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予想外の来訪者、早まった予定


 ウィルの元で魔術を教わる生活を始めて、1ヶ月が経った。


 午前中に花の手入れや洗濯物、一通りの掃除をしたあと、午後から魔術をウィルから教えてもらう。


 魔術と言っても、やることは簡単だった。


 理屈としては頭の中でイメージをして、魔力で形を成し、具現化する。


 ただそれだけ。


 だが、理屈は簡単でも、それを実践するとなると、話は別だ。


 まず、具現化するには、その物質を理解しなくてはならない。


 だから、イメージしやすい火や氷を作るには簡単だけど、構造物を具現化するには構造を理解しないと、ただのガラクタが出来上がる。


 例を挙げると、銃を具現化するのに、全体図をイメージできなければ銃の形をしたガラクタが出来る、という具合だ。


 おまけにその分の魔力を消費する。


 だから経費が安く、イメージしやすい火や氷を出すことから訓練は始まった。


 今ではRPGの魔法使いのように火を飛ばせたりすることが出来る。


 構造物は……まだ出来ない。



「大丈夫。 レナードは出来のいい方さ。 普通、ここまでだと10年は掛かる」



 そうウィルが言ってくれたものの、今、住む家が魔術の応用で作った、なんて聞いたら自分が情けなく思えてしまう。


 まあ、ウィルは何百年も生きているからその分の知識があるから、と言い聞かせながら、精進しているところだ。


 ……それと、ウィルは魔術関連の知識と、この世界の成り立ちについて教えてくれた。


 いうなれば、この世界は大きな木の枝で、大体の世界はそういった大きな木の枝のように別れているらしい。


 ウィルが前にも話したように、世界に悪意や世界を壊しかねない要因が増えると、別の世界から『選定者』という存在が現れる。


 そこで世界を選定し、その世界を守るべきか、破壊すべきか判断する。


 ウィルによれば、この世界は確実に破壊されるらしい。


 なんでも、この世界にはそうならないように『守護者』と呼ばれる者がいたけど、先の人間が起こした世界大戦で『守護者』が死んでしまったらしい。


 これは、他の世界から見ても異常らしく、それに怒った『選定者』がこの世界を破壊し尽くすだろう、とウィルが言っていた。


 それで、その『守護者』が残してくれた異世界の扉を利用して、ウィルのような人達がこの世界から逃げている、とのことだった。


 ウィルに何故すぐに逃げなかったのか、と聞いたことがある。


 けれど、帰ってきた答えはこうだった。


「君のような人間を探していた。 普通の人間とは違う、他の動物を慈しむような……可哀想な猫の死体をせめても神社に埋めてやろうとする……そんな人間を弟子にしたいと考えてたんだ」



 ……正直、恥ずかしい。


 けど、ウィルがそう考えてくれていたことに感謝している。


 今の自分はウィルのお陰でここにいる。


 ウィルの希望に出来るだけ答えよう。



「ふう……」


 と、こんな感じで日記を書いていた。


 自分の部屋となった二階の寝室で、今まで書いていた日記を閉じ、外を見上げる。

 外は少し雲に覆われていて、どんよりとしている。

 せっかくの休日だというのに、憂鬱な気分にさせる天気だ。


 なにもすることがないから日記を書いていたのだが、終わってしまったので、なにもすることがない。


 ……本当になにもすることがない。


「……暇だな」


 そのまま、ベットに横になる。

 すると、下から香ばしい香りが漂ってきた。


「おーい、マフィンが焼けたから下に降りておいで」


 嬉しそうなウィルの声が聞こえてくる。 余程出来がよかったのだろう。


「あ、今すぐ行きます!!」


 ベットから跳ね起きて、猫のように素早く下に降りる。

 机には焼きたての様々なマフィンと、その横にはいつものハーブティーが置かれていた。


「今回のは自信作だよ」


 エプロン姿のウィルはニコニコと笑っている。 ……いつものように狐の姿で。


 一緒に外に出た時に人間の姿をしていたけど、あれが最後だった。

 当然、といえば当然なんだけど、普段ウィルはこの家の中では最初に見た魔法使いのような姿で過ごしている。

 僕も、いつもの普段着はあの洋服屋で買ったカッターシャツとスラックスだ。


「ささ、食べてみてよ」


「じゃあお言葉に甘えて……」


 できたてのマフィンを口に運び、味を確かめる。

 ……なるほど、しっとりとした食感に甘すぎない大人の甘さだ。

 それにハーブティーも最良の物を選んでおり、とても合う。


「さすがですね。 とても美味しいです」


「うむ、そうか。 それはよかった」


 感想をのべ、そのまま二個目のマフィンを食べようと手をのばしたその瞬間、家の外にある呼び鈴が鳴った。


「おっと、どうやら客さんらしい。 レナード、悪いけど代わりに出てくれないか? 私はこのマフィンをちゃんとした皿に盛るとしよう」


「分かりました。 ……マフィン、全部食べないでくださいよ?」


「な……そんなに私は意地汚くはないぞ!?」


 そんな雑談を交わしながら、玄関に向かう。

 この家に客が訪れるのは、それほど珍しい事ではない。

 これまで、ウィルに何かしらの縁でお世話になった人々が、別れと感謝の言葉を告げにここを訪れる。

 ただ、客人は見たことのない存在ばかりだった。


 ウィルのような獣人や、お伽噺などで登場した幻獣。

 そんな者たちがウィルと会話し、暫しの宴をしたあと、別れを惜しむように去っていく。

 そんな光景を何度も見てきた。

 今日の客人もそんな感じだろう。

 いつものように玄関を開け、客人を出迎えるべく、一礼する。


 だが、待っていたのは意外な人物だった。


「へえ……ウィルぺスが人間を弟子にした、なんて噂が流れたけど……本当だったのね」


 玄関の先にいたのは金髪の女性だった。


 容姿はチャイナドレスに黒いロングコートを羽織り、とても長いポニーテールの髪型をしており、長さは……腰の辺りまである。


 グラマラスな体型で、顔立ちはどこかアジア系を思わせる出で立ち。


 服装も相まって、とても魅力的な女性だ。


 それこそ、絶景の美女と呼ばれても分からなくはない。


「で、君がウィルぺスの弟子?」


「え、ええまあ」


「ウィルに用があって来たんだけど……彼は今どこに?」


「えっと……」


 中で食事の用意を、と言いかけたが、いつの間にかウィルが後ろに立っていた。

 それに気づき、ウィルの方へ視線を向ける。

 ウィルの表情は見たことのない気難しい顔をしていた。


「……そろそろ来る頃だと思ってました」


「でしょうね。 で、この香りはマフィンかしら」


「ええ、ちょうど焼けたところです。 ……少しお待ちを。 すまない、レナード。 私の代わりにお茶の準備を」


「分かりました。 あの、ウィルは?」


「着替えてくる。 今から大事な話のために、ね」


 暗い表情をしたまま、ウィルは奥の自室へ入っていった。

 あの表情……初めて見る。

 これまで、ウィルは何があっても笑顔を絶やさない、とても明るい性格だった。

 それが余裕のない、思い詰めた表情をしている。


 必然的にこれからとても大切な話が始まるだろう。


 そう確信し、リビングに戻り言われた通りにお茶の準備を進める。

 大体の事はウィルが終わらせていたようで、やることといえば、客専用のカップを取り出すことぐらいだった。


「10年前に突然日本に移住したときは驚いたけど……こんな立派な場所に住んでいたのね」


「あ……」


「悪いけど勝手に上がらせてもらってるわよ。 別に構わないわよね?」


 いつの間にか、ウィルの客人が家に上がり込んでいた。


「いえ、準備が終わったので声をかけようとしたところです」


「……ふーん」


「な、なんでしょう?」


「あなた、なかなか可愛いじゃない」


「へ?」


 突然の事に動揺してしまう。

 異性とは無縁の生活を送っていた自分にとって刺激が強すぎる。

 それなりの女性ならまだしも、目の前にいるのは美女。

 そんなのに言われて、動揺しない男性はいないだろう。


「……うちのレナードを誘惑しないでほしいですな、藻女(みずくめ)様」


 声の方を振り向くと、いつもの服装をしたウィルが立っていた。

 またか。

 そう言いたげな表情をして、客人を睨んでいる。


「今の名前はフォクシーよ。 しかし、レナードねぇ……」


 フォクシーと呼ばれた女性は、僕をまじまじと見つめている。

 この状況、どう対処をすれば……


「何か問題でも?」


「いや、あなたの昔の名前を思い出しただけよ。 ねえ? ずる賢い『ルナール』さん?」


「また懐かしい名前を……まあ、昔話をしに来た訳ではないでしょう。 どうぞ、お掛けになってください。 ゆっくりとお茶でも」


 はいはい、と意地悪そうに笑みをこぼしながらフォクシーは座る。

 僕とウィルも同じようにテーブルに座った。


「あんたも料理が上手くなったものね。 これ、なかなかイケるわ。 ん……こっちはハーブと紅茶のブレンドティーね」


 座るや否や、彼女はマフィンをがっつく。

 ……容姿と行動が一致しない。


「ご名答です。 しかし、あなたが来られたということは……」


「まあ、察しているわよね。 あ、灰皿どこにある?」


 そう言うと、フォクシーはコートの中からキセルを取り出し、煙草の葉を詰め始めた。

 それを見て、すかさず灰皿を用意する。


「あら、気が利くのね」


「いつもウィルが吸いますので」


「なるほど」


 そのまま、フォクシーはキセルにくわえて、右手の人差し指から火を出し、煙草に火をつけた。

 恐らく、あれも魔術の類いのものだろう。


「あ~やっと一息つけるわ。 こう煙草を吸ってないとやってらんないわよ、全く」


「確か他の者の移住を手伝っていたらしいですね?」


「そうよ。 ったく、頑固頭のバカ相方が死んだせいで、負担が全部こっちにかかってくんのはちょっと骨が折れるわ。 移住先の守護者に挨拶に回ったり、この世界の後始末もしなきゃいけなかったし……」


「ご多忙ですな」


「ま、あんたたちで最後だからね。 ……で、ここから本題に入るけど……怒らないでで聞いて頂戴」


「……と、言いますと?」


 フォクシーは大きく溜め息と煙を口に出し、キセルを灰皿に置く。

 そして、今までの態度とは一転して、申し訳なさそうに目を細めた。


「……一週間後に、選定者がこの世界に来るわ」


「なっ!?」


 驚きが混じった怒声とともに、ウィルが立ち上がった。


「どういう事だ!? まだ先の話の筈だ!!」


「そう当たんないでよ。 ……なんでもここに来る選定者が、あるトラブルにあったらしくって、予定を早めたらしいわ」


「そのトラブルとは何だ!?」


「詳しいことは分からないけど、分かっているのは何者かが異世界を回って、色んな世界をメチャクチャにしているって事だけ。 ……だから、ここを手っ取り早くやって調査に乗りだそう、って感じじゃない?」


「…………」


「他の移住者は、全員別世界に移住したし、他に問題はないわ。 ……もう一度言うけど、あなたたちが最後よ」


 沈黙。


 無音。


 入れる隙間のない空気が周囲を漂い、なんとも言えない状況になっている。

 そして、暫しの沈黙のあと、ウィルは視線を落とし、ゆっくりと玄関へ歩き始めた。


「どこに行くの?」


「……ちょっと外の風を当たりに」


「そうした方が良さそうね。 ま、冷静になったら戻ってきなさい」


 顔を伏せたまま、ウィルは玄関の方へ歩いていく。

 ふと心配になり、ウィルの表情を伺うと、なんともいえない表情を浮かべていた。


 怒りと悲しみ。


 焦りと憎しみ。


 それらが入り雑じった、見たことのないウィルの表情。


 それを見て僕は悟った。


 どんなに悲観的で、どんなに現実主義だとしても、ウィルはこの世界で生まれた一員なのだ、と。

 ……そんなのを見て、なにも言えるはずがない。


「気持ちが分からなくはないなぁ……私だって、初めて聞いたときはキレたし。 ……で」


 肩をすくめ、フォクシーは灰皿に置いていたキセルをとり、再び煙草を吸い始める。

 そして、こちらの方へ視線を向け、見つめてきた。


「自己紹介まだだったし、今のうちにしとくわ。 私の名前はフォクシー。 元、ここの世界の守護者で、今はただの放浪者よ」


「えっと、僕は……」


「ああ、さっき聞いたから大丈夫。 えっと、レナード君だっけ?」


「ええ」


「……さっきもいったけど、ウィルもよく昔の自分の名前を弟子につけたものね。 今つけているそのネックレスも、彼がつけていたものだし」


「そう、なんですか?」


「そうよ。 ほら、君のレナードって名前、英語読みすればその読みになるけど、フランス語読みにすれば……」


「ルナール……」


「そ。 ま、変な名前をつけられるより、いいんじゃない?」


 そのまま、彼女は笑いながらキセルを燻らす。

 その容姿は貴婦人を連想させるような優雅な佇まいで、気高い印象を受ける。

 けれど、自分から言わせれば、頼りになるような姉御のような……そんな感じ。

 訪れた客人のなかで、一番人間味のある人だ。


「しかしまあ……キミ、動揺しないね」


「え?」


 突然、彼女は僕を見据えて、話しかけてきた。


「ほら、彼があんな感じで動揺してんのに、キミは平然としているじゃない? もしかして、なにも教わってないとか?」


「いや、ウィルから大体の事は教わりました。 でも……」


 確かにウィルから、おおよその事は教えてもらった。

 だが、いくつか疑問点はある。

 例えば、目の前にいる彼女の事だ。

 ウィルは守護者が亡くなったと言っていた。


 しかし、彼女は元守護者だという。


 ……どうやら分かっているつもりで、なにも分かっていなかったようだ。

 少し悔しいが、その辺を含め、彼女に色々質問してみることにした。


「守護者は人間の手によって、亡くなったと聞きました」


「ああ、相方の事ね。 一応、ウィルから色々聞いているみたいだけど……いいわ、全部説明してあげる」


 溜め息をつき、彼女は再びキセルを灰皿に置く。

 そして、肘をつき、少しめんどくさそうに僕の方へ視線を落とした。

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