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溢れる感情



「…………」


 目が覚めて、僕は見慣れない天井を見上げていた。

 脳が醒めていないのか、未だに夢見心地だ。

 しかし、窓からの朝日が鬱陶しく感じられるぐらいに眩しい。

 仕方なく、僕は体を起こし、辺りを見渡す。

 ……昨日は夕焼け色に染まっていた部屋が、今度は朝日の眩しい光で部屋全体が明るくなっている。

 どうやら、この部屋は自然の光によって、明るくなったり、暗くなったりするようだ。

 つまり、ここを改築した狐はそういった建物の知識を持っている、ということだろうか?


「何者なんだ……あのヒトは……」


 愚痴をこぼすかのように独り言を呟き、ふらつく体をなんとか制御しながら、部屋を出る。

 そして、廊下を壁伝いに歩いていくと階段が見えた。

 そのまま、音を殺しながら階段を降りていく。

 階段は螺旋状で、少し急だ。


 ……しかし、本当に別の建物になっている。

 建物自体、新築みたいにとても綺麗だし、ここまで広くなかった筈だ。

 どうやって改築したのだろうか、と考えていくうちに、いつの間にか階段を降り終えていた。


 降り終えた先はリビングだった。

 大木を荒削りで作ったかのようなテーブルに、セットになった椅子。

 そして、テーブルの上にはスクランブルエッグとソーセージが乗った皿とスプーンやフォーク、食パンが入っているバスケットや、ジャムが入った容器などが置かれていた。

 そして、テーブルの向こう側には新聞を広げ、パイプを蒸かしている狐の姿があった。


 昨日とは違い、服装が現代風になっている。

 カッターシャツとスラックスというサラリーマンのような格好だ。

 その横の椅子にはジャケットが無造作に掛けられている。


「おはよう。 昨夜は眠れたかい?」


「ええ、まあ」


「それは良かった。 さあ、座りなさい。 朝食を作ったんだ。 君に合うといいんだが」



 僕は言われるがままに座り、「いただきます」と一礼する。

 そして、フォークを手に取り、スクランブルエッグを軽くすくい、口へと運ぶ。


 ……うまい。


 母の作ったスクランブルエッグを食べたことがあるが、ここまで濃厚な味じゃなかった。

 そのまま、パンへと手を伸ばし、一口かじる。

 もちもちとした食感と、噛めば噛むほど甘味が出て、ジャムを付けなくても十分いける。

 気がつくと、料理の殆どを食べきってしまった。


「どうかね?」


「凄く、美味しいです。 今まで食べた中でも」


「そうか、それは良かった。 そういえば、確認したい事があるんだが……」



 そういうと、狐はテーブルに新聞を広げた。


「これは君が言っていた事と間違いないね?」


 そこには、小さく僕が起こした傷害事件のことが書かれていた。

 ……五人のうち、二人が意識不明の重体で他三人は骨折などの重傷、らしい。

 少なくとも、まだ僕は人を殺していないようだ。


「派手に暴れたもんだ」


 狐は失笑した。


「……この新聞はどこから?」


「この朝食の材料を調達するついでにな。 ああ、もちろん人に化けて、だが」


 なるほど、だからこんな格好を……


「しかしまあ、ここまで大事になると、町で警察に見つかったらアウトだな。 さて……今後、君はどうするのかね?」


「え……と」


「さしずめ、とりあえず逃げてなにも思い付かなければ……自殺、といったところか?」


「……」


 どうやら狐にとって、僕の考えは全てお見通しのようだ。

 何か別の案を……と、考えてみたものの、やっぱり思い付かない。

 そんな僕を見て、狐はため息をついていた。


「……君は普通の人間とは違う。 だから、迫害され、命を絶とうとしている。 けれど、私はそれが非常に勿体無いと思う。 君には恵まれた才能を持っているんだ。 ……君が死ぬことはない。 だからーー」


「なら、どうすればいいんですか!!」


 気づけば、逃げ場のない怒りをテーブルにぶつけていた。

 そのせいで、皿に残っていたスクランブルエッグが少しこぼれ、パンがテーブルの下に落ちてしまっている。

 ……だが、狐は表情を変えずに、ただ僕だけを見つめていた。

 その目は全てを受け入れるような、そんな目。

 それを見て、軽率な行動をとってしまった事に気付き、視線を落とした。


「す、すいません……つい」


「いや、いいんだ。 それが普通の行動だ」



 狐は立ち上がると、僕の方へ来て軽くポン、と肩を叩いてくれた。

 恥ずかしいような、悔しいような……そんな感情が込み上げてくる。

 だけど、感情を今まで押し潰してきた僕にとって、それをどう表現すればいいのか全く分からない。

 すると、狐は僕へと抱きつき、耳元で囁いた。


「そら、我慢することはない。 泣きたければ、泣いてもいい」


 その瞬間、僕の中にあった、感情を塞き止めていたダムが崩壊した。

 今まで塞き止めていた分の感情がドッ、と押し寄せ、目から大量の涙が溢れだし、喉から声にならない叫びがこぼれ出す。


「ーーーーーっ」


 無我夢中で僕は、狐の胸の中で泣いた。

 泣きすぎて、むせかえった時には軽く背中を撫でてくれた。

 僕の涙で濡れてしまった狐の胸から、どこか懐かしい……野花の香りがした。



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