツ弱いわーしてポイされたとしても勝手に世界救う系です。〙
「(ステータスには表示されないけど、勇者とかとタメを張れるわけね?)」
〘お嬢様もここ数日で理解力上がってせんか?〙
「(だいたい貴方とアリスのせいよ。)」
そんな脳内会話が繰り広げられていることを、アリスは知らずに傍から見れば異様な光景を作る。
一人の鎧を着た騎士が・・・宙を舞うのだ。
アリスがやっていることは至極簡単なことだった・・・。
文字にすると、だが。
それは端的に言えば『相手を殴り蹴り、どれ程まで空中に保たせることが出来るか』と言うものだった。
アリスの脳内ではひたすら
「(蹴り上げからのアッパー、さらに繋ぎのボディーブロー、重力による落下で位置が一定以上下がったらまた蹴り上げ・・・を以下ループ)」
と呟かれていた。
ちなみにアリスはそのコンボにより空中に浮いているように感じれるがが流石に落下からの蹴り上げの間で着地して再度跳躍している。
後に『シズ空中コンボ事件』として語り継がれることになるこの一件で、アリスは屋敷の人や騎士団から怒らせてはいけない人No.1の称号を与えられた。
あと、門番二人は空中コンボを二人ペアで成立させるようになるが、置いておこう。
「これに懲りたらもう少し真っ当になりましょうか。」
「それ、アリスが言うことかしら?」
「僕は真っ当でしたよ?異常な程に・・・ですが。」
意識を失うに失え無いシズにアリスはスッキリした笑顔で語りかける。
アリス本人は汗一つ掻かずにいる。
「悪いな、シズは最近実力をつけて調子に乗ってたんだわ。」
「あ〜そう言う、そう言うの、早死か犬死しません?」
「そう、だから誰かに鼻っ面叩き折ってもらう予定だったんだよ。しかし、お前さん強いな、これならシルバーウルフなら楽勝じゃないか?」
「・・・どうでしょうね?残念ながら、まだ、体が慣れていないので。」
先程までと打って変わった態度に周りの騎士達もホッと息をつきながら駆け寄って来る。
・・・シズに蹴りを加えて。
「容赦ないですね。」
「「「「「お前さんが言うな!」」」」」
「嫌ですねぇ、殺さないだけまだ温情と容赦はありますよ。」
「「「「「真顔で!?」」」」」
「はい、当然ですよ。」
「アリスさん、エリスお嬢様至上主義ですからね。」
アリスはサラの言葉にため息をつく。
「何当たり前のこと言っているんですか?サラさん?」
「・・・ほら、この通りです。」
一同、見事に静まり返る。
「・・・・・・シズは引き摺って、草原に行くか。」
「・・・そうですね。」
一人の騎士がシズを引き摺って一同はシルバーウルフの現れた草原に向かう。
「ありがとうね、私のために怒ってくれて。」
「恋人を馬鹿にされたら、誰でも怒りますよ、お嬢様。」
「でも、ありがとう。」
テンションが低い騎士団員とイチャイチャしているアリスとエリス、それを眺め微笑むセラとフードを深くかぶって顔が見えないミーリアス。
彼らは知らない、これから先に『居る』者が何なのかを・・・。
戦闘がある時は基本的に三人称視点で書いていく予定です。
やはりチートでしたよアリス君は。
もうね、言っちゃうけど書くの楽なんだよ、主人公が強いと。
あ、次回も三人称視点での戦闘です。
シルバーウルフ、瞬殺されないといいなぁ。




