17話 噂のあいつは、隣のこの子
私は彼女―――勇 千歳についてほとんど何も知らない。
私の実質的初陣、二度目の戦闘から二日が経った。
私にはあの時の千歳の表情が目に焼き付いていた。
何の感情も宿っていない無の瞳。
眉一つ動かさない冷静さ。
彼女は今まで戦ってきたと言った。
つまり幾度と人との命のやり取りをしてきたと言うことだろう。
・・・・私にはわからない。
人を殺すとはどういうことなのか。
人を殺さなければいけない心境とは。
当たり前だ。
何度もくどい描写だが、私はただの女子高生だ。
命を奪われるような状況に陥ったことなんてあるわけがないし、また考えることもなかった。
いや、それ以上に私が誰かの命を奪うことなんて・・・・・あるわけないと全く根拠のない確証を持っていた。
だってそうだろう。
ここは日本だ。
世界には私と同じ年の子供が奴隷同然で働かされていたり、今日食うものに困って盗みを働きその報いを受けあっさりと殺されるような土地があることは知っている。
知っているだけで、理解はしていない。
それは完全に私とは関係のない、別世界のことだと思っていた・・・。
いや。
先日聞いた世界の仕組みからすると実際に関係ない別世界か?
結局、何が言いたいかといえば千歳はそれと同じような私には想像できないような状況にずっと身を置いていたのだ。
私は千歳のことを多少理解していたつもりだった。
勘違いも甚だしい思い違いだったが。
感情の乏しい千歳を私の浅い・・・浅すぎる人生経験で測った気でいた。
多少感情を察していたつもりだった。
でも、私にはわからない。
殺すとか。
殺されるとか。
そんな環境に身を置いてきた人間の考えを理解することなんてできない。
しかし、私の中にある感情は人を殺したと語った千歳への恐怖ではなかった。
もちろん侮辱でも、軽蔑でもない。
私は知りたいと思ったのだ。
彼女のことを理解したいと思った。
理解してあげたいと思った。
私は戦闘が終わったその日から彼女について調べ始めた。
思えば、彼女の身辺的な情報も私は知らなかったんだ。
いままでいじめられているところを見て見ぬふりしてきたから・・・。
ええい。
いちいち自己嫌悪にいたるなよ私。
先に進むぞ先。
調べ始めたといっても、私が自力で調べたことといえば千歳の名前ぐらいのものだが。
勇 千歳。
上の名前がやっとわかった。
それだけとか言わないでほしい。
私は漫画に出てくる探偵や情報屋じゃないんだから。
しかしこれ以上の情報収集をする気はもうなかった。
これは途中で飽きたとか、結局これ以上調べられないと判断したからというわけではない。
率直に言ってしまえば、私にとっては名前を調べるだけで十分だったのだ。
・・・・なんか中二みたいなセリフ言ってんな。
いや、引かないでください。
事実だからしょうがないんです。そう言うしかないんです。
実は私は千歳のことをずっと前から知っていたのだ。
今度はべたな恋愛漫画か・・・。
一応言っておくが。
自分では忘れていたが千歳と昔あっていたとか、まだ幼い時にいじめられているところを助けたとかこれまたべたな展開ではない。
恋愛漫画のお約束とかそういうことではなく、
単純に私は千歳という個人は知らなかったが、勇という名前は知っていた。
おそらく「1年の勇」といえばこの学校に知らないやつはいないほどに有名なのではないか。
入学試験を500点満点の圧倒的トップの成績で入学した特待生。
入学費用だけでなく授業料や教材費などもろもろ免除されているとか。
すでに海外の著名な大学からすでに入学の話が来ているとか。
突拍子もない噂が流れている人物だった。(内一つは世界の仕組み的に完全なガセだが)
成績優秀、しかも外見はとても美少女だという彼女は人気者・・・かと思いきや周りから妬み嫉みの感情による手ひどいいじめにあっている・・・らしい。
私はその勇さんを実際に見たことはなかった。
そのため千歳=噂の勇さんという式がなかなか成り立たなかったのだ。
少し考えれば分かることだったんだけどな・・・。
私の所属する女子グループの中核的メンバーである安達 彩子は「勇さん」をいじめている主犯的存在であり、私はグループ内でよく彩子のいじめの話を聞かされていたのだから。
曰く、「無表情な顔が気持ち悪い」とか。曰く、「すましたような、こちらを馬鹿にするような態度が気に食わない」とか。
理由とはいえないこじつけの様なものを仲間内によく語っていた。
まあ、実際こじつけなのだろう。
おそらく彩子は自分よりも可愛く、そして頭のいい千歳が気に入らない。だから千歳をグループという数の力を使って自分よりも下の位置に立たせたいだけで。
理由はなんだっていい。
それが女子のいじめってものだろう。
・・・・・・・。
とりあえず。
思わぬ形で千歳のことを知ることができた。
知ったというか再確認したというか。
さて、これからどうするべきか・・・・。
「さっきから何惚けてんだよ百花」
「っ。なんでもないよ彩子・・・」
私は思考の海に沈んでいた意識を引き上げる。
今は昼休み、教室。
私はグループで机を囲って昼食をとっている。
声をかけられればそのつど無難な返事を返す。
今までの学校生活で行ってきた行動で、今ではほぼ条件反射的に行えていた。
「そういえば彩子の好きなバンドのアルバム。この前店行ったらもう売ってたよー」
「はあ!まじ⁉で、買っといてくれた?」
「あ・・・ごめん買ってない」
「ああ!マジつかえねーな」
いやいや、話の脈略があってないぞ。
他の女子(名前覚えてない)は親切で出した話題なのになぜか彩子に攻められる形になった。
それなのに不機嫌になった彩子に文句も言わずしきりに謝っている。
むちゃくちゃなようだが、これも社会の縮図だ。
下は上に逆らえないというより、下は上に反感を買いたくない。
よってただでさえ下の立場なのにさらに下手に出る。
結果、上はますます偉そうになるんだ。
そうして上の立場はどんどん盤石になっていく。
こんな理不尽が通ってしまうくらいに。
「彩子。私、買っておいたんだけど良かったら貸す?」
私はここぞとばかりにカバンからCDを取り出した。
「ええ⁉マジで!サンキュー百花。やっぱ百花は気が利くねー」
私は彩子にCDを手渡す。
私は彩子を含めた中核のメンバーの趣味嗜好を把握していた。
だから彩子のように好きなバンドが居れば一応調べて話題についていけるようにし、今回のようにCDを要求されたら貸せるように一応買う。
だから私の部屋には自分の趣味ではないCDなどの嗜好品がたまっている。
話題になっているものは一応集めておき、要求されれば貸す。
話題が冷めたら即座に売る。
これが私の処世術だ。
「おいお前も百花見習えよな」
話題を振った女子の評価が下がる一方で、グループ内での私の評価は上がっていた。
・・・ふう。
うまく彩子に媚びを売れた安堵のため息を心中ではく。
千歳に対するわずかな罪悪感を抱きながら