18話 正論と偽善
放課後、私は特別教室が並ぶ校舎のトイレに訪れた。
「・・・・!」
中から人の気配がしてとっさに物陰に隠れる。
ぞろぞろと女子の集団がトイレから出てくる。
その中には安達 彩子の姿もある。
連れションではなさそうだけど・・・。
彼女たちの姿が完全に見えなくなるまで待って、私はトイレの中入った。
瞬間合成洗剤のきつい匂いが漂ってきた。
「千歳!」
トイレの床に千歳が倒れ伏していた。
その体は水をかけられずぶ濡れになっており、その上に粉末洗剤を浴びせられていた。
「だいじょう・・・・」
一瞬、話しかけることを躊躇した。
何もできない・・・いや何もしない私に心配する資格なんてあるんだろうか。
迷いをすぐに吹き飛ばす。
私は千歳の手を引いて上半身を起こす。
「だいじょう・・・・ぶなわけないか。立てる?」
「あなた・・・・。離して、汚いわ」
「そんなこといいから。洗剤落として着替えないと。着替えとかある?ないなら私の・・・」
私の手が千歳に払われる。
「無駄なことはしなくていいわ」
「む、無駄って・・・・」
「あなた、こんなことしているところを見られたらどうするの?」
「っ!」
「私のことは放っておいてかまわないわ」
「でも心配だから・・・」
「何もしないのに・・・?」
・・・・っ!
その言葉に、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを感じた。
「いつも私のことを見て見ぬふりしていたのに・・・少し関わると心配だけはするのね」
「そんな・・・・わたしはただ・・・」
「中途半端な良心なんて邪魔なだけよ。そんなものが戦闘で余計な感情を生むの」
「・・・・やっぱりあの時の事怒ってるの?」
「いいえ。でも全くメリットのない行動だとは思うわ」
「メリットって・・・!人の命が関わってることなんだよ!それを・・・!」
「実際、先日の敵を見逃したところで私たちの関与していない所で人は死んでいるわ」
「・・・・・」
正論だった。
人口が一定数減らないと戦闘が終わらないと千歳は言った。
つまり私が敵を見逃したところで他のところで誰かが戦い、そして死んだ。
その人の街と一緒に。
私のやったことは完全な無駄だった。
「次の戦闘では、もう少し利口な行動をしなさい。でなければ死ぬわよ」
千歳は立ち上がり、歩き始める。
「ま、待って。せめて着替え・・・」
「言ったことが理解できないの?無駄なことはしなくていいと言ったの」
・・・・!
「人が心配しているのに無駄って何だよ!」
「実際、あなたの立場を危うくするだけでメリットは何もないわ」
「心配することはメリットとかじゃないだろ・・・・!」
「あなたがそれを言うの?」
「っ」
何も言い返せないほど正論だ。
実際どの口がこんなこと言ってるんだ。
これまで損得勘定の利己的な行いしかしてこなかったじゃないか。
いまさら何言ってるって話だ。
でも・・・・。
「それでも私は・・・。千歳が心配だ。その感情は間違ってないはずでしょ」
私はあの日垣間見た千歳の綺麗な感情。
あの純粋な感情を手助けしたいと思って、
そして千歳の助けにもなりたいと思ったから。だから!
「綺麗事ね・・・・やっぱりあなたは偽善者だわ」
そう言い残し、千歳はその場を後にした。
私はそれを見送って、しばらくその場に立ちすくんでいた―――。