2話 終わった日常
私の日常は平穏だった。
その日も、いつも通りの日常になるはずだった。
朝、お母さんに起こされて朝食を食べ、学校へ登校した。この街に一つしかない女子高で、もう一年以上通った道だ。寝ぼけていてもたどり着く自信がある。まあ、事故るだろうけど。
そこまではいつも通りだった。
学校へ着いた私はまたいつも通りにいじめを見て見ぬふりして教室に入る。所属している女子グループの子とたわいないおしゃべりをして時間をつぶしているうちに授業が始まった。
ここからはたいして描写する必要がない退屈な授業が6時間、間に入った昼休みとSHRを加えて約7時間ほどの時を経て放課後。
私の予定はすでに決まっている。私はその日も女子グループと一緒に寄り道をしていた。寄り道といっても近所の商店街で買い食いをする程度だが。こんな片田舎に女子高生の溜まり場になりそうな喫茶店だのカラオケだの、こじゃれた場所など存在しない。ギリギリ某百円あったらで有名なファーストフード店はあることにはあるのだが、学校から片道2・3キロの距離があるため女子高生の細足(汗)にはちょっとキツイ。
その日、本当はすぐに家に帰りたかった。
午後の授業が始まった時には若干の頭痛があったのだ。それは放課後になってからも収まることはなかった。編頭痛持ちではないので私は自らの体調に異変を感じていた。もしかしたら風邪かもしれない、という程度だったが。早く家に帰って休みたいと考えるには自然な理由だった。
一応グループの子にそれとなく伝えてみたが「マジ?それ風邪じゃね?ヤバ、アタシだけにはうつさないでよねー」といった軽い返事しか返ってこなかった。人間性的にはそう嫌いではない人物だったが、人を小馬鹿にしたような軽い口調がいつも私の癪に障った。
初めから気遣いの言葉をかけてくれるとは思っていなかった。心配してくれるなど欠けらも考えなかった。
元々同じ女子グループに所属しているだけであって友達でも何でもない。それは私だけでなく向こうも思っていることだろう。同時に、私が彼女の口調に不満を持っているように、おそらく彼女も私のどこかに不満を持っている。そして、それを口に出すことはない。
女子のグループは大体そんなものだ。みんな一人にならないために集まっているだけで。その間に信頼はあろうと、友情は存在しない。学校という環境の中で「数」という力を得るために群れる利己的な関係性だ。
だからこそ私は反感を買いたくなかった。
私が今の女子グループに所属しているのは、グループのリーダーがスクールカーストの頂点にいる人物だったからだ。つまり長いものに巻かれたわけだ。
グループに入るのにそこまで苦労はしなかった。理由は私の顔だ。グループのリーダー格数人が私ことを「そこそこ可愛い」と言った。
この「そこそこ」というのがミソだ。決して自分達より可愛くなく、それでいて目の前に居ても不快じゃないほどの可愛さを私は持っていた。その日ばかりは現金にも普段父親似とよく言われあまり好きではなかった自分の顔に感謝した。
結果私は気に入られ、グループのマスコットのような存在になった。
立場的には中堅だろう。
たいして上というわけではないが、雑用を押し付けられるほど下でもない。
上の重荷も、下の苦労もない。まさに平穏だ。
私は自分の中堅という立場を気に入っていた。
だが、中堅としての危うさもある。
中堅は上の気まぐれ一つで下に落ちる。
某中間管理職のおじさんのように焼き土下座をやらされかねない。いや、実際に焼き土下座させられることはないだろうがそれに匹敵する扱いを受けるということだ。
最悪、グループからの追放もあり得る。
会社のような規律がある集団ではないため、上の気まぐれでそんなことは起こり得る。
今朝に目撃したいじめられていた女生徒を思い出す。顔も風貌も覚えてはいないが、そういった行いがあったという事実だけは消えず記憶の中に残っていた。
一歩間違えばあの立場が私になるかもしれない、上の気まぐれという理不尽な理由で。
そんな気まぐれを起こさせない、起こしてもらわないために私は頭痛を無視してグループの寄り道に付き合った。
波風を立たせないために、頭痛を無視した。
それが日常の終わり。その前兆だと気づかずに。
いや、気づいたところでもうどうしようもないことだっただろう。これはもう私個人の力ではどうしようもできない問題だったからだ。この世界の理の問題だったからだ。
それでも、これから起こることを予感する足掛かりにはなったはずだ。予感があれば心構えができたはずだ。
心構えがあれば、これから起こることに・・・最低限みっともなく狼狽することはなかったはずだ。
終わりはあっけなく訪れた。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!!!!」
声を上げることもできないほどの激痛。
先ほどまでとは比べ物にならないほどの頭痛が私を襲った。
誰かが私の脳を遠距離で勝手に操作し、普段使われていない錆びた歯車がぎしぎし悲鳴を上げるように私の頭にも頭痛が伴っている。そのように私は感じた。
痛みに耐えられず、その場にうずくまる。
周りにいた女子グループのメンバーはこちらに見向きもしない。
おい。友情がないとはいったがここまでか。私は心配する価値もないってか。
周りの反応に絶望しつつ、心のもう一つの面では「ああ、やっぱり」と妙に納得した気分だった。
痛みがピークに達したとき、視界が割れた。硝子や鏡のように。
ついに目までおかしくなったか。
次の瞬間、視界は砕け散り。真っ黒の闇の中に私の体が投げ出される。
そして意識は暗転した―――。