8話 戦う理由
――――眠れない。
布団の中に潜り込んで、大体1時間が過ぎただろうか。
私の脳はメラトニンを分泌することを忘れてしまったのか、いつまでたっても眠気が起きる気がしなかった。
――――原因ははっきりしているんだけど。
私は午後4時の、
公園内での千歳との会話を思い出す。
「この街の人間が死滅する・・・」
口に出しても、実感がわかなかった。
いや、逆なのか。
納得しすぎているために、実感がわかない。
なんの不自由のない生活をしている人間が、普段の生活にありがたみを感じるのが難しいように。
納得している。
そう、私は納得してしまっているのだ。
突拍子もない話と笑い飛ばすことも、現実味のない話と混乱することもなく。
ただの事実と納得している。
こんな時、理解力の早い自分の思考を呪う。
できることならずっと納得しないまま受け入れたくなかった。
できることならずっと理解しないまま戸惑っていたかった。
でも、「向こう」の景色と私たちを襲った敵を思い出す。
否応なく、理解させられる。あれは現実だと。
そして、千歳の語った内容も本当だと・・・。
『あなたにしかできないことなの』
「無理だよ・・・」
私には無理だ。
前だって何もできなかったのに・・・!
負ければ街の人間が死滅する?
私にそんな重大な役目が務まるわけがない・・・。
「無理だよ・・・千歳」
また自己嫌悪だ。
私が戦いを拒んでいるのは街の人間の命に対して重荷を感じている訳でも、戦うことに自信がないわけでもない。
いや、まったくないとは言わないがそれでも全体の割合としては少ない。
私はただ、
私のせいにされたくないのだ。
負けてしまったら私のせい。みんなが死んだら私のせい。この街がなくなったら私のせい。
みんな死んでしまったら、私を責める人なんていないのに。
私は、私のせいになりたくなかった。
私は、どこまでも己のことしか考えていない人間だ。
そんな人間に・・・街中の命が預けられるなんて。
分不相応にもほどがある・・・!
「どうして・・・」
千歳・・・・どうして?
「どうして私なの・・・?」
少女は人気のなくなった校舎からようやく出てきた。
「・・・・・」
「・・・・・」
私が遠くから彼女を視認しているように、彼女も私に気づいているだろう。
近づくにつれ、彼女の制服が湿っていることに気づく。
「驚いた。昨日の今日でまた会いに来るなんて」
そう言いながら彼女―――千歳の顔は相変わらず無表情だった。
「お友達と帰らなくていいのかしら?」
「今日は気分じゃないの」
「でも私と会う気分ではあるのね」
何故が千歳は嬉しそうに言う。
表情は変わらないが、なんとなく分かる。
「うれしいわ。お友達よりも私を選んでくれるなんて」
「別に、昨日のことを謝ろうと思っただけ」
私は頭を深く下げる。
「昨日は、頭ごなしに怒鳴ってごめん。話も途中で帰っちゃったし・・・」
これは彼女に対する申し訳なさから起こした行動ではない。
ただ単に、この子に対しての無礼を詫びることで心象的な重荷を取り払てしまいたいだけだ。
「・・・よかったら、これから時間はあるかしら」
今の時刻は5時。いつもなら家に帰りついていてもおかしくない時間だが。
「うん、いいよ。私も話したいことがあるから」
軽い山道を二人で歩く。
昨日と同じように、場所を変えようと提案した千歳に付いてゆ行くこと数分。千歳は半ケモノ道ずんずん歩んでいく。
てっきり帰りながら話すのかと・・・。
私たちの通う橘女子高校は丘の上に建設されており、すぐ後ろは片田舎らしく山になっている。
そのため昔は山から学校に熊が下りて来て大騒ぎになったことがあるらしい。今でも校内に小動物が紛れ込むことがまれにある。
つまり、いま私たちが歩いているのは学校の裏側の山。そこにある道をだった。
道といっても整備されている訳ではなく、地面は土のままだし。私たちが歩いている部分にだけ草があまり生えていないだけの明らかに個人が何度も歩いた結果できたようなつたないものだ。
ここの山って確かちゃんと持ち主がいたような。
不法侵入で問題になったりしないよな・・・。
私のそんな心配をよそに、足場の悪い道をどんどん先へ行く千歳。
革靴でよくあんなに歩けるもんだ。
どうやら彼女はこの道を相当歩きなれているようだ。
もしかして自宅がこの方向とかないよね・・・。
山姥が住んでいそうな山小屋に住んでいる美少女・・・。
シュールだ。
そうこうする間に道に出た。
山を登る通路が階段状に整備されていて、端に木製の柵がたっている。
「こんなところにハイキングコースがあったんだ・・・」
「この道の入り口は隣町にあるから、知らなくても無理ないわ」
何気なくつぶやいた疑問によくわからない理屈を返される。
見ると、千歳の顔には玉のような汗が張り付いていた。息も荒くなっており、明らかに体調が悪いという様子だ。
前を歩いていたのに全く気付かなった、こういう部分でも内心というか気分が伝わりづらい人だ。
どうやら相当無理をしていたようだった。
「少し休んでいかない?まだ時間はあるし、急ぐことはないでしょ」
私の提案に特になんの返答もなく、千歳は柵に寄りかかって休みだす。
どうやら返事をするのも億劫なようだ。
体力ないなら、なんでこんな半ケモノ道通ったんだろ。
特に息の乱れていなかった私も微妙な距離を空けて柵へ腰を預ける。
・・・・・。
数分間、千歳が息を整える音が聞こえる。・・・・・なんかエロいな。
その辺の飢えている男子だったらこの音声だけでいけるんじゃないだろうか。いや、細かく何がいけるのかは言わないけどさ。
妙にむずがゆい気分になりながらも彼女の息が整うのを待った。
「ねえ、休む間に質問していい?」
「・・・・ええ」
ある程度整った息で、千歳は返事をする。
「なんで私なの?」
昨日と同じ質問だが、質問の真意は違っていた。
「千歳は戦うことが私しかできないって言ったよね。どうして、私にしかできないの?」
私が選ばれたわけではなく、私にしかできないわけを聞いた。
「・・・・・・」
私の質問に、少女は間をあけてから、
「ごめんなさい」
謝罪の言葉を述べた。
「えっ?」
「本当なら、百花が戦う理由なんかなかったの」
「ちょ・・・」
待って、昨日言ってたことと矛盾してないか?
昨日は私にかできないって・・・。
「私が戦えなくならなければ、あなたは戦わなくてよかった」
「・・・・!」
つまり・・・?
「今まで、千歳が戦ってたってこと?あのロボットで」
私の問いに対し、千歳はゆっくりとうなずく。
彼女の立場についてずっと疑問が残っていた。私の印象としては急におかしな場所に連れてこられ戦うことを強制してきた相手だったからだ。
何を目的に私を戦わせたかったのか。その理由をやっと理解する。
一つの情報を元に理解が広がっていく。
「つまり・・・千歳は以前から向こうで戦っていて。でも、戦える期間に限りがあって。その戦いの役目を私に引き継がせたってこと?」
これまで私が得た情報で簡略にまとめた概要だった。
あとはこれが当たっているかどうかだが、それは私の話を聞いた千歳の表情で一目瞭然だった。
「あなた・・・以外に理解が早いわ」
わずかな変化だが、ほんの少しだけ目が見開かれている。
どうやら驚いているようだが、やはり分かりづらい・・・。
「百花の言う通り、私はもう戦えない。実際にはまだ猶予があるけれど、それももうすぐ終わるわ。そうなったら戦う者がいない」
「だから、私・・・?でもそれならどうして私を」
「引き継ぎは誰にでもできるわけじゃなかったの。ある程度の条件がいる」
その条件とやらを聞きたかったが、隣の少女が立ち上がったため発言の機会を逃す。
「そろそろ行きましょ。日が暮れてしまうわ」
着いた場所は開けた丘だった。
先までのコースのように人が整備した場所であるらしく、柵やベンチ、テーブルが設置されていた。
「わあ・・・・」
というような感嘆の声が出るほどには、そこから見える景色に感動していた。
傾斜が緩やかだったため気づかなかったが結構な高さまで登っていたらしい。
私たちが住む街が一望できた。
傾いた日に照らされた街は普段歩いている場所と本当に同一なものなのか疑いたくなるほどだった。
でも、
「千歳が私をここに連れてきたのは、この街のために戦うやる気を出させるため?」
正直こんなことを考えた自分をかなり恥じている。
なんで自分は人からの厚意を、打算的な感情があると判断するんだ。
簡単だ。
現に私は損得勘定とか打算的にメリット、デメリットしか考えていない人間関係を築いているからだ。
私は一方的な施しのような厚意を信じられる人間じゃなかった。
信じれないのは、相容れないから。
私はそんなことできる人間じゃないから。
ああ、自己嫌悪だ。
信じるという行為も、また一つの簡単な厚意だ。
私はそんな、簡単なこともできない人間だ。
「・・・・・・・ばれた?」
目の前の少女がそう言って、あさましくも私の心は少し楽になる。
「私、ここからの景色が好きなの。この街のために頑張ろうって、気になるから」
「千歳は・・・」
ほとんど彼女の言葉を遮るように私は言葉を発する。
「なんでがんばるの?」
目の前の少女がきょとんとした顔をする。
対称的に私はしまったという顔をしていた。
この先は言いたくなかった。
これから私は最低なことを言うから。
これ以上私は自分を嫌悪したくなかった。
でも言わなければ。
一度出した言葉は取り消せない。
最後までいう義務がある。
それに、これを聞かないと打算的な私は千歳を信用しないだろう。
だから言う。
「千歳はいじめを受けている学校がある街をなんで頑張って守っているの?」
―――ああ、最低だ私。
「なんでいじめてくる人たちを何喰わね顔で助けられるの?その制服だって」
今はもう乾いている千歳の制服。
普段生活するうえであんなに服がずぶぬれになることなどそうそうないだろう。
明らかに何かしらのいじめの危害を受けたはずだ
・・・・・なのに。
「この街にそこまで価値があると思うの?なんで見てるだけで何もしようとしない人間に重大なことを託せるの?なんで・・・
「私も託されたからよ」
今度は私が言葉を遮られた。
「別に私も百花が思っていそうな、慈悲の心とか大層な名目なんかないわよ」
「・・・・・・・」
「私はただ、
母さんが守ってきたこの街を私も守りたいだけ」
「・・・・・・っ!」
それってつまり・・・。
「ええ、元々私の母が戦っていたの。でも母も戦えなくなって私に引き継がせた。私も最初は驚いたわ。母さんは本当にそんな素振りを全く見せていなかったから」
・・・・・。
「百花は私を聖人君子のように思っているかもいれないけれど、私も戦っている理由は小さな子供のような理由よ。私は母さんが守ってきたこの街を無下に終わらせたくないだけ。私は母さんのように誇れる人間になりたいだけ」
表情のない千歳の顔。
だが、まなざしはどこまでもまっすぐだった。
私には眩しすぎて、直視できないような光を持っていた。
「そこに私がいじめられているとか、守る価値とかそんなこと関係ない。
私は私の誇りのために戦うの」
綺麗だった。
外見とか、そんな上っ面な意味でなく彼女は綺麗だった。
とてもきれいな思いをしていると思った。
それに比べて私は醜かった。
醜い考えを持っていた。
彼女に憧れた。彼女のようにきれいになりたいと思った。
だから――――。
「う、ううっ・・・ひっく」
目の前の少女はいつも間にか嗚咽を漏らしていた。
「え、ええっ!?」
びっくりした。普通に。
泣いたことにではなく、彼女が人間らしい感情を見て分かるほど出したことが驚きだった。
「ど、どうし・・・」
「わ、私はもう戦えないから・・・・。母さんのように・・・」
そうか。
多分千歳にはお母さんのように戦うことが誇りであり、心の支えだったんだ。
だから託された私はそれに応えなければいけないと思った。
「勝手なことを言ってるのは分かってる。でも、でもお願いだから・・・・
戦って、百花。この街のために。そして・・・・・私のために」
それが、彼女の願いだった。
涙を流し、ひきつった声で言う彼女の。
私は――――。
「分かったよ千歳。私にちゃんとできるか分からないけど・・・戦ってみる」
私は、彼女のようになりたいと思った。
彼女のように綺麗な思いを持ちたい。
そんな打算的な理由なら、私は戦えると思った。
慈悲の心でも、自己犠牲の精神でもなく。
あくまで自分の利己的な理由なら、
そんな建前があるなら、
私は戦えるだろう。
でも、本当は。
「私が戦うのは千歳の思いを継いだから。だから、それは千歳が戦うことと同じだと・・・思うよ」
本当はただ単に、彼女の涙を見たくないと思った。
彼女のためになりたいと思った。
それぐらいの澄んだ思いが私にもあると、私自身が信じたかったのかもしれない。
だから。
「戦うよ、千歳。この街のために。そして・・・・あなたのために」