4話 仮屋を建てよう
キスツの森。通称、死の森とも呼ばれ、余程の物好きか、人生に絶望し自殺をしに来た人しか入る人はいないだろうとされる森だ。
キスツの森がそこまで言われる所以は、キスツの森にある動植物、そして魔物達の異常な能力の高さにある。
ここに住む魔物達は他の場所に住む魔物達に比べ格段に強く、またこの森に存在する植物は変わった能力を持っている事が多い。そして動物達もその環境で生き残れるように進化していったのだ。
故にただの人間が生き残っていくのは厳しいのである。
だが、そんな森の中を軽快な足取りで歩いて行く少年が1人。
彼に襲い掛かった魔物達は全て一撃で仕留められていた。
そんな彼が目指すのはただ一つ。
家を建てる為の最適な土地だ。
見晴らしも良く、水場に近くて日当たりの良い場所を彼は目指していた。
* * *
────。
「ん?なんだって?──あぁ。またかー」
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「えーーー。そんなのほっときゃ良いじゃん。また自殺だって」
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「え、あの魔物達を!?…へぇ」
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「うーん……、様子見、ねぇ。どこにいるの?」
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「えぇっ!それって入り口付近じゃん!ここから超遠いんですけど!」
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「……僕に自ら出向けと。やだよ。めんどくさい。君らで行ってきたら?」
…………。
「あーーー、ハイハイ。行ってくるからその地味な攻撃やめて」
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「分かった分かった。じゃあ行ってくるよ」
* * *
俺は今、森の中にある川沿いを上流に向かって歩いている。以前ここに来た時、川の上流でとても良い場所を見つけたのを覚えていたからだ。
そこで家を建て、のんびりとした自給自足生活を送ろうと心に決めていた。
そこには近くに川があるし、山の上の方なので太陽にも当たりやすい。そして、花が咲き誇っている所もあるので、緑しかなかった森の中だが、景色もまだ良い方だったと言えるだろう。
歩いていると不意にガササッと背後から何かが迫って来る気配。
サッと前へ飛び、振り返り剣を構える。
「これはまた…」
そこに現れたのは、この森に入って1番の大物だった。いや、大物と言うより、見た目が1番大きかったのだ。
俺の身長の倍くらいはあるそいつは、緑の身体に紫が点々と浮き出ていて、周りの緑に同化しようとしたんだろうけど、紫におされている感が半端ない。
ある意味毒毒しさを感じた。
目はあるのかどうかすら分からないし、手足もよく分からない。言うなれば、全体がモゴモゴと蠢いていると言う感じだ。はっきり言って気持ち悪い。
……うん。分かりにくいな。
そいつがいきなり跳躍し、俺へと襲いかかってくる。それを俺は軽くジャンプして回避。
──ベチャッ。
…………いや、え?うん?死んでないよな?
何が起きたかと言うと、魔物が俺を目指して跳躍して俺が先程までいた場所に着地。と言うより、落ちた。全身で。
そしてそいつは、俺の目の前でスライムが高い所から落ちたみたいにベチャッと広がっている。動かない。
死んでいる訳ではないと頭では理解している。なぜなら魔物が死ぬ時は自然に還るように、水滴となって消えていくのだから。
だが、あまりにも動きがなかったので、思わず死んでしまったのかと思ってしまったのだ。
興味本位に近づいて剣の先でツンツンと突いてみる。
すると今まで何の動きもなかったそいつが、急に剣を飲み込もうとした。あまりの素早さに俺も飛び退く。幸い剣は取られてない。
先程までの全く動きがなかった時とは打って変わって、見違えるほどの素早さで俺に体当たりしてこようとするが、それを軽く躱し剣でサクッと倒す。
グアァァァと変な声を出しながら魔物は水滴へと姿を変えた。
パシャパシャっと周囲の木々へ飛び散るのを眺めながら、俺は剣を収める。
「……ここって弱い奴多いよな…。その割に落とす肉は上質っぽいし、美味いからまぁ良いんだけど…」
1人で呟きながら、今回は何も落ちなかったのを確認してその場を去った。
* * *
やっと辿り着いたその場所は、やはり綺麗な所だった。
近くにある川のせせらぎの音、太陽の光を受けてキラキラ光る植物たち、さわさわと木々を撫でていく風。全てが心地良い。
森の奥に行けばここよりもっと良い場所があるのかも知れないが、まぁここで充分だろう。
俺は思いっきり深呼吸して、ここにしようと改めて決めた。
そうと決まれば、早速家を建てよう。
いや、家は出来れば二階建てにしたい。
1人暮らしなのに、そこまで要らないとか思ってはいけない。俺の夢なんだから。
家を建てる間、食事も全て自給自足となる事から、一旦家を建てる前に仮屋を作った方が良いかもしれない。
雨風を凌ぐ為にも。
そうと決まれば、早速木材探しだ。仮屋は寝転べる広さで天井と壁があったら充分だろう。
ここは森だから、木なら沢山ある。しかも誰も訪れないという森だ。数本くらいなら切ってしまっても何の問題もないだろう。
辺りを見回すと、少し向こうにそこら辺に生えてる木より、大きめの木が見える。あれを仮屋用として貰うか。
本宅の木材は少し森の奥まで行って探す事にしよう。もっと太くて丈夫な方が良いからな。
という事で、早速さっき見つけた木を、街で購入したノコギリでギーコギーコ切っている訳だが。
ある事に思い至る。
これ、魔法でやった方が早いんじゃないか?
この世界の魔法は一般的な火、水、木、風、土、光、闇とその他の特殊魔法の何種類かに分かれている。普通の人は多くても数種類しか魔法が使えないようだが、俺や俺の家族は魔法と相性が良いようで、ほぼ全ての種類の魔法が使える。
まあ、今は魔法の話は置いておくとしよう。
風魔法を使って、目の前の木を切り倒す。
言わばカマイタチの大きい版みたいなものだ。
ズドォォォン────。
物凄い音を立てながら木はあっという間に倒れた。
……これ、ノコギリも斧も必要なかったな…。
倒れた木を風魔法で板状になるように切っていく。
作業はあっという間に終わり、早くも組み立てる段階になった。
俺が1人余裕で寝転べる広さより一回り大きめにした四隅に、土魔法で先程切った柱が入るような穴を地面にあける。その穴に柱を立て、街で購入した釘を使い、屋根を取り付け、壁も取り付けていく。
仮屋作りでも数日は掛かるだろうと思っていたのに、あっという間に出来た。
出来上がった仮屋を見る。
そこで、俺はある重要な事実に気付いた。
──俺はとんでもない不器用だった。