7話 人助け…いや、猫助けをしよう
「なぁ、少し聞きたいんだが…」
「どうしたんすか?」
「前からあいつら、俺の方ばっかり狙ってきてないか?」
「そ、そうっすか?」
リッキスと2人で行動して3日目。相変わらず魔物達が襲って来る中、俺はある事に気付いた。
魔物が俺の方にしか攻撃してこないのだ。
始めは偶然かと思っていたが、次から次へと襲って来る魔物達は確実に俺の方を狙って攻撃してくる。
どう考えてもおかしい。俺ばっかり狙ってくる理由が分からない。
普通に考えればリッキスを怪しむのが当たり前だろう。だが、俺達はこの数日の間でだいぶ打ち解け、リッキスが悪い奴ではないと俺は直感的に感じ取っていた。
でも、俺の方にしか向かって来ない魔物にも辟易してきてた訳で…。一応全部一撃で倒してるから片手間なのは良いんだが…なんか納得いかないんだよなぁ…。
「うーん…なんだかなぁー」
「次、魔物が襲って来たら僕が相手するんで、兄貴は見てて下さいよ!」
「そういやリッキスの戦ってるとこは見たことないな。…戦えるのか?」
「もちろん戦えますよ!まぁ、兄貴程じゃないと思うっすけど…」
「そうか。それなら任せてみようかな」
「任せて下さい!」
それにしても──、
「俺たちは今、どの方向に向かってるんだろうな」
「えっ⁉︎兄貴分かってなかったんすか⁉︎」
「ん?だって適当に歩いてるし」
そう言うとリッキスはポカンと口を開けたまま固まってしまった。
「適当って……。迷子じゃないですか…」
「?迷子でも問題ないだろ?」
「困るんじゃないですか?」
「なんで?」
「だって、ほら、街とかに行く時に──」
「暫くは必要ないだろ。この森で暮らすんだし。必要になれば適当に歩いてたら着くって」
笑って歩き出すが、リッキスがついてくる様子が無いので振り返ってみる。
「?──どうした…?」
…何というか、バカみたいに口を開いて突っ立ってるリッキス。
何をそんなに驚いているのか。ただ木を探し、家を建てる旅なのだ。気楽にいっても大丈夫だろうに。
「あなたって人は……」
大きく溜息を吐き、頭を抱えるリッキス。
「ここはあの仮屋から大体北に向かった所っすよ」
「お、リッキスは方角分かるんだな」
「まぁ、大体ですけどね。てか、確認してない兄貴がおかしいっす!」
「そうか?」
「そうっすよ!」
「方角は分からないけど、仮屋のあった方なら何となく分かってるんだけどなぁ」
「それはそれでおかしいっす!」
「てか兄貴呼びと敬語、もうやめない?」
「兄貴は兄貴ですから」
「俺は友達の方が良いんだけど」
この問答はリッキスが俺について来ると決まった日から始まっていた。ただあまりにもリッキスが頑固過ぎて、最近では俺が折れかけているのだが…。というかもう折れてるな。うん。なぜなら、
「僕たちはもう友達以上の関係っすからね!」
「…お前、それ人が聞いたらおかしい事になるんじゃないのか…?いや、親友とかならありか」
「違います!主人と服従者っすよ!もちろん、兄貴が主人で!」
「──それなら兄貴の立場の方が良い…」
という具合になるのだ。俺が折れるのも仕方ない事だと思う。
「兄貴、何か聞こえてきませんか…?」
「んん?」
リッキスに言われて耳を澄ませてみると確かに微かだが聞こえてくる。
んー…?これは…ネコの鳴き声?
しかも、酷く争っているような、威嚇しているような声だ。
「行ってみるか」
「そうしましょう!」
もう少しでその鳴き声の元へ到着すると思った時、その黒い物体は俺の目の前を吹っ飛んで木に激突し、地面へと落ちた。
「クロっ!!!」
声をした方を見てみると、背中から3匹の蛇がうねうねと生えた虎のような魔物がいた。
だが、声を出したのはこの魔物ではないだろうと思い、辺りを見てみると…いた。
白いネコだろうか…。埃や血などで薄汚れてはいるが。いや、尻尾が2本あるから猫又か?
まぁ、取り敢えずはネコで良いか。
その白ネコは魔物に向かって全身の毛を逆立ていた。
まだ、俺たちに気付いた様子はない。
「シ、ロ…ダメにゃ……」
魔物に飛び掛かろうとした白ネコを、その声が止めた。
その声の正体は、さっき俺の前を吹っ飛んでいった黒い物体だった。
「兄貴…」
「あぁ。助けよう」
「了解っす!僕はあの魔物の相手してきますね」
「やられるなよ」
「あれぐらい!舐めないで下さいっ!」
そう言ってリッキスは魔物に向かって飛び出して行く。
俺は先に白ネコを回収すべく走り出した。
「みゃっ⁉︎」
急に抱え上げられてびっくりしたのか、白ネコは慌てて俺の手から離れようともがくが、俺は離すつもりはない。早くしなければ、あっちの黒い方が危ないかもしれないからだ。
だったら何故先に白ネコの方へ来たかと言うと、正直俺の側にいてもらった方が安全だからだ。
リッキスを信用していない訳ではないのだが、今まで全くと言って良いほど彼の戦いを見た事が無かったので念の為、というやつである。
黒い方へ駆け寄ると、白ネコは俺の手から身体を捻って黒い方の側に寄りペロペロと舐め始めた。
蒼い目からポロポロと涙を零している。
「クロ…クロぉ…」
その声に薄く金色の目が開く。
近くまで来て漸く分かったが、この黒いのもネコらしい。
喋るネコってのも珍しいなと思いながら、俺は黒ネコを治療しようと白ネコに声をかける。
「ちょっと離れてくれないか?俺が治療する」
白ネコは俺の方に潤んだ瞳を向けてくる。
「……ホント?おみぇっ、お願いしみゃすみゃ!」
ちょっと噛んでしまったようだが、とても可愛いらしいお願いだった。これを誰が断れるというのか。
実を言うと俺は回復系の魔法はそこまで得意ではない。弟のマイアスの方がよっぽど凄い回復魔法を使えるのだ。
だが、ある程度の事なら出来る。今回もこれくらいなら大丈夫だろう。
俺は自信たっぷりに微笑んだ。
「ああ。任せておけ」
回復魔法を使うと、黒ネコの身体は白と薄緑の光に包まれた。
黒ネコは目をぱっちりと開け立ち上がり、ふるりと全身を震わせてあちこちを確認するように身体を動かしている。
無事に治ったようで俺は安心した。
「クロ〜ッ!!!」
白ネコが黒ネコに抱きつくように飛びつく。
「にゃっ⁉︎…シロの、バカ……」
ボソッと最後に黒ネコが何か言ったような気がしたが、俺には何を言ったか聞こえなかった。
黒ネコはもう大丈夫だろうと、リッキスの様子を見ようと戦っていた方を見るが、既に決着はついてたようでリッキスは手を振りながらこちらへと走ってくる。
なんだ、折角の戦ってる姿を見逃してしまった…。残念だ。
「ほら、ちゃんとお礼を言うみゃ」
「……にゃー」
「クロ!」
「……」
「ク〜ロ。──この人達は、大丈夫みゃ」
「…助かったにゃ」
「本当にありがとうございみゃした。あなた達がいなかったら死んでしみゃってたみゃ」
そう言って白ネコは俺たちに頭を下げる。
俺はリッキスと顔を見合わせて笑った。
「良いって。気にすんな」
「そうっすよ!これくらい屁でもないっす!」
「それよりお前も怪我してるよな。治してやるからじっとしてろよ?」
白ネコにも黒ネコと同じように回復魔法を使ってやった。
「!身体が軽いみゃっ!ありがとうございみゃすみゃ!」
「ところで、君たちは何でこのキスツの森にいるんっすか?」
「キスツの森っ⁉︎ここがですかみゃっ⁈」
「どうやら知らないでここまで入って来てしまったみたいだな」
「ワタシ達、確か普通の森の中にいたはずみゃ」
そうか。普通の森から魔物に追っかけられてたのか。
せっかく助けたのにほっぽり出して、また魔物に襲われるって言うのも忍びない。
「こっから家に帰れるか?」
「…家なんかないのにゃ」
「──私、あなた達について行きたいみゃ」
「シロ、それはダメにゃ」
「どうしてみゃ?この方達は命の恩人!是非ともお力になりたいのみゃー!」
「と言っても、ボク達がいてもにゃんの役にも立たにゃいのにゃ」
「それは……」
うぅ……。と項垂れてしまった白ネコ。可哀想に耳がペタッと凹み尻尾もダランとなってる。
俺としてはたった2匹くらい面倒を見るのは訳無い。
どうせ森に住むんだし。
リッキスの方をチラッと見てみると、同意するようにコクコクと何度も頷いてくれた。しかも目がキラキラしてる。
これなら大丈夫だろう。
ここには動物と一緒に暮らしてはいけないという決まりもないし。
「別にいいぞ。と言っても俺達はこの森に住むから、この森で暮らすのが嫌じゃなければの話だがな」
「え…⁉︎──良いのみゃ?」
「でも人間は信用できにゃ「ありがとうございみゃすみゃっ!」
おおぅ。黒ネコに話を被せてきたぞ。しかも黒ネコに黒い笑みを浮かべる白ネコ。
「クロも一緒に来てくれるよね?……ね?」
「……分かったのにゃ…」
白ネコの黒い笑顔に若干引きつりながら、頷く黒ネコ。
だが、人間が信用出来ないと言いかけてたな。昔何かあったのだろうか。
「これからよろしくお願いしみゃすみゃ。ワタシの名前はシロ!こっちが兄の──」
「……クロにゃ」
「ああ。よろしく。俺は──」
こうしてお互い自己紹介して、尻尾を2本持った白ネコと黒ネコの新しい仲間(家族?)が出来たのだった。